36.みじゅ、カイト、だいすき
***
ごごごごご、と、凄まじい音をたてて、
だけど、そんなミズルチの後ろから、きらきらと彼女を追いかけて飛んでくるものがある。それは、さっきまで、ミズルチを包んでいた、巨大なつぼみだったものだ。つぼみが開いて、花びらになって、こぼれ落ちると同時に、それは空中へと舞いあがる。そして、ミズルチを追いかけ、まわりから包みこむようにして、彼女を守るのだ。カイトの目には、まるで宝石のバリアみたいに見えた。それが、怨墨からミズルチを、そして、その手のなかに、抱えられた、虹色の大きな宝石を守り、代わりに墨を引きうけては、黒く染まって、地面に落ちてゆく。ああ、とカイトは思った、ミズルチが手にしている宝石。あの一際美しい宝石こそ、ミズルチの喉に、かがやいていた
ミズルチの生みだした、ぬけがらが、次々に怨墨を吸いあげては地面に落ち、それがキララ
ミズルチの飛行速度は、ぐんぐん増してゆく。襲いかかる、うでをかいくぐって、紙飛行機のように右に左に、きりもみのように旋回する。追いかけてくる怨墨を、ほんろうして、次々に、花びらで消しさって、ついに、怨墨本体の上で、ぐるりと大きく宙返りした。
怨墨が、「ぎぃやああああ!」と怒りのこもった、さけび声をあげる。
「この
《分かたれたというのは敵対とはちがう! この痴れ者が!》
ミズルチは一喝すると、ばさりと青白銀の翼を羽ばたかせた。花びらが怨墨へ、いっせいに襲いかかる。怨墨はそれを必死にふりはらいながら、つばを吐き散らかし、さけんだ。
「一生にいちどしかえられぬううう!
ミズルチは、ふっと笑うと、うでのなかに抱きしめていた逆鱗を、高くかかげた。
「――みじゅ、カイト、だいすき」
その言葉に、カイトは思わず立ちどまった。
ミズルチが、ふっと視線をカイトへむける。そして、ふわっとほほえんだ。
「カイトが、みじゅを育ててくれた。ばあちゃも、ユバせんせも、ウタマクラも、バッソも、ハムロも、あ、あとシネラマも、みんな、やさしかった。いっぱい、たすけてくれた」
ミズルチの手のなかで、逆鱗が、内から光を、放ちだす。
「だから、みじゅも、この星のみんな、たすけて、まもる」
あふれだした光が、あたりを虹色で、包みこんでゆく。
「みじゅは、そういう世界、生きてる。おまえと、ちがう」
かかげた逆鱗とともに、ミズルチの身体が、一気に怨墨へむけて急降下した! カイトが「だめだ、ミズルチ!」と、さけんだのは、はたして彼女に聞こえたかどうか。ただ、カイトの耳には、ミズルチの、この言葉がとどいていた。
「じぶんの
ミズルチと怨墨が真正面から衝突した瞬間、あたり一面に、虹の光と、黒い閃光が交錯した。一番近くにいたカイトは、巻きおこった風によって、大きく吹きとばされた。
***
その瞬間、ミズルチは、白くかがやく、あたたかな空気に、つつまれたような気がした。
――
心のなかに、直接語りかけられたその声に、ミズルチはおどろいた。
(誰? あなた、
――ああ。そうだ。
ミズルチの意識に、虹色の光をまとった〈
――会いにきてくれて、ありがとう。おかげで、数十年ぶりに、妻に会えた。
妻、と、ミズルチは心のなかで、くり返して、ああ、そうかと笑った。
(あなた、〈
――ああ。そうだ。
見れば、〈
――私は、もう、妻のそばで眠りたいのだ。
(もう、研究所には、帰りたくないってこと?)
――ああ。必要な情報は、もうそろえられたはずだ。私なしでも、今後、我が子孫のために必要なことは、今、生きている者だけで、なんとかできるだろう。
(もしかして、あなた、わざとハムロに自分を盗ませたの?)
――彼には、すまないことをしたが、どうか、もう過去の存在として休ませてほしい。
ミズルチは、ふふ、と笑った。
(わかった。
――すまない。ありがとう。君を使わせてくれた天竜にも感謝を。ただひとつ、私の
次の瞬間、〈
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