第33話 先輩と別の現場
「おー! 南谷、こっちこっち!」
「あ、米田さん!! すみません、遅くなってしまって」
送ってもらった住所を頼りに現場に辿り着いた俺は、先輩の元へと駆け寄った。
「いやいや、現場が長引いてしまうのはよくある事だからなー。それより、急にこっちの現場に呼んですまんな。山さんが腰やっちゃって」
「え、山さんが? 大丈夫なんですか!?」
山さんというのは、俺のバイト先の割と年配の古参スタッフ。
「どうかなー。ひとまず今病院行ってもらってるのだけど……。南谷、今日は山さんの代わりに頼むわ」
「はい!! 分かりました!!」
そうして手伝うことになった今回の現場は、数日後に行われるイベント会場の設営の仕事。
うちの店は個人からの依頼はもちろん、企業からの依頼も請け負っているので、たまにこういう大きい現場に数日数名単位で呼ばれることもあるらしい。
「じゃあ、南谷、早速だけど。今、機材の搬入してるから手伝ってくれ」
「はい!!」
そして俺は米田先輩と共に現場の他のスタッフに交じって作業に取り掛かっていった。
「ところで南谷、出勤初日から浅見さんからの依頼続いてるよなー」
「え? あ、そうですね」
設営の機材を2人で運んでいると、米田先輩が話し掛けて来た。
「めずらしいよなー。浅見さんが連日依頼して来るなんて。今日なんて延長までしてくれたんだろ?」
「あ……そうですね」
「やるじゃん、南谷。さては気に入られちゃったな?」
「ははは。……そうだと嬉しいですね」
たぶん、というか十中八九気に入ってもらってるとは思う。でもそんな事言えないから少し言葉を濁した。
「で? ……いつもどんな依頼受けてんの?」
「え……?」
――『……ねぇ、ちゅーしたい』
その時、急にお姉さんに言われた言葉を思い出して、顔に熱が込み上げてくるのを感じた。
「え? なになになになに、その顔ー!! 南谷、おまえタコみたいに真っ赤だぞ!?」
「……ゴホッ。ちょ、茶化さないでください、先輩!! 先輩の方こそどうなんですか、彼女とか好きな人とか、いるんですか!?」
“タコ”という言葉に今日あった事を鮮明に思い出して、思わず
「えー? お前、それ聞いちゃったらお前が浅見さんといい感じって言ってるようなもんだけど? まぁいいや、俺は彼女いるぞー。浅見さんほど美人じゃないけど、素朴で可愛らしい感じの人。へへ」
答えながら、米田先輩が明らかに照れた。これは彼女さんの事を相当好きなんだろうなと思ったのだけど、……もしかして、俺もお姉さんの事を聞かれてる時、こんな感じなんだろうかと思うと恥ずかしくなってくる。
「え、いいじゃないですか! めっちゃラブラブなの伝わってきます」
「はは、まぁなー」
「否定しないんですね」
「いや、だって、実際ラブラブだし?」
「うわ、羨ましい」
「そ、そういう南谷は浅見さんとどうなんだよ。まさか明日も依頼もらってるのか?」
先輩に聞かれて、はたと気付いた。
(あれ? 俺、明日の依頼……もらってなくね????)
けれど、お姉さんからの依頼をもらい忘れたと言うのも変な気がして。
「あ、いえ、明日はさすがにもらってません」
つい、そんな言い方をしてしまった。
「そっかそっか。作業も今日でひと段落したんだな。じゃあ、もしまた次の依頼の電話かかってきたら、俺が受けたらまたお前に回すわな」
「ありがとうございます!!」
たぶん米田先輩は実際の内容を知らないから、お姉さんが珍しく時間がかかる依頼をしてきて、その作業が今日でひと段落したと思っているのだろう。
けれどお姉さんと二人の時間での出来事を話すのは気が引けるし、それに実際お姉さんが明日も依頼してくれるつもりだったのか、それともただ忘れてしまったのかも自信がなくて。
そして、まだ電話を受ける事のない俺は、誰かの仕事を回してもらうしかないんだと改めて気付いて……少し寂しい気分になるのだった。
あーあ。次にお姉さんに会えるのはいつになるんだろう。
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