35.なんて無茶な


      ***


 ミズルチが作りあげた、虹色の宝石の蓮華れんかを見て、カイトは「だめだっ、早すぎる!」と悲鳴をあげた。シネラマを、抱えたままの湯葉ゆば先生も、察して顔色を変える。


「どういうことだ?」


 問いかけたバッソに、カイトは、泣きそうな顔をむけた。


「あれ、脱皮のための殻なんだよ。〈出世しゅっせミミズぞく〉が変化するときに、ああやって殻を作るんだ。――でも、ミズが最後の脱皮をするまでには、予定より、まだ半年も早いんだ!」


 理解したバッソが、はっとした顔を蓮華れんかのつぼみにむけた。つぼみの周囲では、近よろうとして、でも近よれない、怨墨のうでが、うぞうぞと、うごめいている。当然だろう。ヘタに触れたら、吸いこまれてしまうのだから。


 バッソが、「ああ」と苦しい声をあげた。「あれは、ウタマクラを助けるために、ミズルチは、わざと早く脱皮しようとしていると、そういうことか――なんて無茶な」


 しかし、こうしないとウタマクラを助けられないのは、カイトにだってわかる。それに、あれはきっと、ミズルチ自身も助かるために必要だった。それくらい、ふたりのえんぼくの染まりかたは、すさまじかった。わかっている。わかっているけれど……!


 と、次の瞬間だった。怨墨の本体が、「きええええええっ!」と、すさまじい奇声をあげた。その全身から、これまでの比ではない、すさまじい墨の柱が、天をもつらぬく勢いで、立ちのぼる! それが、ミズルチの蓮華れんかのつぼみに、襲いかかった!


「だめだ!」


 かけだしたのは、カイトとバッソ同時だった。ふたりとも、あれに敵うとは思っていなかった。ただ必死だった。なかにいるふたりを助けたくて、無我夢中だった。


「カイトさん!」


 湯葉先生の大声にふり返る。シネラマを地面に、放りだすと、湯葉先生は、自分のカバンを、カイトにむけて投げた。それを、ぎりぎりで、落とさずに受けとめる。


「使いなさい! 残りの鉄砲は、八だ!」

「ありがとう! 湯葉先生!」


 カイトはバッソのあとに続いた。残りはたった八。大事に使わないといけない。でも、あんな大きなものをどうやって? と不安で心がふるえる。それでもやるしかない、行くしかない、見通しなんか立たなくたって、勝算なんかなくたって、今動くしかないんだ!


 ばあん! ばあん! 襲いかかってきた墨を、両手の一本ずつで吸いあげる。次の二本もまたたくまに使ってしまう。「だめだ、足りない!」と悲鳴をあげた、次の瞬間だった。


 ばりばりばりん! と、まるで雷鳴のような、空気の、さける音がした。


 はっとして、カイトは顔を、つぼみへむけた。


 割れるように、はがれるように、もとはうろこだった宝石の花びらが開いて、ぱらりとこぼれ落ちてゆく。そのなかから、白と青のかたまりが飛びでた。それは、すさまじい速度で怨墨の本体へむけて飛んでゆく。きらきらとかがやく、青白銀の翼をはためかせて。


 それは、見知らぬ天使のような女の子だったけど、カイトは、その翼を知っている。


「ミズルチ!」


 一瞬、女の子が、ちらっとカイトを見て、にこっと笑った。それからもう、わき目もふらず、するどい顔で怨墨本体へむけて、つっこんで行った。


 続いて、割れたつぼみのなかから、黒いかたまりがひとつ、こぼれ落ちた。それは地面に落ちてしまう前に、宙高く飛びあがったバッソによって、しっかりと抱きとめられた。


 苦しそうに、ゆがめた顔で、バッソが受けとめたのは、ウタマクラだった。


「よかった……! ほんとうに、離してすまなかった……!」


 しぼりだすような、バッソの言葉に、ウタマクラは言葉もなく、ただぽろぽろと泣いた。バッソの首に、しがみつきながら、うん、うん、と、何度も、うなずいていた。


 その、ふたりのようすを確認してから、カイトは、ミズルチのあとを追った。


 自分は、ミズルチを助けるんだ。今度こそ。



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