第15話 なんてことない、特別な日。
もやもやと思いつつ、悪い気はしない。むしろこんなうまそうで手の込んだ料理、嬉しくないはずがない。
「マジでうまそう……いただきます!」
「ふふ、どうぞどうぞ!」
そしてお姉さんと向かい同士で笑い合いながら、食べ始めたお姉さんの手料理は、どれもとても美味しい。
サラダはいろいろな触感が入り混じっていて美味しいし、スープはチーズのコクと焼き目の香ばしさが相まって、もちろん美味しい。ブッフなんとかは、牛肉はフォークで簡単にほぐれてしまうほど柔らかく、噛むと肉のうまみがじゅわっと口いっぱいに広がって、赤ワインのコクと共にハーブっぽい香りと香ばしさが絶妙に絡んでいて最高の味わいを奏でている。
昨日のステーキも美味しかったけど、今日はまた各段にうまい。
「めっちゃくちゃうまいです!! 俺、こんなうまい料理食べたことないかも……!!」
「えー? それは大げさだよー? でも、嬉しい。へへ。頑張った甲斐がある」
お姉さんは嬉しそうな笑みを浮かべながら肉を頬張った。
……けれど、どうしてお姉さんはこんなにも手の込んだ料理を振舞ってくれるのだろう。ただの新人バイトの俺なんかに。
気になって、少し緊張しつつ聞いてみた。
「あの、お姉さん。めちゃくちゃうまいんですけど、どうしてこんな手の込んだ料理を俺に……?」
するとお姉さんはなんてことない雰囲気で答えた。
「ん? んー久しぶりに手の込んだ料理作りたくなって。自分のためだけには作る気になれないし、友達に作るにはこの部屋は荒れすぎてて恥ずかしくて呼べないでしょ?」
その言葉に、あ、そうだった。と思う。もともとそんな事を言っていたし、この部屋に人を呼ぶのが恥ずかしいと思うのも納得してしまう。それくらい、テーブルとキッチン以外は荒れている。
「あーなるほど……」
納得しつつ、正直残念な気持ちにもなる。俺は心のどこかで何かを期待してしまっていた。けれど、こうして食事を振る舞う相手は、別に俺じゃなくてもよかったんだ。
昨日たまたま話の流れでご飯食べて行ってという話になっただけで、そして今日の料理もたまたま昨日会ったのが俺だったからで。
もしも電球を買った後に会ったのが先輩だったなら、今日呼ばれたのは先輩だったのかもしれない。
そう思うと、やっぱり複雑な気持ちになった。なのに。
「だからね、なんちゃん、また食べに来てね♡ 久しぶりに作ってみたら楽しくなっちゃった。次は何作ろうかなー」
お姉さんはそう言って、また嬉しそうに笑う。
……なんなんだよ、この笑顔。やっぱりお姉さんはとてつもなく可愛い。
そして俺は自覚するのだ。お姉さんが俺だからごちそうしたんじゃなかったとしても、俺はお姉さんにごちそうされて嬉しいし、次も俺ならなお嬉しいと思っていると。
それに、“自分のためには頑張れないけれど、誰かのためには頑張りたくなる”、この気持ちも俺はすごく分かるんだ。
だって俺もそうだから。
たぶん、俺もお姉さんも、人に何かをするという事が好きな性分なんだろう。
少なくとも俺は、だからなんでも屋のバイトをしようと思ったわけなのだから。
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