第8話 お姉さんのイタズラ心

「ねぇ、って、素敵な響きだね♡」


 俺が洗い物をしていると、隣に並んで立っているお姉さんが笑みを浮かべて言ってくる。


 なに、そのキラキラした瞳は。俺に何させようとしてるんだよ。そう思って。


「え、俺はお姉さんのそのキラキラした瞳が怖いんですけど……?」


 少し冗談ぽく本音を伝えてみると。


「えー? 怖いってなによー。そんな変なことは依頼しないよ? ……たぶん」


 少し冗談ぽく含みを込めたような言い方をしてくるから。


「たぶんってなんですか、たぶんってぇ!」


 俺も冗談交じりに応えると。


「ふふー。キミはいいリアクションするから楽しい♡ えいっ」


 お姉さんは本当に楽しそうな顔をしながら、俺の腰のあたりをツンツンとつついてちょっかいを掛けてきた。


「もぉおおお。人が両手塞がってると思ってぇええええ」


「へへっ。ごめん♡」


 また。お姉さんはイタズラっ子みたいな顔をする。


「まったく……可愛く言ったら許されると思って……」


 内心本当に可愛いなと思いつつぼやいてみれば。


「……許してくれない?」


 俺の後ろからひょこっと覗き込むような上目遣いでそんな事を言ってくるのがまた可愛くて。


「……まぁ、許しますけども」


 許す以外の選択肢、ないんだけどなと思ってしまう。



 なんなの、このお姉さん。美人でいい匂いなだけでなくて、可愛くて人懐っこいとか。可愛過ぎないか。


 そんな事を思いつつ、洗いものを片付けていった。




「うっわぁー。すっごい綺麗!! フライパンも流しも排水溝まで綺麗にしてくれたんだ!! さっすが!!」


 俺が一通り洗い物を済ませると、お姉さんは感嘆の声を漏らした。


「え? ?」


 けれど突然呼ばれた呼び名が気になって聞き返してみると。


「あ、ダメ? なんでも屋さんだからなんちゃん。いつまでもキミって呼んでるのもなーって思って」


 お姉さんはそう言ったから、少しだけ残念に思う。なんだ。てっきり俺の名字が南谷なんやだからあだ名で呼ばれたのかと思ったのに。違ったらしい。


「まぁ、呼びやすいように呼んでもらえたらいいですけど……」


 そう言いつつ、時計をちらりと見てみれば。お姉さんの部屋に来てからもうすぐ1時間が経とうとしていた。


 正直うまいご飯食べさせてもらって洗い物しただけだから、出張料2,500円+1時間料金2000円に消費税でほぼ5千円になる金額をもらうのは申し訳ない気がする。けれど、初仕事に来たのに料金をもらわずに店舗に帰るわけにもいかない。


 かと言って……自腹切るのも痛すぎる金額。それにお姉さんのサインももらわないといけないし。


 などと思っていると。


「あ、そろそろ1時間経っちゃう? あっという間だったなー。じゃあ、料金お支払いするね」


 お姉さんはそう言って財布を取りに行ってしまった。


 カバンの中から財布を取り出しているお姉さんを見ながら、少し寂しい気持ちになる。支払いが終わったらもう帰らないといけないのか……。


 今日、俺がお姉さんのところに来たのは、先輩が受けた仕事を先輩の善意で俺に回してくれたから。だから次回はきっと先輩が来るのだろう。


 え、こんな綺麗で可愛くて人懐っこいお姉さんのところに!?

 ……お姉さんは誰にでもこんな感じなんだろうか。


 何か分からないもやもやとした気持ちが腹の中を埋め尽くす。なのにお姉さんはあっけらかんとしていて、寂しそうな気配もなく淡々と慣れた雰囲気で支払いとサインを済ませてしまった。


「今日は楽しかったぁ。ありがとねー。あ、そうだ! 帰り暑いだろうから、持って行って。お疲れさまー」


 そして、なんか見た事ないお洒落なボトルに入ったミネラルウォーターと、見た事ないお洒落な包み紙のチョコをくれた。外暑いと言いながらチョコ? とも思いつつ。


「わ、すみません、水にお菓子まで。いただきますー。では、今日はありがとうございました。失礼します!」


 内心、『また来てね』とか、そういう言葉を期待してしまっていた自分に気付いて悲しくなった。けれど、俺だけが名残惜しく思っているのが悔しくて。俺も敢えてあっけらかんと応えると、お姉さんの部屋の玄関を静かに閉めて部屋げんばを後にした。



 高層階から地上までのエレベーターは、やたら現実に引き戻される感覚がして、マンションから一歩外に出ると、そこは別世界のように暑かった。


 俺の住んでるアパートなら、玄関出たら途端に暑いのに。高級マンションはエレベーターも共用部分までも空調が効いているのか。


 お姉さんからもらったチョコは早くもどろっと溶け始めていて、お姉さんとの時間は、夢か幻だったのかと感じる。


「甘……」


 溶け始めたチョコを頬張ると、食べた事ないほどの高級な甘さが口いっぱいに広がった。

 俺はそれを、まだ冷たさの残るミネラルウォーターで一気に喉の奥へと流し込む。


 心の中ではもっとあの甘い時間を感じていたかったと思うのは、チョコの甘さなのかお姉さんとの時間のことなのか。


 俺は足早にバイト先の事務所へと向かった。




――第1章 お姉さんとの出会い 完


――――――――――――――――――――――


ここまで読んでくださりありがとうございます!

お姉さんとの初対面、ここで一旦一区切りとなります。


さあ、南谷くんとお姉さんは恋に発展することが出来るのか!?

この先も見守っていただけると嬉しいです。


そして、少しでも面白かったと思っていただけたらできるだけ早い段階で★やフォロー、コメントなど残していっていただけると更新の励みになります!


特に読専様!! なにとぞ、よろしくお願いします。


空豆 空(そらまめ くう)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る