38.孤独を引きうけて


      ***


 ぬけがらの処理は、シネラマのスタッフにまかせて、カイトたちはヘリに乗りこみ、近くの陸軍基地へ、移送されることになった。ザイルを使いなれている〈嗅感きゅうかん〉の少年たちから先に、ヘリへあがってゆく。順番をまつあいだ、カイトはミズルチに質問した。


「ねぇ、ミズ。ミズは本当に、この星の〈出世しゅっせミミズぞく〉じゃないの?」

「うん。みじゅ、この星に、伝言あってきた。天竜の子」

「あ、それが〈竜の一族〉と分かれたっていう? ねぇ、だから、〈竜の一族〉と〈音読み〉が、ご先祖さまが分かれたものだっていうのは、本当は、まちがいだったってこと?」

「うん。ちがうの。たぶん、長いあいだに、この星では、まちがって伝わった。カイトのご先祖の〈風琴オルガン〉は、土竜どりゅう――ああ、〈竜骨りゅうこつの化石〉、の、妻なの。おおむかし、天竜は、土竜と〈風琴オルガン〉とりあって負けたの。ええと、天竜、ふられちゃったね」

「そんな、かなしい……いや、でも、そりゃそうだよね。樹と竜は、別物だよね……」


「それにしても、ミズルチちゃん」と、ウタマクラが、となりから口をはさんだ。


「元の星の言葉と、この星の言葉って、ちがうのよね? さっき、少し話してたわよね?」

「うん。ことば、ぜんぜんちがう」

「それ、たいへんだったんじゃない? 今、すごく、よくおしゃべりできてるわ」

「うん。すごく、むつかし。でも、みじゅ、カイトにたくさん、おしえてもらったから」


 あっと、カイトが気づく。


「ねぇミズ。さっき、この星に、伝言があって来たって言ってたよね? それなに? 今なら、おしゃべりできるよね」


 「んーとね、みじゅ、天才なの」と、ミズルチは、あごに指先をつけて言った。


「ん? うん……そう、なのか?」

「うん。〈おと〉「読む」天才。カイトと一緒。みじゅの翼、すーごくよく「読む」」

「へ、あ、ああ。そういうことか。ほかの人よりも、よく「読める」ってことだね?」

「そう。この星から〈うから〉の〈おと〉した。だから、おーいって返事した。みじゅたち、ここにいるよーって」


 あっと気づいた。思いだす。あの日、開け放った窓の外、満天の星へむけて、指さした自分を。ツナグ兄ちゃんに、言ったことを。


 ――ねぇ、にいちゃ。おそらのとおく、とーくから、〈おと〉が、するよ。


「オレが「読んだ」より先に、ミズがこっちの〈音〉を「読みとって」たってことか!」


「うん」と、ミズルチは、うれしそうにうなずいてから、ちょっと困ったように笑った。


「お返事くるまで、まとうかと思ったけど、この星、みじゅたちの星より、文明おくれてるから、むかえにいったほうが早いって、あね様と船だして、おむかえ、いった」

「へ」

「そしたら、とちゅうで、この星から、みじゅの星に、むかってきてた船と、あった」

「えっ」

「ちょっと、竜の女の子レディ、まさかそれ……」


 湯葉先生とシネラマが愕然とした顔をする。カイトも、こくりと喉をならした。


「ミズ、それって……」

「うん。〈薄明光線クレパスキュラー・レイズ〉号。スターダストにぶつかって、壊れてた。つうしんきのう? もだめで、だから、みじゅたちの船とドッキングして、星につれていった」


 カイトの全身から、汗が吹きでてくる。


「み、ミズ、その、〈薄明光線クレパスキュラー・レイズ〉号に、のってた人たちって……」

「うん。みんな、もう、みじゅの星にいる。船にのってたヒトのなか、ツナグ、いた」

「に、にいちゃん……みんなも、生きて、た……」


 まさかの展開に、涙もでないカイトへ、ミズルチは、にっこり笑った。


「うん。ツナグ好き。やさしい。カイト、よくにてる。ツナグ、カイト心配してるから、ぶじ、しらせたい、毎日言った。だから、船より、メッセージより、みじゅがワームしたほうが早いので、みじゅきた。でも、ことばむつかしね。がんばって、あいうえお、したけど、カイトわからなかった。ワームしたけど、ヒトになるのほう、はやかったね」


 わっと、カイトは気づいた。そうだ。あの「つなつい」とか「つぐつた」とか、わけがわからないと思っていた言葉は、「ツナグ・ツイタ」だったのだ。


「き、気づかなかった……せっかく伝えてくれてたのに、オレ全然……! うわ……」

「ううん、いいよいいよ。ことば、むつかしからね」

「あ、あとさ、オレ、まだわかってないんだけど、ワームって、どういうこと?」

「えっと、みじゅ、いま、じゅうよんさい、なのだけど、この星くるのに、イトミミズ、もどらないといけなかったね。それで、逆もどりした」

「ぎゃく、もどり?」


 「そう」とミズルチは、こともなげに、うなずく。


「ワームって、ミミズのことね。ワームなると、宇宙にホールつくれるね。とおくと、道、ツナゲル。でも、蛇できない。だから、0さいの、イトミミズまで、もどる、した」

「そ、それで、イトミミズの姿だったのか……!」


 「うん」と、ミズルチは満足そうに笑った。


可逆かぎゃく。それが、みじゅたち、天竜の形質パターンね」

「かぎゃく……」

「みじゅたち天竜、もとの形もどれる。ミミズにも、竜にも。でも、土竜は〈風琴オルガン〉と結ばれるために、可逆すてた。土竜、変化したら、もう、もともどれない。だから、みじゅたち天竜には、〈音〉「読む」翼と、可逆のちから、のこった。ただ、このちから、一回もどると、ヒトガタもどるのに、また四年かかるから、そこ、ちょっとだけ、ふべん」


