第9話 君子危うきに近寄るな

 「〜〜〜と思う」


 「え、タクミさん今なんて言いましたか?」


 俺の声が聞き取れなかったのか、受付嬢のサーミャが聞き返す。


 「別の依頼を、受けようと思う—」


 タクミが胸を張り堂々と言い放つ。その瞬間、冒険者ギルドはざわついた。


 「あの"薬草愛好家"が!?」

 「嘘だろ、朝昼晩の食事も全て薬草のイカれた野郎って聞いてたのに」

 「あの"薬草狂い"が違う依頼受けるらしいぞ」

 「マジかよ。"薬草専"じゃねーのかよ」

 「次は"毒草ハンター"にでもなるのかしら?」


 ギルドに居合わせた冒険者一同は皆、好き勝手なことを言っている。


 タクミの知らぬ間にギルドで密かな話題になっていた、薬草採取の依頼だけを受け続けるおかしな新入り冒険者がいると。


 いや、愛好家やらイカれやら薬草狂いやら散々な言われようだな俺…てか毒草ハンターってなんだ?


 「どうしてですか?報酬が低いからですか…?私が上に交渉してみましょうか?もしかしたら何とか…」


 サーミャは今まで薬草採取以外に受ける気配が無かった俺が、急に別の依頼を受けると言い出して心配しているようだ。


 「報酬に不満があったわけじゃなくて…ただ冒険者として別の依頼もそろそろ受けたいなって」


 俺の言葉を聞いたサーミャは数秒フリーズした後に口を開いた。


 「私、目頭がジーンと来ちゃいました!冒険者としての成長を遂げようとしてるんですね!」


 「ま、まあそんなとこかな…」


 パチパチとサーミャが拍手をしたのを皮切りに、周りにいた他の冒険者たちもつられて拍手をし始めた。


 パチパチパチパチ…パチパチパチパチ…


 冒険者ギルドが拍手の渦に包まれる。


 「ありがとう、ありがとう」


 【なんですかこれは…】


 観衆の拍手に手を挙げて答えるタクミに対し、この謎な状況に引き気味のモイカ。


 そこに人混みを掻き分け近づく一人の女。


 「てやぁっ!」


 タクミ名前に飛び出した女が繰り出した華麗なる回転蹴りはタクミの腹部に突き刺さった。


 ぐえぴッッ—


 「て、てめぇ何しやがる!」


 蹴りを見舞った犯人によろけながら怒りの言葉を発するタクミ。


 「こないだ私の誘いをシカトした癖に、なに勝手に他の依頼受けようとしてんのよ!」


 そう言葉を返すのは赤い髪を後ろにくくった若き冒険者。


 「お前は確かルーミン、いやルーフィだっけ?違うな、そんな海賊王みたいな名前でも無かったような…」


 「ルーシア…ルーシア・トリニティよ!」


 そういやそんな名前だった。あれは確か一週間ほど前…


 ◇◇◇


 薬草の依頼しか受けない新入り冒険者がいるとギルド内で噂が立ち始めた頃、タクミはルーシア・トリニティと出会った。


 俺は掲示板の前に立っていると話しかけられた。


 「貴方が薬草採取の依頼しか受けない例の新入りね?私はルーシア、貴方の名前は?」


 「あぁ俺はタクミ、でルーシアさんは俺になんか用か?」


 今日も薬草採取の依頼を掲示板で探しながら軽く返事をした。


 「あなた、もっとな依頼受けたらどう?」


 なんだいきなり…少しムッとした俺は口を開こうとしたがその前にルーシアが言葉を続けた。


 「ほらこれなんていいじゃない簡単よ?貴方さえよければ私が手伝ってあげても…いや、これは別に変な意味なんて無くてワタシは冒険者の先輩として—」


 少し頬を赤らめながら早口に言葉を発するルーシア、しかし言い終わる頃にはタクミはその場に居なかった。


 そう、タクミは既に、いつものように薬草採取に向かっていたのだ。


 【あの方、まだ話している途中でしたが】


 「まあ大丈夫だろ、それに俺は今、他の依頼は受けたくないし」


 ◇◇◇


 「で、なんで俺が蹴られる必要があんだよ!俺がどんな依頼受けようが勝手だろ!」


 「う、うるさい!E級の分際で!!!」


 あ?Eだとぉ?じゃあテメェは何級なんだ?


 そんなこと思いながらタクミはルーシアの首元に提げられた冒険者バッジを視界に入れた。

 

 その瞬間、驚きのあまり思わず息が詰まった。 


 あのバッジは…A級!?


 嘘だろ…?初めて会った時は気づかなかったが、まさかあんなイカれた情緒の奴が!?B級でベテランって言われてるのにこんなやつがその上だと?

 

 A級冒険者…冒険者の中でも上位2%未満、この街の冒険者ギルドでは滅多に見ることがない並外れた実力の持ち主。

 その上の最上位ランク…S級は現在7人しか登録されていないため、A級が実質的最高ランクである。


 タクミが位置する最下級のE級から見れば、まさに天上人のような存在だ。


 「もしかして今さら私のランクに気がついたの?まったく…"A級"である私が"E級"であるあなたを気に掛けてあげる事自体がとんでもない奇跡だって理解できた?はぁ〜、あなたがどうしてもって言うのなら仕方なく"A級"の私が直々に冒険者とはなんたるかを教えてあげても〜〜〜」


 ◇◇◇


 自分の世界に入ってしまった"A級冒険者"を他所よそにタクミは掲示板から依頼を探し始めた。


 「うん、この依頼が良さそうだな」

 

 【あの方は放置でよろしいのですか?】


 「…まあ大丈夫だろ」



 第九話 完



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