⒓ ツナガル

37.いい仕事するよ


(――そろそろ時間だから、最後に顔見せてよ、カイト。)


 〈薄明光線クレパスキュラー・レイズ〉号に、乗りこむため、ツナグ兄ちゃんが、家から出発したあの朝。カイトは玄関先で、ばあちゃんの影にかくれて、いやいやと首を横にふった。空港ではなく、玄関先での見おくりになったのは、カイトが数日前から、風邪をひいていたからだった。


 ぐずぐずとはなをすすり、そでぐちで涙をぬぐっていたのは、もちろん風邪のせいだけではない。そんなカイトに困ったように笑うと、ツナグ兄ちゃんは、(そうだ。)と言って、あの帽子かけから、緑のキャップをとり、ぽんと、カイトの頭にかぶせてくれた。


(ぼくの頭では、もう入らなくなっちゃったから、カイトにあげるね。)


 それでも、がんとして、うつむいたまま、顔をあげなかったカイトに、ツナグ兄ちゃんは、ぽんぽん、とキャップごしに、頭をなでた。


(なあカイト。兄ちゃんな、カイトが〈音〉を「読みとって」くれた、遠くの星にすむ人たちと、自分で会ってみたいんだよ。その星とさ、この星とを、自分でつなぎたいんだ。)


 その言葉に、カイトは、ようやく顔をあげた。ツナグ兄ちゃんは、にこっと笑って、カイトのほっぺを、むにっとつまんだ。


(つないで、必ずもどってくるから、それまで、まってて。)

(――ぜったい?)

(ああ、絶対だ。)

(やくそくしてくれる?)

(ああ。約束する。ほら、指切りげんまんしよう。)


 ツナグ兄ちゃんが、そっと手を差しだす。そうして、からめた小指の感触は、とても、あたたかく、たしかなものだった。


      ***


「――さん! カイトさん!」


 ぱしん! と、ほおをたたく感触で、カイトは、はっと目を覚まして、はねおきた。見れば、心配そうな顔をしていた湯葉ゆば先生が、ほうっと息を、吐きだすところだった。


「よかった、気がついた」

「湯葉先生、ここ――あっ、ミズルチ!」


 夢のなごりを、少しだけ引きずりながら、だけどカイトはすぐに状況を思いだし、あわてて立ちあがった。さっと血の気が引いてゆく。〈風琴オルガン〉のすぐ手前には、山のように積み重なった、真っ黒のぬけがらがある。さっきミズルチがえんぼくに、つっこんで行った、その場所だ。その上では、バッソにウタマクラ、それから〈嗅感きゅうかん〉のみんなが、懸命にかけらを掘りおこしている。シネラマも、絶妙にじゃまになりながら、それを手伝いつつ、時々、時計型通信機にむかっては、ごにょごにょと話しかけて空を見あげていた。


「湯葉先生、これ、今、どうなってるの」


 カイトの質問に、湯葉先生は難しい顔で、「ミズルチと、〈竜骨りゅうこつの化石〉が、まだ埋まったままなんだよ」と答えた。


 思わず「あの山のなかに!?」とさけぶと、湯葉先生は、こくりとうなずいた。


「怨墨は、完全に沈黙したけれど、さっきの衝突から、もう三十分は経過してるんだ」


 その言葉に、カイトはかけだした。ミズルチ。ミズルチを早く助けだしてあげなきゃ!


 カイトは、白毫びゃくごうがある場所に意識を集中した。走ってきたカイトに気づいたバッソとウタマクラが、「カイト」と名前を呼ぶ。


 ヘッドホンを、かなぐり捨てると、カイトは、全力で「読む」ことに集中した。


 あたりに響いているのは、風琴さまの〈音〉と、ぬけがらが掘りおこされて、ぱりんぱりんと割れる音。それから――黒い山のなかから、かすかに「読みとれ」る音は、ひとつきり。これは〈竜骨りゅうこつの化石〉の音だ。ミズルチの音は……だめだ、「読みとれ」ない!


