27.やあやあ、みなさん。

      ***


「やあやあ、みなさん。たいへん、お騒がせをしてしまい、申しわけない。僕のことを、ご存知かどうかは知らないが、シネラマ・シネラリアといいます」


 茶金色の髪の男が、花飾りの舞台の上で、どうどうと役者のように両手を広げて自己紹介するので、ハムロは「なんだあれ」と鼻白んだ。ウタマクラとバッソもため息をつく。


「はた迷惑な男だ。だが〈出世しゅっせミミズ族〉が、ツレにいる。話は聞いたほうがよさそうだ」

「そうね」


 三人は、ざわめく〈嗅感きゅうかん〉たちのあいだを通り抜けて、空から落ちてきた人々のもとへ、かけよった。茶色いヒゲもじゃの大男が、バッソを見て顔色を変える。ウタマクラたち三人が花飾りの舞台のうえに飛びのると、大男――湯葉ゆば先生は、ていねいに頭をさげた。


すみりの、鬼打おにうちバッソさん、ですね?」

「はい。あなたは」

「私もすみりです。はじめまして。湯葉ゆばと申します」


 バッソが「ああ」と声をあげた。


「存じあげずに、失礼しました」

「いえ。県も管轄もちがいますし、当然ですよ。あの、それからこちらは――」


 と言いながら、湯葉先生は、一歩後ろにさがっていた、カイトとミズルチを、前に押しだした。カイトは、くちびるを少しだけ曲げてから、ヘッドホンをさわった。


「はじめまして。うみ葡萄ぶどうカイトです。こっちは、ミズルチ」

「ぴぴにゃっ」


 カイトの背中につかまったまま、ミズルチは、ぺこりと頭をさげた。バッソは、彼らの背後で煙をあげている飛行車を、ちらっと見てから、湯葉先生に顔をむける。


「あの、湯葉さん。これは、事故ですか?」

「ああ、事故といえば事故――あの馬鹿のせいで、車内でもれた石鹸サボン液が引きおこした自損事故なんですが……あの、我々、実は今〈竜骨りゅうこつの化石〉の行方を追っておりまして」


 その言葉を聞き、ウタマクラたち三人は顔色を変えた。バッソが「ハムロ」と名を呼ぶ。


「場所を、移そう。お前の家で話を聞かせてもらって、かまわないか?」


 ハムロの顔色も、けわしくなっている。


「ああ、あんまり、みんなには聞かせないほうが良さそうだ。俺も、聞かれないほうが、ありがたい」


 カイトたち一行は、そうしてハムロの家に、まねかれた。


 家のなかに通されると、湯葉先生は、手早く経緯を説明した。バッソからも、自分たちの状況を説明する。結果、自分たちの目的が、同じ〈竜骨りゅうこつの化石〉の奪還だと、わかった。


 湯葉先生は、少しだけ苦い顔で笑いながら、シネラマに視線をむけて、バッソに「彼と出会ったのは、そういうわけで、偶然なんです」と言った。


「しかし、その、しゃぼんだま……? のおもちゃというのは、すごいものだな」


 となりから「大ヒット商品だ!」と、ほこらしげに、胸をはって腰に手をあててみせるシネラマに、なぜか、ミズルチはうれしそうで、「ぴぴーっ」と、鳴いた。


「ええ、こんな、子どものおもちゃに助けられるなんて、思いもしなかったのですが」

「いやしかし、今後の戦略を思えば、ずいぶんと助かるものになりそうだ」


 そういうと、バッソは仮面のしたで、自分のあごを、さすった。


「あなたがたと、ウタマクラの目的が同じ〈竜骨りゅうこつの化石〉の奪還なのは、わかった。俺自身は、竜骨の奪還ではなく、えんぼくの本体をたおすことが目的ですが、目標とするところは同じだ。しかし問題はここからだ。えんぼくの本体がどこへむかっているのか、ヤツの本当の目的は、いったい、なんなのか。まずは、それを突きとめないと、次の動きが定まらない」

「活発化しているというのは、やはり、まちがいないんですよね?」

「はい。怨墨本体が姿をあらわすなんて、俺が知るかぎり、はじめてのことですから」


 カイトとハムロ、ウタマクラが、おたがいに探りあいながら自己紹介をし、ミズルチが、ウタマクラに飛びついたりしながら、マムロの寝床のそばにいる傍ら、バッソと湯葉先生は、そんなふうに深刻な顔で、話しこんでいる。


 カイトは、ウタマクラの、ひざの上で甘えているミズルチを見て、少し笑ってから、「あの、ウタマクラさん」と、恐るおそる、名前を呼んだ。


「ほんとに、〈竜骨りゅうこつの化石〉を、もっているのは、えんぼくの本体なんですよね?」

「ええ。このハムロくんが、目の前で盗られたのだから、まちがいないわ」

「そうですか……なら、やっぱりみんな目指すところは、同じになるんですね」

「そうね。ただ、さっき鬼打おにうちさんも言われていたとおり、どこにいるか、わからなくて」

「あの、それなら――」


 カイトが言いかけた横から、シネラマが「本当に君らは、そいつを見つけだす、いい手立てをもっていないのか?」と、妙に明るく、すっとんきょうな声をあげたので、湯葉先生とカイトは、げんなりした顔をした。バッソは、苦いため息をつく。


「それを知りたいところだ。おそらくだが、竜骨に憑依することが、ヤツの目的だろう」

「ほほう、憑依と? つまり、そのすみの親玉は、〈竜骨りゅうこつの化石〉とやらを、自分の身体にしようとしてるってことなのかい?」

「ああ。十中八九、そうだろう」


 思ってもみなかった、その可能性に、カイトは言葉を失った。そうか。怨墨を吸うというのは、一緒のものになるということだ。紙鉄砲と墨だって、狩っただけならば、ただひとつになっただけ。燐寸マッチで燃やして、はじめて彼岸へ送れる――浄化できるのだ。


 怨墨のほうが強ければ、わざと〈竜骨りゅうこつの化石〉に自分を吸収させて、身体を手に入れることも可能なのだ。そうしたらもう浄化どころではない。気づいてカイトはぞっとした。


「ふむふむ。じゃあ、すみ親玉おやだまは、なぜまだ憑依していないんだい?」

「おそらく墨の量が足りていないんだ。今、各地で怨墨が多発しているのは、それをおぎなうために、本体へ集結しようとしているからだろう。墨と墨は、たがいに呼びあうからな。しかし多発した結果、ぼく墨連ぼくれんが総力をあげて怨墨えんぼくりに乗りだした。泥仕合だな」

「なるほど……」


 湯葉先生が、眉間にしわをよせて、うなった。シネラマは、「ふむ」と、あごを指先で、さすってから、「つまり」と、その指を、ぴんとたてた。


「その、すみのもやもやが、親玉のところに集まろうとする動きを、利用すればいいということでは、ないのかね?」


 突然、またすっとんきょうなことを言いだすシネラマに、湯葉先生や、ハムロとカイトが、げんなりしていると、バッソがはっとした。


「ちょっとまて、シネラマさん。あんたさっき、なぜまだえんぼくが、〈竜骨りゅうこつの化石〉に憑依していないと断言できた?」


 シネラマは「なぜって」と言いながら、ぴしっと立てていた指先をカイトにむけた。


「それは、そこにいるカイトくんが、超高性能な〈音読おとよみの一族〉だからさ」

「へ?」

「彼が、自分で、そう言っていたよ。ねぇ?」



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