第11話 お姉さんは何者なのだろう。

「えっ!?」


 まさかと思って勢いよく振り向いた。するとそこにはあまりにもスタイルのいい女性が立っていた。


 けれど、帽子にサングラスにマスク……と完全防備なので顔が分からない。


 ただ、すごくスラっとしているのにメリハリのあるスタイルのいい女性であることは間違いない。それに、なんかいい匂いがする。


 あれ? この匂い。もしかして……


「え、お姉さん!?」


「へへっ。あったりー♡」


 お姉さんはサングラスとマスクを外しながら子供みたいに微笑んだ。


「何してるんですか? こんなところでー」


「えー? えへ。電球買いに、そこの電気屋さんに行こうと思って」


「え!? 電球って、ネットで買うって言ってませんでしたっけ」


「そうなの。そのつもりでアマゾネスネットショップ開いたんだけどね、どの電球買ったらいいのか分からなくて。店員さんに聞いた方が早いかなーって思って買いに来たんだ」


 お姉さんはてへっという感じに舌を出しておどけて見せた。


「えー! それならやっぱり俺が買いに行った方が良かったじゃないですか」


「んー。でもそしたらあの楽しい時間はなかったわけじゃん? だから後悔はないよ? それにこうしてまた、なんちゃんに会えたわけだしっ。へへ」


 お姉さんは相変わらず屈託なく笑う。


 くっ。お姉さんは自覚してるのだろうか。この、勘違いしてしまいそうな言葉と、心臓を撃ち抜かれそうになるほど可愛いこの笑顔を。


 せっかくこんなところで会ったのだし、電球買いに行くのに付き添おうかな、そんな事を考えた時。すぐ傍から甲高い声が聞えてきた。



「あー!! もしかして、浅見香奈さんですか!? ですよね!? きゃー!!」


 声の主は20代くらいの綺麗な女性。かなり興奮した様子で、頬に手を当てて顔を赤らめている。


「え? あ、はい。……そっか、サングラス外してたから……!!」


 お姉さんは慌ててサングラスをかけ直しつつ、声を掛けてきた女性に愛想笑いを浮かべた。


 その笑顔は大人っぽくて、俺と二人の時に見せていた屈託のない笑顔とは違っていて、外用という感じ。いや、美人で感じのいい笑顔な事には変わりないのだけど。


「あの!! サイン!! サインもらったりできますか!?」


「え? あ、はい。いいですよー」


「きゃー!! 嬉しい!! ファンなんです!!」


「ふふ。ありがとうございます」


 そんなやりとりの後、お姉さんはその女性が差し出したノートにさらさらっと慣れた手つきでサインをすると、マスクを付け直した。


「じゃあ、私はこれで……」


 そして俺が知っているお姉さんよりも余所行きの声で会釈をすると、電気屋の中へと消えて行ってしまった。


 あーあ、完全に、『一緒に行きましょうか』と言うタイミングを逃してしまった。


 それに……サインを求められてたけど、お姉さんは一体何者なんだろう……。

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