12.こ せ ん そ た い し か え し て

 

     ***


 湯葉先生は、役場に電話をかけ、かすがいさんをほこらさままで、むかえに来てもらった。


「ありがとうございます。それでは」


 そういって、役場の人たちはかすがいさんを、かついで立ちさっていった。それを見おくってから、カイトたちも、ミガクレ山をおりた。湯葉先生が、ばあちゃんをおぶい、カイトがミズルチをおんぶして。とちゅうで、スカイアップボードを回収するのも忘れずに。


 坂道をくだりつつ、ばあちゃんは、湯葉先生の背中から、説明してくれた。


「あたしの、結婚前の職業はね、すみりだったんだよ」

「すみがり? それが、さっきの黒いもやもやを、退治する人の呼び名なの?」

「ああそうだ。昔は連合政府つきだったんだよ。今は県づきで補助をやっている」


 そう言ってから、ばあちゃんは、湯葉先生の背中で「ふぅ」と、ため息をついた。


「怨墨は、なくならないもんなんだ。人のなかから、苦しみや悲しみが生まれるかぎり、必ず湧いてくる。それを、白紙で作った紙鉄砲で音ならしをして、吸いこみ、閉じこめる」


 言いながら、ばあちゃんは、使ってなかが真っ黒になった紙鉄砲のひとつを、前かけのポケットから、ひょいと引きぬいて見せた。


「うちにもどったら、これを燐寸マッチの火で焼いて完全に浄化させる。彼岸へ送ってやるんだ」

「あの世に、送ってやるってこと?」

「ああそうだ。悲しみもね、いつかはちゃんと死なせてやらないと、いけないんだよ」


 黙って聞いていた湯葉先生が、うんうん、と、うなずいた。


「僕ね、わかいころ、えんぼくに憑かれてしまったことがあってね、くれ先生に助けてもらったんだよ。先生、かっこよくてねぇ。それで、弟子入りさせてもらったの」

「そうだったんだ……」

「本当は、僕が、もうちょっとしっかり狩れたら、ヒルミ村の管轄を、まかせてもらえるんだけどね、やっぱり、すみりのうででは、先生に敵わなくて」

「あんたは教職に集中しなさい。いい先生なんだから」


 ばあちゃんに、そう言われて、湯葉ゆば先生は、なんだかうれしそうに笑った。それから、ばあちゃんは、少しだけ口元をまげて、こうつぶやいた。


えんぼくすみりはね、永遠の、イタチごっこなのさ」


 家にもどってから、湯葉ゆば先生はてきぱきと、ばあちゃんのひざと、カイトの背中にしっぷを貼ってくれた。それから、ばあちゃんに代わって台所にたって、お昼ごはんまで作ってくれた。あまりに手なれているので、カイトがびっくりしていると、湯葉ゆば先生は、「僕ね、弟子時代に、ここで下宿させてもらってたの。大昔だよ」と、にっこり笑った。真っ白な、フリルのついたエプロンが、ぜんぜん湯葉先生には、にあってなかった。


 先生が、野菜を、きざむのを見ていたら、ばあちゃんに、「カイト」と呼ばれた。


「お前、先に家の裏の洗い場で、ミズルチのしっぽを流してきておやり。あの黒く染まったうろこの部分は、墨と同じで、さわると色うつりする。ただの墨ならいいが、あれはえんぼくだからまずい。ゴム手ぶくろをはめて、白いせっけんを使うんだよ」


 そう言われて、裏手に回った。


 ――だから、洗い場のすぐそばが台所で、その近くの、窓が開いていたのは、完全な、ばあちゃんの確認ミスだった。ほんとは、ばあちゃんは、カイトに話を聞かれないよう、わざと庭へ追いやったのだろう。湯葉先生と、ないしょの話をするために。


「子どもを喪うのは辛いことです。僕だって、ユミさんが帰れない気もちは、よくわかる」


 そう湯葉先生の声が聞こえて、カイトは蛇口をひねりかけていた手を、はっと止めた。


「特にカイトさんは、この八年でツナグ君そっくりに育った。会えば辛くなるでしょう」


 カイトの心が、ぐんっと氷のように硬く、そして一気に冷える。ミズルチが心配そうに見あげてきたので、あわてて首をふった。ミズルチの口に人さし指をあて、だまってて、とうなずいて見せる。本当は、今にも泣きだしそうな気もちだった。


 続いて聞こえたのは、ばあちゃんの、ため息と、こんな言葉だった。


「カイトは、最近、鏡をさけるか、反対に、じっと見ていることが増えたんだ」


 ああ、やっぱり、ばあちゃんは、気づいてたんだな……。


      ***


 しばらくしてから、家のなかにもどり、なにもなかったような顔で、みんなでお昼ごはんを食べた。そのあと、ばあちゃんは、えんぼくの出現について、役場に報告をしにいくからと、湯葉ゆば先生の赤い車にのって、ふたりで出かけていった。正直にいうと、ほっとしていた。今は、ふたりの前で、平気な顔をしていられる自信が、なかった。


 留守番を、いいつけられたカイトとミズルチは、ふたりで居間のテレビを、ぼおっと見てすごした。背中も、まだ痛かったし、ミズルチを、あぐらをかいた、ひざの上に抱っこして、泣きたい気もちを、ごまかしていた。


 その時だった。テレビモニターの上に、白い緊急速報の文字が流れたのは。



 ――竜骨りゅうこつの化石、盗難事件発生。



「え?」


 あわてて、前のめりになったカイトのうでのなかから、それより早く、ミズルチが画面にむけて飛びだした。どかん! とテレビにぶつかり、上にのっていた、こけしが落ちる。


「これ、母さんのとこのだよな……〈竜骨りゅうこつの化石〉って、あの竜骨以外に、ないよな?」

「ぴいいいいい!」


 ばさりと、翼を広げて、ミズルチが飛びあがる。その場で、ぐるぐるしてから、居間の壁に、はってある、あいうえお表にむけて、しっぽを、バシバシと、たたきつけた。ぎらりと、三枚の黒いうろこが、強くひかる。


〈 こ せ ん そ た い し か え し て 〉


「ご先祖、大事、返して、だな?」


「ぴいっ」と、ミズルチはうなずく。カイトの目に、強い力が、もどりはじめていた。


「取りもどさなきゃ、だよな?」


 そう、言葉で確認すると、ミズルチは「ぴにゃっ!」と、力強く羽ばたいた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る