 ぶわっと涙が、あふれでる。カイトは、たまらず立ちどまると、黒く染まった、ぬけがらの上に、がしゃんと音をたてて、ひざをついた。


「だめだ……ミズ……〈音〉出して……だしてよっ……!」


 止まらない涙に、カイトは顔を、両手で覆った。どうして。どうして、みんないなくなっちゃうの。オレひとりおいて、離れていっちゃうんだよ。嫌だよ。


「おいていかないで……!」


 くちびるを、かみしめて、悲鳴のような、その言葉を、ふりしぼった次の瞬間――ばん! と、カイトの背中が、すごい力で、たたかれた。


「馬鹿野郎! あきらめるんじゃねぇよ! まだわかんねぇだろうが!」


 驚いて顔をあげると、ものすごい形相をしたハムロが、カイトをにらみつけていた。見れば、その両手は硬いぬけがらを掘りおこし続けたせいで、切り傷だらけになっていた。


「ほんとに、なにも「読め」ねぇのか!?」

「い、いや、〈竜骨りゅうこつの化石〉の〈音〉は、「読め」てる」


 カイトの返事に、「はっ」とハムロは、笑顔を見せた。「やった、どこだ?」


「あ、あそこ、あの山」


 指さした先に、ハムロが、かけだす。カイトも、あわてて立ちあがり、それに続いた。


「お前、おいカイト。〈音〉が「読め」ないってそれ、気を失ってるだけかも知れねぇんだろ!? あの竜っ子が、つっこんでった怨墨のすぐ足もとに〈竜骨りゅうこつの化石〉が、あったんだから、きっとすぐそばに、いるはずだ!」


 カイトは、はっとした。本当にそうだと、そでぐちで涙をぬぐう。


「ここだな!?」

「うん!」


 カイトとハムロは、必死にその一角を掘った。手が傷だらけになるのも無視して、ミズルチの姿と、〈竜骨りゅうこつの化石〉の〈音〉を求めて。すぐそばにいると信じて! そして、カイトの、そのひとかきが、かけらをよけたその先に――青い翼の先端が、姿を現した。


「ミズ!」

「おい竜っ子!」


 カイトとハムロがミズルチを見つけたのに気づいて、ほかのみんなも、その場に集まってきた。カイトとハムロは、かけらをかきわけ、ミズルチを傷つけないよう、ていねいにその身体を掘りおこした。そして、はっとした。ミズルチは思っていたよりケガはしていなかったけれど、そのうでのなかにあったのは、〈竜骨りゅうこつの化石〉の逆鱗げきりんだけ。そして、そのまわりには、バラバラに砕けちった、もうひとつの逆鱗げきりんのかけらが、落ちていた。ハムロが顔をしかめながら「これ、壊れてんのは、竜っ子のほうのうろこか……」と、つぶやく。


「ミズ! ミズルチ!」


 まわりのかけらで、これ以上傷つかないよう、気をつけて、山のなかから引きずりだすと、カイトは、ミズルチの頭を、自分のひざの上においた。


「カイトさん」


 追いついてきて、名前を呼んだ湯葉ゆば先生に「大丈夫。ミズ、息してる」と答えると、カイトは、ミズルチの頭をなでた。


「えらいよ、がんばったね、ありがとう、ミズルチ……」


 泣きながら言うカイトに、ハムロは「お前も、よくやったよ」と、ほほえんだ。


「でも、ミズ、どうして翼が残ってるんだろ? それに、なんでこんなおっきいの? なんか、同い年くらいに見えるんだけど……」

「それが……」


 今度は、ウタマクラが声をかけてきた。ウタマクラが言うには、ミズルチは、この星のものではないと言ったのだそうだ。それから、ウタマクラたち〈出世しゅっせミミズぞく〉のことを土竜どりゅうの末裔と言い、自分は天竜てんりゅうの末裔だと言ったのだと。


「ミズルチちゃん、私たちと分かれたのは、自分たち天竜てんりゅうだって言ってた。まるで、〈竜の一族〉と同じ祖なのは、〈音読みの一族〉じゃなくて、自分たちだ、みたいに」

