22.前、見えてんのか?


      ***


 バッソの飛行車の運転は、とてもていねいだった。ウタマクラは助手席に、ハムロは後部座席に、すわっている。見おろす森は、遠くに見える山へとつながっていた。山のほうからは、一本の川が流れを作っていて、それは森を蛇行し、果ては海へと続いている。


「あれが、むつ鹿たけ?」


 山を指しながら、ウタマクラが質問すると、バッソはうなずいた。


「そうだ。あの川の源流である〈風琴オルガン〉が、むつ鹿たけの一番奥にある」


 ウタマクラは、ゆっくりまばたきした。自分は今、〈風琴オルガン〉――つまり、ふうきんさまのもとへ、むかっているも同然なのだ。そして、この人は風琴さまのことを知っている。


「ねぇ。あの川って、はじまりは、ふうきんさまの樹の根本から、湧きだしているのよね?」

「ああ。俺は、現地まで行ったことはないが、そうだと聞いている」

「じゃあ、このあたりは、もうむつ鹿の森なの?」

「いや、このあたりはまだだ。そこまでいくと〈嗅感きゅうかん〉の集落も通りこしたことになる」


 バッソが答えた後ろから、ハムロが「このへんは、まだ三刈みかりの森だ」とつけくわえた。


「おい墨狩り。もう少し行ったところに、飛行車用の停車場カーポートがある」

「どこだ」

「川がちょっと、ぐんと左に曲がっていて、三本高い木があるだろう。あの反対がわだ」

「ありがとう、助かる」


 いつのまにか、車内の空気は、おだやかなものになっていた。ハムロは、バッソが嘘をつかない人だと信用したのだろう。ウタマクラも嘘はつかない。ハムロに聞きたいことは山ほどあったが、まずは彼の妹を助けることが先決だろうと、いったん黙ることにした。


竜骨りゅうこつの化石〉を〈嗅感きゅうかん〉の少年たちが盗んだのはまちがいない。けれど、それもえんぼくというのに、だまされてやったのだという。そして、バッソがその怨墨というのをたおすために、政府から派遣されてきたというのなら、彼についてゆくのが正解だと、ウタマクラは判断した。物事には順番というものがある。「急いてはことを仕損じる」だ。


 と、ハムロが後ろから、けげんな顔でバッソに質問した。


「なあ、ところで墨狩り。あんた、その珍妙なお面つけてて、前、見えてんのか?」


 ウタマクラも抱いていた、その疑問にたいして、バッソは「問題ない」と答えた。


「目許だけ、透かしにすいてある。特注の紙なんだ」

「そもそも、なんで、そんなお面つけてんだよ」

えんぼくは、人間に憑りつく時に口から入りこむ。口をねらって飛んでくるから、かみ鉄砲でっぽう用の紙で仮面を作っておけば、万一つかまえそこねても、仮面でえんぼくを、とらえられる」

「ああ、なるほどね」


 納得したウタマクラの言葉に、バッソは、少しほほえんだようだった。


「というのはタテマエで、本当は花粉症だからだ」


「えっ!?」と、思わず高い声が出たウタマクラに、バッソが「ふっ」と吹きだした。


「仮面の下の俺の顔は、鼻水で、ぐしゃぐしゃかも知れないぞ?」


 そこでウタマクラは、バッソに、からかわれたのだと理解した。


「ちょっと、どれが本当なのよ」

「後ろで笑ってるやつに聞いてみな?」


 そうだと気づいて、ふり返ると、お腹を抱えて、笑いをこらえているハムロが、「最初が本当で、次が時期によっては本当。最後が嘘だな」と教えてくれた。それからハムロは、はっと真顔になって、じっとバッソのほうを見た。


「そういう、ことか」


 バッソは、まっすぐ停車場カーポートへむかいながら、うなずく。


「嘘というのは、こういう使いかたもするんだ。全てが悪意で、できているわけじゃない」

「――俺は、全部をいっしょくたにして、考えすぎていたんだな」

「色んな人間がいる。色んな嘘も、色んな〈うから〉もな」


 しばらく沈黙してから、ハムロは小さな声で「本当に、すまなかった」と頭をさげた。


「〈竜骨りゅうこつの化石〉を盗みだすなんて、なにがあっても、やってはいけないことだった。妹がえんぼくに憑かれて、頭に血がのぼってしまっていた」

「気もちはわかる。〈嗅感きゅうかん〉が、どれほど、きびしい状態になるかを考えればな」


 話が〈竜骨りゅうこつの化石〉のほうへ流れた。口をはさむなら今だとウタマクラはハムロを見た。


「ねぇ、結局、あなたをだましたのは、怨墨っていうものの、親玉みたいなやつなのよね? それは人じゃないけど、ヒトガタをしているのね? どんなふうな外見なの?」


 これには、ハムロではなく、バッソが答えた。


「怨墨の本体とは、俺もエンカウントしている」

「ほんとに? どんなふうなの?」

「メガネをかけている。髪は短くて、茶色い。着ているものは白だ。〈嗅感きゅうかん〉を利用することを思いつくあたり、研究所のセキュリティについても把握していたんだろうな」

「――え?」


 どくん、と、ウタマクラの心臓が、一瞬ではねあがった。ぎゅっと胸の辺りを、つかむ。


「……どうした?」


 ウタマクラの顔が一気に青ざめたのに気づき、後ろからハムロが声をかけた。


みずウタマクラ。あんた、心当たりあるのか?」

くれ博士みたい……」

「誰だ?」

「メガネで、短い茶髪で、いつも白衣を着てる……父さんの、昔からの研究仲間の、くれユミ博士が、ちょうど、そんな感じなの……」



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