第5話 本日のお宿は?

 ◇◇◇


 今、俺が歩いている通りは市場のようだ。


 路上で多くの露天商が生鮮食品や雑貨、工芸品や見たこともない怪しげな植物など、多種多様な物を道行く人々に呼びかけては販売している。


 そんな市場を散策している中、ちょうど昼飯の時間帯に食欲をそそる香りがただよってきた。


 「なんかすごく美味そうな匂いがするぞ???」


 そういえばこの世界に来てから何も食べていないことを思い出した。


 俺はクンクン…クンクン…とまるで犬のように、周囲の人目を気にすることなく空中に漂う匂いを分析した。


 女神がこの状況を見ていたら、きっとまた馬鹿みたいに俺を笑うだろうがもはや気にしない。


 三十秒後ついに分析の結果が出た。


 これは…"肉"と"脂"だッッ…!

 

 匂いから場所も割り出した俺は、フラフラと吸い寄せられるように"肉"と"脂"の元へと向かっていた。


 辿り着いたそこにあったのは串焼きの屋台だった。


 「ロックビーフの串焼きだよ!お、あんちゃん買ってくかい?」

 

 ガタイのいいスキンヘッドの店主が俺に呼びかける。

 店主は熱気に汗を流しながら、網の上にある串刺しの肉をタレにくぐらせ炭火で炙っている。


 暴力的な匂いを前にして、俺はもう我慢ができなかった。

 

 「こ、これで足りるか!?」


 慌てたようにポケットから餞別にもらった銀貨を全て取り出して店主に渡した。


 「おいおい、ウチはそんなぼったくりじゃねえよ。だが、そんな払い方を他所よそでしてっと本当にぼったくられるぞ…?」


 店主はそう言って銀貨を一枚だけ受け取ると、おつりとして銅貨を数枚返却した。


 こうして待望の食事にありついた。


 ムシャ…ムシャ…


 まるで野獣かのように肉串に噛みついた。肉質は歯応えのあるワイルドな食感だが、噛めば噛む度に旨みのある肉汁が溢れ出てくる。


 「うめぇ、うめぇよぉ…ッッ」


 気がつけばタクミはボロボロと涙を流していた。


 「お、おい…あんちゃん泣いてんのか?俺が言うのもなんだが、そんな泣くほどの味じゃねえだろ?」


 異なる世界に送られ、窒息しそうになり、ろくに眠れず、一日以上飲まず食わずで歩き続けたのであれば…こうなるも仕方ないだろう。




 「見慣れねぇカッコしてるがもしかして別の国から来たのか?物のも知らねえようだし」


 串焼きを食べ終えた後、店主から貰った水で喉を潤しているタクミは店主から尋ねられた。


 そういや街ですれ違った人にやたらと見られると思っていたが、この服装が原因か。


 とはいえ何処から来たって言えばいいんだ?日本なんて国はもちろんこの世界には無いしなぁ。


 タクミが返答に困っている様子を見て屋台の店主が口を開いた。


 「言わなくていい、どうやら訳アリなんだろ?」


 良かった、なんか察してくれたらしいな…

 実際訳アリなことには変わらないし、まあ良いだろう。


 「その様子だと—今日行くアテも無ぇのか?」


 「あぁ、今から探そうと思ってて」


 「ならウチに来い、な?俺は宿屋もやってんだ。そうと決まれば早速行くぞ」


 え?ちょっと待って—


 なかば強引な店主に押されて今日の宿が確定した。だが、もう野宿は勘弁なこちらとしては願ったり叶ったりである。


 ◇◇◇


 宿屋は人通りの多かった露天市場からは少し落ち着いた場所にあった。

 店名は『ガストンの泊まり木』、ガストンは店主のスキンヘッドおやじの名だ。


 案内された部屋は広くも狭くもないワンルームにベットとテーブル、化粧台、クローゼットなどの家具が置かれていた。

 

 この一室の通常料金は銀貨3枚だったが、なんと2枚にまけてくれた。

 その代わりとして連泊するなら部屋の掃除は自分でやるようにとのことだ。


 俺はベッドに腰を掛けると、財布の皮袋を開いて全財産を確認した。

 女神アノメから餞別せんべつに貰った銀貨は8枚だったが既に3枚を使ってしまった。


 稼ぐ方法を考えないとな…この世界で生きていく方法を…だけど—


 「今日はもう疲れた」


 ボスンッ


 一度ベッドに倒れ込んでしまったら、今日はもう動く気にはなれなかった。明日のことは明日考えることにしよう。

 


 第五話 完



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