5.ひとりに、なりたくない。

     ***


 その夜、カイトは、イトミミズの子をいれた金魚鉢を、自分のベッドの枕もとにおいた。うつぶせになって、そのようすをながめて、うとうとしながら考えた。


 あのあと、ばあちゃんと、ごはんを食べながら、イトミミズの子をカイトが見つめていると、ばあちゃんは、少しだけ困ったような顔をして笑った。


「あんまり見つめて、情がうつりすぎたら、いけないよ」

「どういうこと?」


 眉をしかめながら、カイトはソーセージを一本、いっきに、ほおばった。


「この子が本当に〈出世しゅっせミミズぞく〉の迷子なら、早く親御さんを、お探しして、返してやらねば、ならんからね」

「わかってるよ、そんなこと」


 ばあちゃんに、言われなくても、そんなことは最初からわかっている。だけど、この子の魂の〈音〉は、とてもきれいで、「読み」続けていたら、ずっとどこか、ギスギスしていた自分の心が、ふわっと、やわらかくなったような、そんな気がしたのだ。だから、いつか別れなくてはいけないと、あらためて言われたのが、いやだった。


 目の前で、「る」の形みたいになって、じっとしているイトミミズの子を見つめていたら、昼間に、ばあちゃんから教えてもらった「ミズチ」のお話を思いだした。そうだ、名前をつけてやらなきゃ。


「る、みたいな、ねぞうだから、じゃあ、お前の名前は、ミズルチ、な……」


 いつのまにか、うつぶせのまま、カイトは、すやすやと眠りに落ちていた。



 ――カイトの胸のなか、心の奥深くに、ぼんやりとした、黒いかたまりがある。

 その、ゆらゆらと、ゆれて、集まったり、ほぐれたりしていた、禍々しいすみのようなものは、ふわっと、浮かびあがると、カイトの背中から、あふれでた。するとそれは、すこぉしだけ開けられていた、窓のむこうに、するりと消えていった。


 兄ちゃん。どうして帰ってこないの。


 母さん。やっぱり、オレのせいだと思ってる? 父さんも、そうなんでしょ?


 いやだ。もう、なにも失くしたくない。


 ひとりに、なりたくない。



 眠るカイトの目から、ひとつぶの涙が、こぼれ落ちていた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る