 ばさり、と、ミズルチの背中で、青白銀の翼が広がる。


「みじゅの星、ほんと名前、アンドロトキシアないよ。ガドゥガダスヴァラ、いう。そろそろ、ガドゥガダスヴァラから送られたメッセージ、この星とどいてる思うよ」

「――結ばれるために、捨てた……か」


 ぽつりとつぶやいたバッソに、ミズルチは「うん!」と、うなずく。それから、ウタマクラのそばへかけより、ぎゅっと抱きつくと、甘えるように見あげて、にこりと笑った。


「ぶつかったら、〈うから〉のちから、消えるの、天竜と土竜。だから、みじゅとウタマクラむすばれたら、ちから、消えるね」


 カイトとハムロが同時に吹きだす。ミズルチは不思議そうな顔をしていたが、仕方がない。ミズルチの言葉を聞いて、バッソがなんとも言えない、ものすごい顔をしていたのだ。


 ヘリコプターから、次があがってこいと合図が出される。バッソがウタマクラへと手をのばし、ウタマクラはそれに手をあずける。ふたりは一本のザイルでヘリへ昇っていった。


      ***


 陸軍基地内のヘリポートへ降りたった先に、まちうけていたのは、カイトの父さんと母さんだった。涙で、ぐしゃぐしゃになった母さんが、うでを広げて走ってくる。何年ぶりかもわからない父さんも、目を真っ赤にして、そのあとから走ってきていた。ふたりの、うでのなかに飛びこんで、カイトも泣いた。民間の宇宙探査研究所に、移籍していた父さんが、ガドゥガダスヴァラから、発信された、〈薄明光線クレパスキュラー・レイズ〉号、全員無事で到着した、というメッセージを受けとったのは、今から、二日前のことだったらしい。


 苦しかった、なにもかもは、流せないし、すぐには、飲みこめない。けれど、大丈夫。カイトはもう、自分の心も、母さんと父さんの心も、まっすぐに見られる。みんな生きてたことがわかって、世界がどんなに手のひらを返しても、カイトには、もう窓があるから。


 ウタマクラもまた、むかえに来たキュウイン博士の、うでのなかに飛びこんでいった。カイトたち家族とミズルチ。それから湯葉先生が、軍の人に案内されて建物のほうへと移動しようとした矢先、ウタマクラが、くるっときびすを返して、再びヘリのほうへ、かけていった。カイトが目でその背を追うと、うでを広げたバッソの胸に、ウタマクラが飛びこんでゆくところが見えた。ふたりとも、うれしそうで、だけど、少し苦しそうだった。


 と、すぐとなりから「〈嗅感きゅうかん〉のハムロくんだね」と、落ちついた低い声が聞こえた。


 カイトとミズルチが目をむけると、キュウイン博士が、ハムロとむきあっていた。ハムロの手には、ミズルチから受けとっていた、〈竜骨りゅうこつの化石〉の逆鱗げきりんが、抱えられていた。


「本当に、申しわけありませんでした。〈竜骨りゅうこつの化石〉は壊れてしまいました。おかえしできるのは、この逆鱗げきりんだけです。全て俺の責任です。法のさばきは、俺が受けます」


 深く頭をさげたハムロに、キュウイン博士は「顔をあげてください」と、ハムロの前でひざをついた。うつむいたままの、ハムロの目から、ばたばたと涙がこぼれて、アスファルトをぬらしている。キュウイン博士は、ゆっくりとうなずいた。


「君たち〈嗅感きゅうかん〉の特性を知りながら、きちんと説明をとどけなかったワタクシにも落ち度はあります。ハムロくん。誰かを信じることは、とても難しい。と同時に、誰かに背中をあずけることも、とても難しい。そこには「自分で相手を選んだ」という責任が生まれるからです。自分の心で決めたことは、例え失敗という結果になったとしても、誰もその哀しみや怒りを、肩代わりしてはくれません。苦しさの全てを自分で受けとめなきゃいけない。そうして傷つくことをくり返して、それでも生きていく、生きていけると知る。こういう孤独を引きうけて、その孤独どうしで手をつないで、我々も生きてきました」


 キュウイン博士はハムロの肩に手をぽんとのせて、口を三日月の形に、もちあげた。


「それでもね、助けの手は必ずのびます。今は、〈嗅感きゅうかん〉以外の〈うから〉のことを、本心からは信じられなくてもいいです。でも、必ずあなたの支えになりますから、どうか、この手をつかんでください」


 キュウイン博士の言葉に、泣きながら「はい」とうなずくハムロを見てから、カイトとミズルチは、うなずきあうと、ぎゅっと強く手をつないで、建物へとむかって歩きだした。




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