第21話 お姉さんの気持ち
「ああああ、やっちゃった」
私はなんちゃんを玄関まで見送った後、そのままその場にしゃがみ込んだ。
なんちゃん、すっごくボーッとしてたなぁ。やっぱり、『キス、しよっか』なんてよくなかったよね……。
そう思いながらなんちゃんとキスしてしまった時の事を思い出す。
「だってだって、なんちゃんあんなに真っ赤になって。可愛くて……また、キスしたくなっちゃったんだもん」
脚立につまづいて、なんちゃんとキスしちゃったのは完全にハプニングだったけど、抱きしめてくれた身体はなんだか男らしくて、触れた唇は柔らかくて。
ドキドキ……してしまった。そしたらもっとしたくなっちゃって。気付いた時には抱きついてしまっていた。
でも、さすがにバイトとして来てるなんちゃんに、そんなこと言うのはダメだって、……咄嗟に『うそだよ』ってごまかした。
「……私……やっぱりなんちゃんの事、好きになっちゃってるかな。…………また誰かと付き合うのは、怖いって思ってるはずなのに」
なんちゃんに初めて会った時から、可愛い人だなって思っていた。初めてうちに来た日、なんちゃんは緊張して噛み噛みで、見て分かるくらい身体がガチガチに固まっていて。
いつも人に対してどこか自分を作ってしまう私なのに、私以上に緊張しているなんちゃんに、親近感みたいなものが沸いてしまって。つい、自分の素が出てしまった。
そうして話してみたら楽しくて、なんとなく気が合うというか、空気感が合うというか、一緒にいると心地よくて。
人と必要以上に接さないようにしてるはずだったのに、なんちゃんとは一緒に居たくなってしまった。
――私は、子供の頃から人に何かをしてあげたり、何かをあげたり、喜ばれることをしたいと思うタイプ。
けれどそれは時として、人間関係の妨げになるのを感じていた。
人に何かしてあげてばかりいると、その人はどんどんそれが当たり前になって、もっともっとと求めてくるようになって、出来ないと不満を漏らして関係がギクシャクするようになってくる。それが彼氏彼女の関係になるともっとそう。
好きだから喜んで欲しくて尽くすのに、そのうち感謝も喜びもされずにただただ求められるばかりになっていくのは、虚しい。
だったら、最初から適度に距離を保って人と接する方がいいかなって、思うようになっていた。
でも……それもなんだか寂しくて。いつの間にか、心の拠り所となる人が欲しくなっていたのかもしれない。
なんちゃんが初めて来た日、久しぶりに誰かのために料理して、一緒に食べた。
そしたらすごく楽しくて。乾いてた心に水が染み渡っていくような感覚だった。
けど……『キス、しよっか』なんて、つい出てしまった本音を隠したくて、うそだってごまかしてしまった。けど……そんなのきっと、タチが悪いよね。
それでもなんちゃんは『仕事なんで』って言ってくれた。
私にとっては都合がいいじゃない。どんなに好意を抱いていたって、仕事だと割り切ってもらえるのなら。
恋愛なんてこりごりだもの。誰かを好きになって付き合って、尽くせば尽くすほど関係がギクシャクして、浮気されて振られるより、お金払って仕事として来てもらって、楽しい時間を過ごせるのなら。
けど。
――『仕事なんで』
頭では理解しているのに、心の奥がチクッとする。
なんちゃんにとっての私は……ただの依頼主でしか、ないんだなぁ。
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