「ええ?」

「あの、カイトくん。ミズルチちゃんって、どうして、君と一緒にいたの? この子、いったい、どこから来たの?」


 カイトは、混乱しながら、首を横にふった。


「わ、わからないんだ。四年前の〈シマエナガ〉台風に飛ばされてきたらしくて、うちの裏山のふうきんさまのほこらいしぼんのなかで、ぴちぴちはねてたのを、オレが見つけたんだ」

「それって」

「うう、ん……」


 カイトのひざの上で、眉間にしわをよせながら、ミズルチが身動ぎした。全員がいっせいに「ミズルチ!」と、彼女の名前を、さけぶ。しばらく、ううん、ううむと、顔をゆがめつつ、うなっていたミズルチが、突然、ぱちりと目を開けた。真っ赤なルビーみたいな瞳が、ぱちぱちとまばたいて、やがてカイトの顔をみつけると、にこっと笑った。


「カイト、いた」

「ミズ……!」


 それからはもう、カイトは、ただただ大声をあげて泣いた。ミズルチを抱きしめると、ミズルチの手が、とんとんと、カイトの背中をなでた。


「カイト。たすけてくれて、ありがと。ありがとね」

「……本当に、がんばってくれて、ありがとうっ……オレ、なんにもできなくて……」

「ううん。ちがうよ。カイト、みじゅ、ひとりぼっちしないで、おっかけてくれた。だから力わいたよ。いっぱい、いっぱい、たすけてもらたよ。いっぱいしてくれたんだよ」


 と、「ああ、きたきた」と、シネラマがすっとんきょうな声をあげた。全員が顔をむけると、彼は「おおいおおい」と空へむけて手を大きくふっている。シネラマの視線の先を見て、全員言葉を失った。バルバルと大きな音をたてて近づいてくるヘリコプターが三機。さらに真上に到着したそこから、例のノーボルのザイルを使って何人もの人が降りてくる。全員、全身黒スーツで、その肩には補給タンクつきの、巨大石鹸サボン玉銃を背負っていた。


「ちょ、なにあれ……」

「はっはっはー! こんど僕の動画チャンネルで開催することが決定している、『シャボンガン』という競技の選手たちだ!」

「シャボンガン……?」


 すごい顔をしている湯葉ゆば先生に「えっへん、そうだ」と、シネラマは返した。


「あれは、全員うちの優秀なスタッフでね。僕の伯父が経営しているシネラリア・ランド内に今、特設高層型アスレチックを建設していて、そこで空中戦をしつつ、シャボンで対象物をとらえた数を競うという、高得点先取――」


 そこで湯葉先生が「それはいいから!」と、さえぎった。


「なんでそんなもんを、こんなところに呼びよせ――あっ、あれ撮影カメラか!?」

「チームは常に一丸なのだよ湯葉くん! 取れ高はいくらあっても損にはならない!」

「お前、それは……!」

「まあ見ていたまえよ。よけいなものは公開しないから」


 まもなく、シャボンガンチームが着地し、全員がぱりぱりと、ぬけがらを踏みながら、シネラマの下へ、かけよってきた。


「ちょっとシネさん、現場来ないと思ったら、なんすかこれ。めちゃくちゃじゃないすか」

「急がせてすまなかったね。さ、さくっとやっちゃってくれたまえ」

「まったく、人使いが、あらいんだから、もー」


 文句を言いつつ、しかし彼らは、なぜか、とても楽しそうだ。それから、全員いっせいに石鹸サボン玉銃をかまえたかと思うと、ばばばばっ、とあたり一面に石鹸サボン玉を撃ち放った。


「おい、シネラマ?」

「ほーら、湯葉くん。もうキレイになってきているよ」


 言われてみれば、撃ちだされた石鹸サボン玉は、地面に落ちた黒いぬけがらを、次々となかに閉じこめて、一か所に集まっている。黒いぬけがらに、覆いつくされていた地面が顔をみせ、見るみるうちに、キララごけの、かがやきが取りもどされていった。


「このままじゃあ、せっかくのキレイな景観が台なしだろう?」

「あんた、ほんと……」


 呆れかえった声を出しながら、でも湯葉先生は「いい仕事するよ」と笑った。シネラマも、それに「ははっ。だろう?」と笑いかえし、ふたりしてグータッチをした。



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