第20話 「仕事なんで」

「真っ赤になってるなんちゃん、可愛い。もっかい……キス、しよっか」


「!!」

 

 あまりのお姉さんの色気に指一本すら動けなくて、言葉なんて出るはずもなくて。何も言えないでいると、また俺の耳元にお姉さんが甘い声で囁いた。


「……う、そ、だよ? ふふ、可愛い♡」


「なっ!!」


 やっと出た言葉にお姉さんは可愛くくすくすと笑いながら、俺の身体を丁寧に起き上がらせた。


「えへ、ごめーん。なんちゃんがあまりにも可愛いから、イタズラしたくなっちゃった。許して♡」


 お姉さんはいつも以上に冗談ぽくおどけてみせる。


「……ま、まったく、もう、お姉さんは。びっくりさせないでくださいよ。俺、われるのかと思ったじゃないですか」


 やっと出る言葉で取り繕うように冗談を返すと、お姉さんもおどけた声で返事した。


「あは。ごめんごめん。ねぇ、もうしないから、明日また食べに来てね」


「え?」


「ごはん、作って待ってるから。明日も、来て? ね、なんちゃん」


 お姉さんは俺の手首を掴みながら、不安そうな目でそう言った。

 その顔が、あまりに可愛くて。その口元のリップが、俺の唇に触れたせいでさっきより薄くなっていることに気付いてしまって。


 完全に沼りそうなほど惚れてしまっているこの人お姉さんと、俺はキスしてしまったんだと思うと、なんとも言い表せない感情が胸を締め付けた。


 だから――。


「え、あ、もちろん、来ますよ。……


 俺の本来の目的を自分で自分に言い聞かせるようにそう言うと。


「ん、よかった」


 お姉さんは、少し、寂しそうに返事した。



 そこからはあまり記憶がない。


「ほらほら、なんちゃん、早く帰らないとでしょ?」


「ねぇねぇ、なんちゃん、聞いてる?」


「……今日はこの後、他の依頼があるんでしょ?」


 そばでぼんやりとお姉さんの声が聞えて。

 ハッと気づくと不安げな顔で俺を見つめていて。


「あ、すみません!! ちょっとボーッとしてました。えっと、なんでしたっけ、あ、明日? もちろん、来ますよ!! じゃあ、今日はありがとうございました!!」


 それで俺は帰ろうとして。


「え、待って、なんちゃん!! お金お金、まだ今日の分払ってないよ!!」


「え!? あ、すみません!!」


 お姉さんが今日の分の支払いをしてくれて。


「あと、はい。麦茶と、熱中症対策飴。よく考えたら昨日のチョコは良くなかったな―って思って。溶けちゃうじゃんね。へへ。ちょっと私、抜けてるとこあるから……ごめんね?」


 そう言ってなぜかお姉さんは謝ってくれて。


「え、いやいや、全然!! うまかったですよ、チョコ。お茶も飴もありがとうございます!! では、また明日……!!」


 そう言い残して、俺は足早にお姉さんの部屋を後にした。


 マンションを出たら外はやっぱりうだるような暑さで、お姉さんの部屋はあんなに快適だったのにと思うと、まるで天国と地獄ほどの差を感じた。特に今日はまるで夢を見ているような一日だった。


 そんな事を思いつつ、俺は次の依頼者の元へと走ったのだった――。

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