第9話

「それでは、今日から輝が住むことになる家に案内するわね」


 魔法の練習が終わった後、俺が今日から住むことになる家へこのままみんなで行くことになった。服装もそのままだ。空気のような護衛騎士4人もそのまま付いてきている。


「僕、あの家に行くのは久しぶりです」

「私もよ。少し変わっていますが落ち着く場所ですよね」


 セリウスとフロリアが楽しそうに話している。へぇ、どんな風に変わってるんだろ?あのお城以上の驚きがあるような家だと、俺にとっては住みにくく感じるかもしれないからちょっとやだなぁなんて考えていた。


 お城の敷地内の家ということで、それほど遠くないというイメージだったが、城壁沿いに近い、敷地の端っこの方にその家は建っていた。家って言っても、お屋敷のようにでかい…俺、ここに一人暮らしするのか?

 家のすぐ近くには温室のようなガラス張りの建物や畑などがあり、少し離れたところにあるお城と景観が合わないのが、違和感あるけど面白い。これはスマホで写真を撮っておきたい。

 そして家の外観は2階建てで洋風のお屋敷なのに、何故か縁側っぽい場所がある。


「早速中に入りましょう。今、家の鍵を開けるわね」


 と言って、母さんが家の鍵を取り出して解錠しドアを開けると、日本の家の玄関のように『たたき』があった。靴箱もある。


「ここで靴やブーツを脱いで上がってね」


 母さんが俺に向かって言うけれど、昨日までそういう生活だったことに気付いていないのだろうか?でも、正直、これはとてもありがたい。やっぱり家の中は靴下か素足で歩きたい。これで畳の部屋があったら完璧だろうが、靴を脱いだ生活ができるだけでもかなり違うと思う。4人の護衛騎士は家の外で待機らしい。


「お邪魔します」

「あなた、今日からここに住むのに(笑)」

「そっか。じゃあ、『ただいま』」

「おかえりなさい」


 母さんが俺の目を見て微笑みながら優しい声で言ったものだから、母さんとのことなんて全然覚えていないのに、少し泣きそうになってしまった。


 1階にはキッチンとダイニングとリビング、収納庫や客間みたいな部屋があり、2階には未使用の部屋が2部屋と俺用に用意された部屋、元々母さんが使用していた部屋があるとのこと。


「私の部屋は今でも使っているので、そのままにしてもらえると嬉しいわ」

「あ、うん、俺の方が居候って感じだし、全然構わないよ」


 リラックスしたい時にこの部屋に来ていたりしていたのかな?


 まずはLDKのドアを開けると、現代日本っぽいキッチンとダイニングスペースがあって、リビングが無駄に広い。大人が楽々寝られそうなソファが2つとテーブルがある。この世界には一般的につかえる電気がないので、テレビなどの家電製品はないけれど、フロリアとセリウスは何度も来たことがあるのか、俺みたいにキョロキョロしていない。


 キッチンを見ると流しの水道が見覚えのある蛇口で、ひねったら普通に水が出た。


「普通に水が出るんだ」

「あぁ、それはね、電気を使わない圧力ポンプを使った方法で井戸から水を送っているのよ。この家は転移した日本人の技術力があちこちに使われているわ」

「へぇ、じゃあかなり住みやすくなっているんだ?」

「そうね。でも、まだ、使えるのはこの敷地や王族所有地内とごく一部の施設等のみで、一般的には普及していないものばかりなの。どこから普及させるかとか、材料やコストの問題とか口うるさい貴族に邪魔をされて……ね。やっと五月蠅い貴族を地方へ飛ばし終わったから、これから本格的にインフラ整備の一環として始めて行く予定よ」


