12.こ せ ん そ た い し か え し て
***
湯葉先生は、役場に電話をかけ、
「ありがとうございます。それでは」
そういって、役場の人たちは
坂道をくだりつつ、ばあちゃんは、湯葉先生の背中から、説明してくれた。
「あたしの、結婚前の職業はね、
「すみがり? それが、さっきの黒いもやもやを、退治する人の呼び名なの?」
「ああそうだ。昔は連合政府つきだったんだよ。今は県づきで補助をやっている」
そう言ってから、ばあちゃんは、湯葉先生の背中で「ふぅ」と、ため息をついた。
「怨墨は、なくならないもんなんだ。人のなかから、苦しみや悲しみが生まれるかぎり、必ず湧いてくる。それを、白紙で作った紙鉄砲で音ならしをして、吸いこみ、閉じこめる」
言いながら、ばあちゃんは、使ってなかが真っ黒になった紙鉄砲のひとつを、前かけのポケットから、ひょいと引きぬいて見せた。
「うちにもどったら、これを
「あの世に、送ってやるってこと?」
「ああそうだ。悲しみもね、いつかはちゃんと死なせてやらないと、いけないんだよ」
黙って聞いていた湯葉先生が、うんうん、と、うなずいた。
「僕ね、わかいころ、
「そうだったんだ……」
「本当は、僕が、もうちょっとしっかり狩れたら、ヒルミ村の管轄を、まかせてもらえるんだけどね、やっぱり、
「あんたは教職に集中しなさい。いい先生なんだから」
ばあちゃんに、そう言われて、
「
家にもどってから、
先生が、野菜を、きざむのを見ていたら、ばあちゃんに、「カイト」と呼ばれた。
「お前、先に家の裏の洗い場で、ミズルチのしっぽを流してきておやり。あの黒く染まった
そう言われて、裏手に回った。
――だから、洗い場のすぐそばが台所で、その近くの、窓が開いていたのは、完全な、ばあちゃんの確認ミスだった。ほんとは、ばあちゃんは、カイトに話を聞かれないよう、わざと庭へ追いやったのだろう。湯葉先生と、ないしょの話をするために。
「子どもを喪うのは辛いことです。僕だって、ユミさんが帰れない気もちは、よくわかる」
そう湯葉先生の声が聞こえて、カイトは蛇口をひねりかけていた手を、はっと止めた。
「特にカイトさんは、この八年でツナグ君そっくりに育った。会えば辛くなるでしょう」
カイトの心が、ぐんっと氷のように硬く、そして一気に冷える。ミズルチが心配そうに見あげてきたので、あわてて首をふった。ミズルチの口に人さし指をあて、だまってて、とうなずいて見せる。本当は、今にも泣きだしそうな気もちだった。
続いて聞こえたのは、ばあちゃんの、ため息と、こんな言葉だった。
「カイトは、最近、鏡をさけるか、反対に、じっと見ていることが増えたんだ」
ああ、やっぱり、ばあちゃんは、気づいてたんだな……。
***
しばらくしてから、家のなかにもどり、なにもなかったような顔で、みんなでお昼ごはんを食べた。そのあと、ばあちゃんは、
留守番を、いいつけられたカイトとミズルチは、ふたりで居間のテレビを、ぼおっと見てすごした。背中も、まだ痛かったし、ミズルチを、あぐらをかいた、ひざの上に抱っこして、泣きたい気もちを、ごまかしていた。
その時だった。テレビモニターの上に、白い緊急速報の文字が流れたのは。
――
「え?」
あわてて、前のめりになったカイトのうでのなかから、それより早く、ミズルチが画面にむけて飛びだした。どかん! とテレビにぶつかり、上にのっていた、こけしが落ちる。
「これ、母さんのとこのだよな……〈
「ぴいいいいい!」
ばさりと、翼を広げて、ミズルチが飛びあがる。その場で、ぐるぐるしてから、居間の壁に、はってある、あいうえお表にむけて、しっぽを、バシバシと、たたきつけた。ぎらりと、三枚の黒い
〈 こ せ ん そ た い し か え し て 〉
「ご先祖、大事、返して、だな?」
「ぴいっ」と、ミズルチはうなずく。カイトの目に、強い力が、もどりはじめていた。
「取りもどさなきゃ、だよな?」
そう、言葉で確認すると、ミズルチは「ぴにゃっ!」と、力強く羽ばたいた。
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