22.前、見えてんのか?
***
バッソの飛行車の運転は、とてもていねいだった。ウタマクラは助手席に、ハムロは後部座席に、すわっている。見おろす森は、遠くに見える山へとつながっていた。山のほうからは、一本の川が流れを作っていて、それは森を蛇行し、果ては海へと続いている。
「あれが、
山を指しながら、ウタマクラが質問すると、バッソはうなずいた。
「そうだ。あの川の源流である〈
ウタマクラは、ゆっくり
「ねぇ。あの川って、はじまりは、
「ああ。俺は、現地まで行ったことはないが、そうだと聞いている」
「じゃあ、このあたりは、もう
「いや、このあたりはまだだ。そこまでいくと〈
バッソが答えた後ろから、ハムロが「このへんは、まだ
「おい墨狩り。もう少し行ったところに、飛行車用の
「どこだ」
「川がちょっと、ぐんと左に曲がっていて、三本高い木があるだろう。あの反対がわだ」
「ありがとう、助かる」
いつのまにか、車内の空気は、おだやかなものになっていた。ハムロは、バッソが嘘をつかない人だと信用したのだろう。ウタマクラも嘘はつかない。ハムロに聞きたいことは山ほどあったが、まずは彼の妹を助けることが先決だろうと、いったん黙ることにした。
〈
と、ハムロが後ろから、けげんな顔でバッソに質問した。
「なあ、ところで墨狩り。あんた、その珍妙なお面つけてて、前、見えてんのか?」
ウタマクラも抱いていた、その疑問にたいして、バッソは「問題ない」と答えた。
「目許だけ、透かしにすいてある。特注の紙なんだ」
「そもそも、なんで、そんなお面つけてんだよ」
「
「ああ、なるほどね」
納得したウタマクラの言葉に、バッソは、少しほほえんだようだった。
「というのはタテマエで、本当は花粉症だからだ」
「えっ!?」と、思わず高い声が出たウタマクラに、バッソが「ふっ」と吹きだした。
「仮面の下の俺の顔は、鼻水で、ぐしゃぐしゃかも知れないぞ?」
そこでウタマクラは、バッソに、からかわれたのだと理解した。
「ちょっと、どれが本当なのよ」
「後ろで笑ってるやつに聞いてみな?」
そうだと気づいて、ふり返ると、お腹を抱えて、笑いをこらえているハムロが、「最初が本当で、次が時期によっては本当。最後が嘘だな」と教えてくれた。それからハムロは、はっと真顔になって、じっとバッソのほうを見た。
「そういう、ことか」
バッソは、まっすぐ
「嘘というのは、こういう使いかたもするんだ。全てが悪意で、できているわけじゃない」
「――俺は、全部をいっしょくたにして、考えすぎていたんだな」
「色んな人間がいる。色んな嘘も、色んな〈
しばらく沈黙してから、ハムロは小さな声で「本当に、すまなかった」と頭をさげた。
「〈
「気もちはわかる。〈
話が〈
「ねぇ、結局、あなたをだましたのは、怨墨っていうものの、親玉みたいなやつなのよね? それは人じゃないけど、ヒトガタをしているのね? どんなふうな外見なの?」
これには、ハムロではなく、バッソが答えた。
「怨墨の本体とは、俺もエンカウントしている」
「ほんとに? どんなふうなの?」
「メガネをかけている。髪は短くて、茶色い。着ているものは白だ。〈
「――え?」
どくん、と、ウタマクラの心臓が、一瞬ではねあがった。ぎゅっと胸の辺りを、つかむ。
「……どうした?」
ウタマクラの顔が一気に青ざめたのに気づき、後ろからハムロが声をかけた。
「
「
「誰だ?」
「メガネで、短い茶髪で、いつも白衣を着てる……父さんの、昔からの研究仲間の、
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