 母さんもなかなか大変そうだ。農業ばかりやってるわけじゃなさそうだな。


「そうだわ、輝、みんなもこっちに来て」


 母さんがリビングの窓に向かって歩き出し、窓を開けて縁側に座った。俺達も並んで座る。


「もし、稲が手に入ったら、この目の前の敷地を田んぼにして、この縁側に座って黄金色の稲穂を眺めるのが夢だったの」


 母さんが目の前の田んぼ予定の敷地を切なそうな顔で見ている。ずっと待ってたんだろうな……


 じいちゃんちでも縁側から見えるように田んぼがあって、秋になると黄金色に染まった稲穂がとても綺麗で、じいちゃん、ばあちゃんもよく縁側に座って見てた。ううちはじゃがいもがメインの農家だけど、その黄金色の風景が見たくて稲作もやってるって言ってたな。


「母上、それはいつか見られるようになるのですか?」

「えぇ、きっと見られるようになるわ。輝のおかげでね」


 セリウスの問いに母さんがそう答えた。


「兄さんは母上の願いを叶えられるのですね、すごいです」


 なんて言われたが、俺はたまたま種もみを持っていた時に異世界転移してしまっただけだ。稲作のノウハウもまだまだ教わっている途中だったし、この世界での稲作が成功するのかどうかもわからない。母さんは、もう準備が整ってるって言ってたけど、種もみの量に限りがあって何度も失敗はできないから、今年は実験と観察で終わって、みんなが米を食べられるようになるのは数年先になるだろうな。


「私、お兄ちゃんのお部屋も見てみたいです」


 と、フロリアが立ち上がったので、2階にある俺の部屋もみんなで見ることになった。


「うわっ、広っ」


 じいちゃんちの俺の部屋の何倍だろう?思っていた以上に広い間取りの部屋で、思わず叫んでしまった。


「日本人は皆この広さにビックリするわね。でも、王族や貴族の自室はもっと広いわよ」

「広いと掃除が大変じゃないか」

「この家もお城同様に使用人が掃除をしてくれるから大丈夫よ」

「えっ!?使用人?い、いや他人に掃除してもらうぐらいなら自分でするよ」

「使用人はそれが仕事なのですから、逆に仕事を取り上げてはいけませんよ」


 そ、そういうものなのか……


 今日から俺が使う部屋はベッドやソファ、テーブルなどの他に、勉強机っぽい机や、既にたくさんの本が並んでいる本棚などがある。


「それから、夜の灯りはこれを使うといいわ」


 母さんがどら焼きぐらいの大きさの石を持つと、その石が光り出した。


「この石には光魔法が込められていて、魔力を流すと光るのよ」

「へぇ~。でも、俺も使えるのか?」

「今までの転移者は皆魔法が使えたので大丈夫よ!私が輝に魔力を流してみるからそれを感じてから、この光魔法石に同じように魔力を流してみて」


 と言って、母さんは俺の手を握って目を閉じた。母さんの手から何か温かいものが流れてくる感じがする。これが魔力なのか?


「ん~、何となくわかったような気がする」

「じゃあ、早速この石を持って試してみて」


 俺は光魔法石を持って、まず自分の体に流れる温かいものを感じ、それを手から石に流し込むようイメージして見たところ、石が光り出した。


「魔力を流す練習にもなるから、少しずつ練習していくといいわ」

「ちなみに火魔法の灯りはこんな感じですわ」


 フロリアが石を取り出して魔力を込めると、石はオレンジ色に光り出した。光魔法だと白っぽくて火魔法だとオレンジっぽく光るのか。


「わかった、ありがとう。ところで、この灯りは王族しか用意出来ないのでは?」

「あら、よくわかったわね。普通は火魔法を魔法石に込めるんだけど、光魔法の方が明るいから、ラディに頼んで用意してもらったの」


 ……母さん、王様の無駄遣いは止めてくれ。俺は両手で顔を覆いたくなった。



◇◇◇


「そろそろ昼食の時間ね。いつも昼食はマナー練習をしながら食べていますが、今日はここでマナーなどは気にせず食べましょう」


"チリンチリーン"


