第12話 女神なお姉さん
「ふー、あっつぅー」
額から流れる汗を腕で拭いながら、ついそんな声が漏れる。
人通りはあるのにチラシを受け取ってくれる人はまばらで、なかなか配り終えないでいた。
一旦電気屋の中にでも入って涼もうかな、それとも自販機でお茶を買おうか、そう悩んでいる時、また綺麗な声で話掛けられた。
「あーなんちゃん、まだいたぁ♡」
「あれ? お姉さん。無事に電球は買えましたか?」
声の主はお姉さんだった。
「ふふ。バッチリ!! 写真見せて店員さんに同じもの用意してもらった♡」
そしてスマホをふりふりとかざしながらお姉さんは嬉しそうに言う。
「あ、そんな裏技を使ったんですね……」
「えー、ズルしたみたいな言い方しないでよ。これも知恵だよ、ち、え♡」
お姉さんはふふんと得意げに笑う。
同じもの買うだけなのにネットで買えなかったくせに。と思うけれど、それは心の中だけにとどめておいた。
「まぁ、なんにせよ、無事に買えたのならよかったです」
「うん! でね、電球変えて欲しいから、なんちゃん明日またうちに来てくれる?」
「え? それは喜んで伺います。時間は何時頃がよろしいですか?」
内心『よっしゃー!!』とガッツポーズをしつつ、冷静を装って答える。
「あれー? なんちゃんって、そんな他人行儀なしゃべり方だったっけ」
「……あれ? 違いましたっけ」
「んー。どうだっけ。なんかもっと仲良く話したいのにな。仲良くなれたと思ってるの、私だけだった?」
お姉さんは首を傾げながら、相変わらず俺が勘違いしてしまいそうなことを可愛い顔をして言ってくる。
「いや、めちゃくちゃ仲良くなったと思ってます。俺も!」
なので俺も調子に乗った返事をしてみた。するとお姉さんは少し近い距離感で、ふわっと笑う。
「へへ。嬉しい。ねぇ、明日もお腹すかせてきて? ご飯一緒に食べよ?」
「え……?」
一瞬、それって明日もごちそうになるという事だろうかと思って躊躇ってしまった。いや、ごちそうすると言われたら、素直に『ありがとうございます』と言えた方がいいのは分かるのだけど。これは俺の真面目な性分なのだから仕方がない。なのに。
「だめ? えー、なんちゃん来てくれないと、また私ゼリーで済ませて夏バテしちゃう」
そんな事を言われたらもう、断る気にもなれない。
「……それは困るので、腹減らして行かせてもらいますね」
「へへ。やった♡ ところでなんちゃん。すごい汗だけど、チラシ配りまだ終わらないの?」
「あー。なんか全然受け取ってもらえなくて。こんなに残ってるのに店に戻るのも……と思って」
「んー。人通りは多いけど、みんな手持ち扇風機持ってたり日傘持ってたり、買い物したもの持ってたりで手がふさがってるから受け取りずらいのかも。涼しい時間にポスティングに切り替えたら?」
「ああ、なるほど、確かに!」
お姉さんの言葉に納得しつつ、店の人にとってはそれもなんだか言い訳がましく聞こえるだろうかと気にしていると。
「あ、なんちゃん、ちょーっと待ってて」
「え? あ、はい」
さりげなく俺の腕に触れながらそう言うお姉さんに反射的に返事をすると、お姉さんはたたたっと小走りでどこかに消えて行ってしまった。
お姉さんに触れられるのは嬉しいけれど、汗を掻いていたから複雑な気分だ。お姉さんは相変わらずいい匂いなのに、汗臭いと思われていたら嫌だなぁ。
そんな事を思っていると、お姉さんは小走り気味に何かの紙袋を持って帰ってきた。
「はい! なんちゃんの分のお茶とー、あと、お店の人への差し入れのアイス!!」
「え!?」
「お店の人には『差し入れもらったから溶ける前に帰ってきましたー』とか言えばいいよ。ね」
そう言ってお姉さんはへらっと笑った。
紙袋を見てみれば、路面店のちょっといいアイス。中にはなんでも屋ナンデーモのスタッフ全員分より多い、たくさんのアイスが入っていた。
俺の口実のためにわざわざ? そう思うと、お姉さんが女神に見えた。
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