8.海葡萄カイト

24.たいして変わらないじゃないか


 飛行車用の停車場カーポートに、無事着陸したウタマクラたち三人は、ハムロの案内で〈嗅感きゅうかん〉の集落へと、急いでいた。森の道は、人が行き来しやすいよう、枝葉が切りひらかれてはいたが、なれない足では歩きにくい。石の段差が、あるようなところにかかると、バッソは、なにも言わずふり返り、さりげなくウタマクラに手を貸した。


 ハムロは、そんなふたりを、時々見かえりながら、先頭に立って、道を進んでゆく。


「――あの、白い服のメガネは、「妹を助けるためには、〈竜の一族〉のはじまりである〈竜骨りゅうこつの化石〉が必要だ、それしかない」って、俺たちに言ったんだ」


 鳥のさえずりは、軽やかに森の空気をゆらす。頭上高くでは、枝と枝が重なりあって、ひさしを作っている。そのすきまから、きらきらと光が地面の上に、こぼれおちて、三人の足もとを、ぬらしていた。ハムロの言葉に、バッソは「なるほどな」と、うなずく。


「たしかに、〈竜骨りゅうこつの化石〉の、えんぼくの吸着力は、他に類を見ないと言われている」


 そこで、バッソは少し黙ってから「〈嗅感きゅうかん〉のお前の前では、黙っていても意味がないな」と、黒いキャスケット帽を一度外し、前髪をかきあげてから、かぶりなおした。


「これから話すことは、政府管轄の、トップシークレットだと考えてほしい」


 ウタマクラとハムロが黙ってうなずくと、バッソは、わずかに声をひくめた。


「――〈竜の一族〉について、お前たちは、どれほど知っている?」


 どきりと、ウタマクラの心臓がなった。ハムロが、ちらっとウタマクラの顔を見て、バッソに「こいつは知っている」と言った。


「本当に、隠しごとはできないわね」


 ウタマクラは、ため息をつくように笑うと、「ええ、とてもよく知っているわ」と、まっすぐに、バッソを見た。「私、その〈竜の一族〉なの」


 とたん、バッソが動揺したように、息をのんだ。


「だが、あんたは〈音読おとよみの一族〉のはずじゃ……昨夜、俺の〈うから〉を言いあてただろう」


 ウタマクラは、伏し目勝ちに笑う。


「そのようすじゃ、あなたも知っているのね。そういうことよ。父方の家系が〈竜の一族〉なの。私も、これは、あんまり人には知られたくないので、基本的には黙っているわ」

「それは、あんまりなんて話じゃないだろう。つまり、あんたはあの【奇跡の――」


 言いかけたバッソの言葉を、さえぎるように「ええ。だから、黙っていてもらえると助かるの」と、強い声音で、言葉をかぶせた。


 事情を察したバッソは、「わかった」とうなずくと、ハムロを見た。ハムロもうなずく。


「俺は、元来、そんなにおしゃべりじゃないからな、信じろ」


 その言葉に、バッソとウタマクラは笑った。しかし、バッソはすぐに表情を硬くする。


「〈竜の一族〉が、竜から人へと変わる時に残す、うろこのぬけがら。それにも、つよい怨墨の吸着力があるんだが、喉元にひとつだけ、逆鱗げきりんと呼ばれるうろこがある。その逆鱗げきりんだけは、吸着するだけで、完全にえんぼくを浄化させられるんだ。だが、一度使えば、それきり。しかも〈竜の一族〉じたい、ほぼ絶滅危惧種の〈うから〉だから、逆鱗げきりんを、当てにはできない。そして、現存を確認されているのは、〈竜骨の化石〉についている逆鱗げきりんだけだと言われている」


 バッソの目が、じっとウタマクラを見つめた。ふくまれた意図を察する。


「わたしの逆鱗げきりんは、もう手元にはないわ」

「そうか。いや、そのほうが、ねらわれなくてよかったんだ。逆鱗げきりんという脅威が残っていることも、怨墨が〈竜骨の化石〉を、標的にさだめた理由の、ひとつだろうから」


 木の根が盛りあがっているところに差しかかり、バッソがまた、ウタマクラのほうへ手を差しのべた。ウタマクラが、さっきよりも遠慮したように指先をあずけると、ぐっと、強く引きよせるようにして、バッソはその手をつかんだ。「信じろ」、というかのように。


 ふむ、とハムロがウタマクラとバッソを交互に見て、「そういうことか」と、つぶやいた。


「あんたら〈竜の一族〉は、えんぼくをその身体に取りこみやすいんだな? 〈竜骨りゅうこつの化石〉は骨であってうろこじゃない。逆鱗げきりんが脅威なら、俺が渡した時に破壊して終わりだった。しかし、そうしていない。やっぱり〈竜骨の化石〉そのものに用があるってことだ」


 ようやく納得できた、という顔をしているハムロに対し、バッソはうなずくと、木洩れ日をおとす空を見あげた。ウタマクラの手は、まだバッソの手に包まれたままだ。


「さ、ここだ」


 そう言うと、ハムロは手をもちあげた。彼の背後には、高い枝から垂れさがっているつたのカーテンがあった。がさり、とかきあげる。


「――ようこそ、〈嗅感きゅうかん〉の集落へ」


 緑のカーテンの、むこうにあったのは、思わぬ広大な空間だった。


 かつては、巨大な川の流れが、底にあったのだろう。百メートルはありそうな幅広の、切りたった崖と崖。つまり峡谷だ。ウタマクラたちは、その片方の崖の上に立っていた。


 そして、見あげても、そこに空はない。百メートルのはしからはしをネットでつなぎ、そこに枝が渡され、谷全体をかくしている。上空から見おろしても、こんな大空間があるとは思わないだろう。すきまから、ほどよい光が差しこんで、谷底を明るく照らしていた。


 反対がわの崖の壁面を見れば、それをくりぬいて、洞くつのような住居を造りあげてある。そういうものが、いくつもいくつも、岸壁いっぱいにあるのだ。


「――すごい」


 ウタマクラから感動の声がもれると、ハムロは少しだけ、うれしそうに笑った。


「じまんの集落だからな。さ、行こう」


 うながされて見れば、谷のほうへ、おりてゆける階段が、岸壁に彫りこまれている。三人は、ゆっくりと、それをくだっていった。


 「そういえば」と、ハムロが鼻の頭にしわをよせて、バッソのほうへ、ふり返った。


「墨狩り。あんたも〈うから〉もちなんだな」


 バッソは、しばらく黙ってから「ああ」とうなずいた。くだる階段は急で、ウタマクラの手は、まだバッソに、強くにぎられている。


「〈魂音族こんいんぞく〉だ」


 ウタマクラの胸に、小さな痛みが走った。



  トゥワーラ トゥオーラ トゥイエン



 ハムロは、とん、とん、と軽快な、慣れた足どりで、階段をくだってゆく。


「あれだろ? 〈魂音族こんいんぞく〉って、血族遺伝じゃなくって、突然変異で生まれるんだよな?」

「――ああ」

「じゃあ、あの話も本当なのか?」

「……あの話、とは」

「だから、〈魂音族こんいんぞく〉は、生まれる前から、結ばれる相手が決まってるっていうヤツだよ」


 瞬間、ウタマクラの手をにぎっていた、バッソの手が、こわばったような気がした。ぴりっとした、なにかが、伝わったような、そんな気もした。


 しかし、そうとは知らないハムロは、話を続ける。


「〈うから〉のなかでも、〈魂音族こんいんぞく〉って、かなり特殊だって聞いた。あんたらって、魂が誕生した瞬間から、半身になる魂が決まっていて、何度生まれ変わっても、その〈魂音族こんいんぞく〉同士としか結ばれないって。そのペアとじゃないと、子どもを、もてないって」


 ゆっくりと、バッソの手が、ウタマクラの手から、離れていった。


 足どりの重くなったウタマクラを残して、バッソは先へと進んでゆく。ふたりのあいだに、少しずつ、距離ができてゆく。


「――ああ。その通りだ」


 バッソの、低い声での答えに、なぜだか、ウタマクラは泣きたくなった。


「じゃあ、あんたがすみりなのは、家業なのか?」

「そうだ。父親のあとを継いだ」

「年は」

「十九」

「えっ」


 ウタマクラは、びっくりして思わず声をもらした。バッソが、ゆっくり、ふり返る。ふたりが立つ場所の段差は、二段。その高さの分を、バッソは見あげていた。


「意外だったか?」


 声は、どこか、さみしく笑っているように感じられた。


「うん……年下なんだと、思って」

「あんたは」

「二十一」


 バッソは、ふふっ、と笑った。「たいして変わらないじゃないか」と言うと、すっと背中をむけて、ゆっくり、くだってゆく。思わずウタマクラは、その背中へ手をのばしかけた。だけど、指先をにぎりしめて思いとどまる。バッソから借りた服を着ていることが、今さら居心地悪くなってきて、ぎゅっと、その胸元をつかんだ。嫌だというのではなかった。


 ただ、なんだか、とても悪いことをしているような、そんな気が、していた。



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