 鈴のような音が鳴り、母さんが玄関を開けると、バスケットを持ったおばさんが立っていた。


「あら、ちょうど良かったわ。ありがとう、いただくわね」


 と言って、母さんはバスケットを受け取り、ダイニングテーブルの上に置いた。


「厨房にサンドイッチを作るよう頼んでおいたのよ」

「あ、そういうのも食べるんだ」

「ん~、以前は王族が軽食っぽいものを口にすることはなかったけれど、私がその習慣を変えました!」


 ……王様、母さんの言いなりになっていない?大丈夫?


「お城の厨房で作ったものをそのままここまで持ってきてもらったから、毒味などは大丈夫よ。誰かを中継したりとか、厨房以外で作られたものは必ず確認しますが」


 と、母さんはあっけらかんと言ったけど、現実にそういうことがあるのだと思ったら、少し怖くなった。そんなことを考えている俺の横で、3人は「いただきます!」と言って、サンドイッチを食べ始めた。俺、この世界でやっていけるのか…?


「お兄ちゃん、サンドイッチ食べませんか?」


 フロリアがニコニコしながら俺にサンドイッチを渡してきたので、覚悟を決めて俺も食べ始めた。…あ、おいしい。ハムサンドやタマゴサンド、ツナっぽいサンド?など、どれもおいしかった。もしかして、母さんは味の監修もしているのだろうか?



◇◇◇


「午後は輝の魔法測定をしましょう」

「おっ、待ってました!!」

「やっぱ魔法が使えるってわかるとテンション上がるよね。初めて風魔法を使った時、私マジ格好いいって思ったもん!」


 母さんが、そこだけ日本語で言ってきた。


 俺達は家を出て、城内の医務室とやらに向かった。


「魔力量や使用できる魔法の属性など、医務室が管理している測定記録用紙に記載する必要があるので、医務室で魔法測定を行っているの」とのこと。


 俺達は医務室の中に入り、室内の人にあいさつをしていく。


「異世界転移者ですか。その割には随分と若いですね」

「えぇ、日本に残してきていた私の息子ですの。15歳なのでまだ成人前です。ただ、私の息子であることは、口外はしないでくださいね」

「しょ、承知いたしました」


 母さんが少し不気味な笑顔で言うと、言われた男性は口の端を引きつらせていた。以前、何かあったのだろうか?


 初めて俺の個人情報を記録するということで、名前や生年月日などを記載すると、身長・体重も測っていった。へぇ、目の色や髪の色まで記録するんだな。


「医務室長、今日は輝の魔法測定もしてほしいのですが、今からでも出来ますか?」

「はい、勿論でございます」


 医務室長らしき人が奥の部屋から何かしらの器具?を持ってきた。どうやらあれが測定器らしい。


「魔力の流し方から説明した方がよろしいでしょうか?」

「あ、先程王妃様に教えていただきましたので、多分大丈夫です」


 他人がいるところでは母さんのこと、王妃様と呼んだ方がいいよな。


 俺は医務室長の説明通り、測定器の手の絵が描かれた部分に右手を置き、体内で魔力が循環していることをイメージしながら、右手から測定器に向かって流してみた。


「ほぉ…若いからか現時点での魔力は今までの日本人の中では少ない方ですが、これから伸びそうですね。そして、魔法の属性は…水と聖です」

「えっ!?水???」

「はい、この結果の通り、水魔法と聖魔法に適性があります」

「私と同じ風属性と思っていたのに、水だったなんて…」


 母さん、自分と同じ属性じゃなかったことにショックを受けているのか?と思っていたら、


「輝!!あんた、すごい。マジすごい!!水魔法だーーーっ!!」


 と日本語で叫びながら俺の手を取って、くるくる回り始めた母さん。こんな姿を家族以外に見せていいのか?と思いつつも、俺もくるくると回っていた。

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