23.オレ、あんた知ってる。
***
悲鳴や、さけび声が、ハイウェイにこだまする。ミズルチを背負ったカイトは、
ふたりと一匹が
「わあああっ!」
血相を変えて走ってきた人を「うわっ」とカイトはよけた。浮きあがりかけた帽子を手で押さえる。「ぴいいっ」と、ミズルチがカイトを、つかむ足爪に力が加わった。しまったと思って、あわてて前を見ると、進行方向にある車のドアが、開けっぱなしになっていた!
(ぶつかるっ!)
衝撃を覚悟して、カイトが両うでで、顔の前をガードした、次の瞬間だった。ぶわっ、と全身が浮きあがる感覚がして、「うえっ⁉」と、カイトは両うでを、さげた。
――浮いている……! 空高く、浮きあがってる!
「ええええ‼」
全身を、びゅうううっと風につかまれているような感覚だ。ばさっばさっと背後から聞こえる羽音は、きっとミズルチが、たてているものだろう。つまり。
「ミズ――っ! これっ、お前、オレごと飛んでるの!?」
「ぴにゃあああん」
気のせいか、ごきげんな調子で甲高く鳴くミズルチは、そのままゆっくりと下降して、車の上にカイトをおろした。だけど、今はスカイアップボードを使っている。つまり足が車にあたることはない。車の天井部分から、フロント、ボンネットと、少し浮いたあたりでボードはすべりおち、その前の車の上へと、また昇ってゆく。
「すごい、これすごいよ、ミズ!」
「カイトさん、無事か!?」
異変に気づいた湯葉先生が、走りながら、ふり返っている。
「先生! 危ない! 前見て、まえぇぇ――!」
「うおっと!」
いつのまにか、
「
「なんだって?」
カイトは、片手でヘッドホンを押さえながら、前方を指さした。
「ハイウェイを、ふさいでるんだ。あっ、タクシーの運転手さん、身体から
「近いか!」
「もうすぐそこ!」
「よっしゃ!」
ばっ、と湯葉先生は、ウエストポーチから、紙鉄砲をふたつ引き抜くと、両手でつかんで、さらに加速した。
一方、空高くに飛びあがったカイトとミズルチからは、タクシーの運転手さんが、男の人にむかって、じわじわと近づいていくところが見えていた。ひっくり返ったタクシーの底面に追いつめられた男の人は、万事休すと、甲高い悲鳴をあげている。かなりうるさい。
「ミズ! 行って!」
「ぴぴっぴー!」
ぐぅんと急降下! 運転手さんの全身から、あふれだした怨墨が、男の人に襲いかかる! そのタイミングにあわせて、男の人と運転手さんのあいだにカイトはすべりこんだ。
紙鉄砲の鳴らしかたくらい、子どものころから何回もやっているから知っている。上から、ふりおろすんじゃなく、横から、たたきこむんだ。つかみ部分は、弱すぎず、強すぎず、紙の特徴から、なかに折りたたんだ部分の、すべり具合を判断して、一気に――!
ばあん! と、今まで出したことがないくらい大きな音で、紙鉄砲の中身が開き、襲いかかってきた怨墨を、きれいにつかまえた。勢いづいたために、ヘッドホンとアイグラスがずれて、顔が表に出てしまっていたけれど、カイトは夢中で気づいていなかった。
「やった!」
ミズルチのホバリングが、ぐるりと回転する。カイトが紙鉄砲をふりおろす勢いに釣られて一回転したのだ。カイトとミズルチの顔が、再び運転手さんのほうへむく。運転手さんがカイトに襲いかかる! 「うわっ」とさけんだ次の瞬間、追いついてきた湯葉先生が、運転手さんの背中に、紙鉄砲をふりおろした。ばあん! とすごい音をたてて、湯葉先生のふりおろした紙鉄砲が、運転手さんに憑いていた
「先生! やった!」
「いや、これは吐きだされたばかりの怨墨だ。むこうにまだ親元になっているヤツがいる」
言われて見あげれば、空に黒いもやが飛びだしている。さらに先で悲鳴があがった。
「うええ!? まだあんなにいるの!?」
カイトがさけぶより早く、湯葉先生は、かけだしていた。のんびりしていられない。早く自分も追わなきゃと、カイトがアクセルに爪先を押しこもうとした、その時だった。
「ちょっと、君!」
「んぴっ!」
ぐん、と引っぱられる感触と、ミズルチの悲鳴で、カイトはふりむいた。見れば、さっき助けた男の人が、ミズルチのしっぽを、つかんでいる。
「ちょっと、しっぽつかまないで!」
「やあ、これは失礼」
言うと、その人は、ぱっと手を離した。どうやら悪い人ではなさそうだ。しかし、ん? となにかが、カイトの記憶に引っかかる。しばらく考えて「あっ」と気づいた。
「オレ、あんた知ってる。ニュースキャスターの……あっ、シネラマ・シネラリアだ!」
さけぶと、男の人はうれしそうに目を、かがやかせた。
「やぁ、僕のことを知っているなんて、実に将来有望な子だね。……ん? いや、しかし、そういう君の顔も、なんだか、見おぼえがある気がするな……」
「え」
首をひねりながら言う男の人に、カイトの全身がこわばった。アイグラスが外れているのに気づき、あわててなおす。「ぴにっ」と、ミズルチのカイトにつかまる力が強まった。
「まあいいや。ところで、あれは、いったい、なんなんだい?」
「……
男の人は、コートについたほこりを、ぱんぱんと、払い落としながら立ちあがり、じっと、
「ふむふむ。見たところ、あれは、紙に吸収されれば、大人しくなるんだね?」
「はい。
男の人は「はぁん、なるほど?」と、茶金の前髪を、指先で後ろにかきあげて流した。純白の犬歯を、きらり、と光らせ、にやっと笑う。なんとなく、カイトはげんなりした。
「ということはだ、防水性に優れたもので包んでしまえば、外に出ないということだな?」
「えぇ?」
「少年、それから、ちいちゃな竜の
言うなり、男の人は、自分のコートの内がわに、両手をクロスさせながら、つっこみ、ばっと引きぬいた。両手に、にぎられていたのは、先端がラッパ型になった、白いプラスティック製の、銃型のおもちゃだった。
「ちょっと、それなに?」
「まあ、見ていなさい! 行くよ、それっ!」
男の人は、なんとなく、よたよたと、怨墨のほうへ、かけてゆく。
「ちょ、おじさん危ないって!」
「おじさんではない! シネラマさんと言いなさい! ちなみに君らの名前は!?」
「
「よろしくねっ」
湯葉先生が、紙鉄砲を、次から次へと、ふるっている。シネラマは、そこから少し離れたところで、急ブレーキで立ちどまると、ぽちん、と安全レバーを外し、そのおもちゃみたいな銃口を怨墨にむけて――撃った! ものすごい勢いで
連射された
「これは……あんた、おもちゃみたいだが、えらいもんだな、それは」
シネラマは、ふふん、と得意げに笑うと、昔の西部劇に出てくる、ガンマンみたいな仕草で、
「だろう? 道具は、相性がよさそうなものと、ぶつけあえば、思わぬ効果を、発揮することもあるんだ。そういうことは、全部ためしてみるものだよ。つべこべ言わずにね! さあ、これでゆっくり退治できるだろう」
シネラマの口元で、また犬歯が、きらん、と光ったので、とても助かったのだけれど、カイトと
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます