第2章 美人なお姉さんの正体は……?

第9話 俺にだけ、だった……?

「お疲れ様です、南谷なんや戻りましたー」


 俺はお姉さんの部屋を出た後、バイト先の事務所に戻った。


「おー南谷、初現場お疲れ!! 依頼内容は電球の交換だっけ。上手く出来たか?」


 話し掛けてくれたのは、お姉さんからの仕事の依頼を俺に振ってくれた米田よねだ先輩。


「あ、いえ、それが。お姉さ……じゃなくて、えっと、お客様が新しい電球のご用意を忘れてたので、代わりに別の作業をしてきました」


 ずっとお姉さんと呼んでいたので、うっかりお姉さんと言いそうになって慌てて訂正する。お姉さんの名前、なんだったっけ……。依頼を受けてる側の俺の方がお客様の名前を忘れてるのだから、お姉さんが俺の名前を憶えてなかったのも当然だと思う。


 むしろそれなのに“なんちゃん”呼びしてくれたのはありがたいことなのでは!? などと思ってしまうのは、俺の思い上がりだろうか。


「え、マジかよ。俺、依頼受けた時にちゃんと伝えたのになぁ? 浅見さん、ちょーっと抜けてるところあるからなぁ……」


 先輩の言葉に、お姉さんの名字は“浅見”だったと思い出す。


「そうなんですか? 俺、てっきり知らなかったのかと思ってました。そう言えば、浅見さん、うちの店の料金体系も知らない感じでした」


「え、マジ?」


「はい。電球変えたらいくら、ドアノブ修理したらいくら、だと思ってたみたいです」


「あーそうなの? だからいつも『他にご依頼はありませんか?』って聞いても『ない』って答えてたのかな」


 先輩の言葉に、少し納得した。でも、お姉さんは食事作ってくれたり人懐っこい感じだから、先輩とだって話してるうちに分かりそうなものなのになと不思議に思ったりもする。先輩は何度もお姉さんのご依頼を受けているはずなのだし。


「かもしれないですね。……でも、浅見さんって人懐っこい感じですよね。それなのに今までそんな感じの話題にならなかったんですか?」


 何気なく聞いてみた俺の言葉に、先輩は驚いたような顔をした。


「え? 浅見さんって人懐っこい感じなの? 俺にはそんな感じ微塵も感じないけどなぁ……。当たり障りのない最小限の会話しかないというか。感じのいい人だとは思うけど」


 先輩の言葉を聞いて、ふとお姉さんの言葉を思い出す。


――『誰にでも、ってわけじゃないよ?』


 もしかしたら、お姉さんは、、人懐っこかったのだろうか!?


 そう思うと、自然と頬がにやついて来るのを感じて、慌てて手で口元を隠した。


「へー。そうなんですね」


 何気ない素振りを装って答えつつ、たとえお姉さんが俺にだけ人懐っこかったとしても、ただあの時あの瞬間だけのことだったのだと思い直す。


 だって、お姉さんは先輩のお客さんなのだし。俺はもう、会う事はないのだから……。


 そう思うと、胸の奥がチクッと傷むのを感じた。

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