第30話 内緒のお姉さん

「あーなんちゃんが、私のおっぱい見て真っ赤になってるー」


「ちょ、言い方!! そりゃ赤くもなりますよ!!」


 ファスナーを開けると、お姉さんの色白な肌と深い谷間が眼前に来て思わず目を奪われた。


「ふふ。なんちゃん可愛い。でも、大丈夫だよー? 見えてもいい下着だから」


「……分かりましたから、早く着替えてきてください?」


「はぁーい」


 お姉さんはなんてことない顔をして、隣の部屋に着替えに行った。


 なんだよ、大丈夫って。何をもって大丈夫なんだよ。


 俺にとっては見えてもいい下着だから大丈夫、なんてことは決してなくて。下着は下着じゃん、と思うわけで。


 お姉さんは一体俺の事をなんだと思ってるんだよ。安心安全人畜無害な聖人君子だとでも思っているのだろうか。それとも、俺には襲われてもいいって思っているのか!?


 ……ダメだ、そんなこと考えてたらまた俺の理性が仕事しなくなる。


「はぁ…………」


 俺は一人静かに溜息を吐くと、これは、仕事ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおと、心の中で理性を保つ呪文を唱えた。

 そして頬をパンっと叩いて気を引き締めた。




「なーんちゃん。着替えた。見てみて」


 そうして少し待っていると、着替えたお姉さんがやってきた。少し恥ずかしそうな様子のお姉さんの服装は、さっきのセクシー過ぎる衣装からは真逆の、可愛い雰囲気の服装。


「…………」


 目を奪われて返事を忘れていると、お姉さんは不安そうに聞いてくる。


「……なんちゃん、さっきみたいな方が、……好き?」


 でもそのお姉さんの不安そうな顔には心当たりがあった。だから、ここは本音のまま、ストレートに答えた。


「いや、俺はこっちの方が好きかも。よく似合ってて可愛いです」


 するとお姉さんは満面の嬉しそうな笑みで、勢い良く俺に抱きついた。

 

「あーもう、なんちゃん最高に大好き♡」


「っ! ……はいはい。実はお姉さん、こういう可愛い系の方が好みでしょ」


 なんだか俺に抱きつくことも俺を好きだというのも日常化してきてしまっている気がするけれど、一旦それは置いておいて、俺は心当たりを言葉にしていく。


「え、なんでわかったの? こういう格好してるの、見せたことないのに」


「そりゃ分かりますよ。こっちの方がお姉さんの雰囲気に合ってますし、それに、SNSにあげてる写真だといつも大人っぽい服装ばかりなのに、家の中には可愛い系の服がたくさん散らばってるじゃないですか。着ないのにたくさんあるなんて、こっちの方が好きじゃない方が違和感あります」


 俺がそう言った途端、お姉さんは顔を真っ赤にして、その顔を隠すように俺の胸に顔を埋めた。


「……知って……たんだ。なんちゃんのえっち」


「えっ、ちっ、って!! ちょ、またそういう言い方ー!!」


「どこまで……知ってるの?」


 慌てる俺をスルーして、お姉さんは俺に抱きついたまま上目遣いで聞いてきた。


「どこまで……いや、元モデルで、今は実業家で、SNSでは人気インフルエンサーで、外ではかっこいい女性っぽいのに、実際は抜けててバカで可愛いお姉さんってことくらいしか……」


「……ううう。それだけ知ってたら十分だよ。もー!! 内緒にしてたのに!!」


 そう言ってお姉さんは、赤い顔を隠すようにまた俺の胸に顔を埋めて強く抱きついてきた。


「内緒……っていうのは、どっちの意味ですか? 外でのお姉さんの事を俺に知られたくなかったのか、内でのお姉さんを外に知られないようにしてたのか……」


「……それは、両方、かな。なんちゃんの前では素でいられてる気がするから、外での偽ってる自分を知られたくなかったし、外は外で、もう作られてるイメージがあるから、それを壊してがっかりさせたくないし……」


「なるほど?」


 ――そしてお姉さんは、そのままモデルをしていた時の事を話し始めた。


 お姉さんがモデルになったのは中学生の時。可愛い系の服が好きで、可愛い服を着ているモデルたちに憧れて、当時よく買っていた雑誌『Strawberry』の専属モデルオーディションに応募した。


 それがきっかけでモデルデビューすることになったのだが。その時雑誌側は売り上げが低迷している時で、新しい層の読者も取り込みたいと考えていた。


 そこで起用されたのが、まだイメージが固定していない新人モデルのお姉さん、浅見香奈。


 雑誌側は彼女を“オトナかっこいい女性” として紙面で大々的に登場させた。まだ中学生にしては大人っぽい雰囲気のあった浅見香奈は、そこに憧れる中高生の層に大バズり。雑誌の売り上げもゆっくりとまた上昇し、オトナかっこいいが売りの浅見香奈は、特集ページが組まれるほどとなり、新人にして人気モデルの座を獲得していった――とのこと。


「……私、もともとは可愛い系の服が好きでモデルを目指したから、ちょっとやりたい自分と違うなって思ったんだけど、それでもモデルとして使ってもらえるのは嬉しかったし、オトナかっこいい系も好きは好きだったから、モデルの仕事は楽しかったんだよ。でもね」


 けれど話はそこで終わらなかった。新人からいきなり抜擢されて人気モデルとなったお姉さんは、先輩や同期のモデルたちから激しい嫉妬や妬みの対象となった。それまで仲が良かった学校の友達とも、忙しさも手伝って疎遠になっていった。


 だからどんどん人の顔色をうかがって、嫌われないように、うまく立ち回ろうとするクセがついて行った。


 そしてお姉さんが年齢的に『Strawberry』を卒業をすることになった時、スタイルが良すぎたお姉さんは、オトナセクシー系の雑誌に進まないかと誘われた。


 その時に、自分がなりたかった自分と、外からもたれる自分のイメージがどんどん離れていく感覚がして、『あぁ、辞めよう』そう思ってしまったらしい。


 だったら、自分がやりたいように表現できる、化粧品やアクセサリーを仕事にしていきたいと思った。けれど実業家として成功していく様が、結果的に"オトナかっこいい”イメージの固定に繋がって、本来の自分を晒して失望されることがどんどん怖くなっていったらしい。



――――――――――――――――――――――

ここまで読んでくださりありがとうございます。23日連続更新を目指して書き始めた今作、今日で30話となりました。少しでも面白いなと思っていただけていたら、★やレビューコメントなどで応援していただけると更新の励みになります! 特に読専さま……なにとぞ、よろしくお願いします!!


空豆 空(そらまめ くう)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る