第13話

「うわぁ、めっちゃちっちゃいべさ」


 生後3ヶ月の末の妹と初のご対面だ。王様と同じ金髪で深い緑の目をして、ほっぺがめちゃぷにぷにしている。俺が抱いても泣かないのは、まだ人見知り発動前なのだろうか。


「輝、あんた、赤ちゃんの抱き方上手いべさ」

「姪っ子が生まれた時から育児の手伝いとかしてたからだべ」

「昇の子?」

「うん、杏という字を書いて『あん』ってんだ。女の子」

「へぇ、会ってみたかったなぁ」

「イリスも杏もどっちもめっちゃかわいいし。年の離れた妹って甘やかしそうでやべえな」


 この世界では、赤ちゃんを家族以外に会わせるのは首が据わってからという慣習みたいなものがあるらしく、俺は兄ではあるが妹は王族ということで周りに配慮した結果、初対面が今になったというわけだ。


「ん~、ほっぺスリスリしてぇ」なんて思っていると、


"コンコンコン"


「お兄ちゃんがイリスに会いに来たと聞いて、来てしまいました」

「兄さん、僕達も一緒にいて良いでしょうか」

「もちろん!初の兄弟勢揃いだな」


 母さんと日本語での会話はここまでだ。フロリアとセリウスが部屋に入ってきてソファに座る。


「母さんが公務中の時やフロリア達の魔法練習に付き合っている時って、イリスはどうしているんだ?」

「基本的には乳母にお願いしているわね。昔からの風習だと王族の場合、乳母に任せっぱなしにするとのことだったけれど、任せっぱなしは嫌だったからラディに頼んで公務の時間以外は基本的に私が育てられるようにしてくれたから、思ったより一緒にいられる時間は長いわよ」

「姉上や僕が生まれた時も、優先して子育てができるように父上が動いていたそうです」

「母さん、そのうちこの国の法律まで変えそうだな」

「お母様は既に法律をいくつも変えていますよ」

「やっぱり……」


 どんな法律を変えたのか知らないけど、余所(異世界)から来た者が、そんなポンポン法律を変えてしまって大丈夫なのだろうか?


「父上がよりよい国作りを目指す上で、悪しき風習や法律はどんどん変えていくべきという考え方でいらっしゃいますので、母上や日本からの転移者達の意見を積極的に取り入れているのです」

「へぇ…そういえば、日本からの転移者って今何人ぐらいいるんだ?」

「この国への転移者は輝を入れて11人ね。私以外は一番若くても50歳以上なのよ」


 思ったよりもいるんだな。まぁ、まとめて転移したんじゃないんだろうけど。


「日本人同士の交流とかはあるのか?」

「えぇ、近場の人は普通にお茶会などで会えるし、地方住まいの人に会いたい時は、ラディの光魔法で連れて行ってもらうのよ」

「私も早く瞬間移動の光魔法が使えるようになりたいわ」

「瞬間移動の光魔法があるのか、便利そうだな」


 母さんが王様の瞬間移動の魔法を好き勝手に使っていないか、少し心配になった。


「一度行ったことがある場所であればどこへでも行けるから、急ぎたい時などは本当に便利よ。でも光魔法は王族の血筋にしか受け継がれないので、危険な場所へ行かなければならないこともあるわ」

「危険な場所?」

「えぇ、それもそのうち教えていくわね」


 と言いながら、母さんは俺が抱いているイリスのほっぺを軽くつつく。母親でもつっつきたくなるんだな。


「そうそう、輝の水魔法がだいぶ上達したから、お願いしたいことがあるのだけれど」

「俺でできることならやるけど?」

「ありがとう。実はね、日本からの転移者の中に株分けしたバナナの茎を友人宅へ持って行こうとした時に転移してしまった人がいてバナナの株があるのだけれど、この国の南の方にある温帯地域は乾燥していてバナナが全然実らないのよ。しかもその地方は水が貴重だから最低限の水しかあげられなくて…」


 株分けしたバナナの茎を持っていたタイミングで異世界転移ってちょっと面白いって思ったけど、そういえば俺も種もみを背負ってたんだった。


「その人……貴史さんは日本の南の島で数種類のバナナを育てていたからノウハウはあっても、水不足はどうしようもないみたいで、この国の温帯地域で枯らさないように何とか株分けしていたのだけれど、全滅するのが怖いからとこっちでも株分けした茎をもらって温室で育てているのよ。実は全くできないけれど、少しずつ株は増えている状況ではあるわ」

「その地域に水魔法使える人はいないのか?」

「あの地域で水魔法が使えるってわかると、周りにそういう認識がなくてもついつい酷使してしまうらしく、水魔法の使い手はそれが嫌で別の地域に引っ越してしまうのよ」


 うわぁ……漫画でも仕事が出来る人に業務が偏って辞めてしまうパターンのやつ、よく見るもんなぁ。そういうのってどこにでもあるんだ……


「それではずっと水不足は解消されないままになりますよね?国は何か対策を考えているのでしょうか?」

「魔法石で少しでも改善できるようになりませんか?」

「確かに、俺なら役に立ちそうだけど、さすがにこき使われるのは嫌だなぁ……」


 フロリアもセリウスもちゃんと国のことを考えているんだな。でも俺は、自分を犠牲にしてまで助けたいっていう気にはなれない。


「私も息子をそんな目に遭わせるつもりはないわ。でも、転移してきた日本人って無駄に魔力が多いから、火山地方で拾える上位魔法石に水を撒く魔法を付与することで、少しは緩和されるのではって思っているの」

「火山地方の上位魔法石って、小さくても普通の魔力石の何倍も魔力が込められるという貴重な石ですよね。それを集めるのがまず大変なのではないでしょうか?」


 へぇ、そんな魔法石もあるのか。


「確かに兄上でしたら、魔法の練習を重ねているうちに魔力量がどんどん増えているようですし、上位魔法石への魔法付与も問題なさそうですね」

「そう、上位魔法石は魔力が多くないと魔法を付与できないという欠点がありますので、魔法が付与された上位魔法石はとんでもない金額で取引されるほど、皆が欲しがるモノなのです」

「上級魔法石自体はラディに頼んで火山地方に瞬間移動してもらえればいくらでも取れるから、問題は水魔法が使えて魔力が有り余っている人がいないってことだったのよ。今いる日本人の転移者の中にも水魔法使いは一人もいなかったし、本当に輝は私達にとって救世主だったのよ」


 そんなに期待されても困るけど、とりあえず母さんが考えている通りにやってみようとは思う。それにしても危険そうな火山地方に王様を行かせるとか、本当に大丈夫か?

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