第8話

 翌朝、俺は王女と王子の魔法練習の見学をすることになった。後で俺の魔力測定もしてくれるらしい。俺が保有している魔法の属性や魔力量などがわかるらしい。しかも転移者は元々魔力が多いのでいろいろと期待していいとのことだ。いろいろって何だ?


 魔法って誰でも一度は憧れると思うんだけど、この世界には当たり前のようにあるらしくて、どんなことができるのか考えるだけでワクワクする。元の世界には帰れない可能性の方が高いってわかった時、悲観的になりそうだったけれど、10年以上ぶりに母さんに会えたし、こっちで楽しく生きていくと決めたからには、どんなことにも積極的に取り組んでいこうと思う。


 母さんが用意した服に着替え、顔を洗って歯を磨く。ゲストルームだからなのか、洗面所などもあって不自由はしなかった。それにしても、長袖のTシャツにでかでかと『米』って書いてあるのはセンスがなさ過ぎる・・・洗面所の鏡に映った自分の姿を見て、日本語Tシャツを着て喜んでいる外国人旅行者を思い出したら少し悲しくなった。

 こっちの人は、こんなTシャツを着て城内をうろうろしているヤツを見ても何も感じないのだろうか。


"コンコンコン"


「輝、起きてますか?」


 母さんが呼びに来たっぽい。俺がドアを開けると、大きな円の中に漢字で『魔』と書かれたTシャツを着ている母さんと・・・・・・三角帽子を被って紫と黒を基調とした魔女っぽい服装のフロリア、某魔法使いの映画で丸眼鏡をかけた主人公が着ていたようなローブを着たセリウスが立っている(一応、護衛騎士もいる)。この王妃様、王女様と王子様にコスプレさせてるのかよ・・・きっと本人達はコスプレだということに気付いていないだろうが、この国の王族の威厳が保たれているのか不安になった。それにしてもこの衣装はよく出来ている。


「「おはようございます!」」

「お・・・おはようございます」


 俺の顔を見ながらあいさつをする二人の笑顔が眩しすぎる。どうかどうか真っ直ぐに育ってほしい。


「では、行きましょうか」

「よろしくお願いします」


 俺は母さん達の後を付いて城の外に出て歩いていくと、訓練場みたいな場所に着いた。高い塀に囲まれていて、的があったり、重そうな石が並んでいたり、ところどころに出っ張った石が付いている壁があったりと、筋力トレーニングなども出来そうだと思っていたら、お城勤めの騎士達の訓練所として使われている場所を、早朝は魔法の練習に使わせてもらっているとのことだった。


「まずはラジオ体操からね」

「「はいっ」」


 そう言った母さんが、何かをポーチから出して燭台のような形の上に置くと、元の世界で毎日聞いていたあのラジオ体操の音楽が流れてくる。フロリアが帽子を取ってベンチに置き、3人とも息を合わせるようにラジオ体操を始めた。いろいろとツッコミどころが多いが、とりあえず俺も3人と一緒にラジオ体操を始める。


「すごーい、お兄ちゃん、ラジオ体操を完璧に修得しているわ」


 ほとんどの日本人がラジオ体操をマスターしてるから、褒められると何か恥ずかしいが、リズムに乗ってしっかり動けば筋肉や関節のストレッチにもなるし、農作業の前には必ずじいちゃん達と一緒にラジオ体操をしていたから、体にも染みついているんだよな。


「3分でこんなに体が温まって、充分運動した気分になれて、気持ちいいわぁ~。では、始めましょうか」

「「はい、よろしくお願いします!」」


 しっかり体がほぐれたところで、魔法の練習を開始するらしい。母さんは数ヶ月前に出産したばかりで、最近やっと運動等をしても良いと許可が出たとのこと。だからやたら張り切っているのだが、できれば徐々にギアを上げてほしいところだ。


 そしてフロリアはまた三角帽子を被り直した。


「私達は3人とも風魔法が使えるから、今日は風属性の生活魔法の練習よ」

「生活魔法?」

「この世界では、日々の生活に役立つ魔法のことを生活魔法、攻撃魔法や防御魔法、回復魔法などの生活魔法以外を通常魔法と呼んでいるの」

「へぇ~」

「まずは訓練所全体の掃除ね。風魔法を使ってホコリやゴミを一箇所に集めるの」


 3人が風魔法を操って?ゴミを特定の一箇所に集めている。セリウスはまだ上手くできないのか慎重にゴミを集めているが、母さんとフロリアは手慣れた感じでさーーーっとゴミが一箇所に動いていく。なるほど、魔法の練習と言いつつ、この訓練所の掃除も兼ねているのか。


「ゴミが全部集まったようね。じゃあ、セリウス、ゴミ箱の中にゴミを入れてちょうだい」

「はい、母上」


 集めたゴミを散らばらないように風魔法で持ち上げて、ゴミ箱の中に捨てるらしい。これは結構制御が難しそうだ。セリウスの集中力が凄い。風でまとめたゴミをそのまま風の力で持ち上げてゴミ箱の中へ入れる・・・


「ふぅ~」

「セリウス、よくできましたね!」

「母上、ありがとうございます」


 母さんに頭を撫でられてセリウスは凄く嬉しそうだ。しっかりしてるように見えるけど、まだ8歳だもんな。


「初歩的な魔法を制御できてこそ、強力な魔法も自由自在に操れるようになりますからね」


 へぇ、そういうものなんだ。

 それにしてもフロリアとセリウスが風魔法を使うと、ローブやマントがひらひら舞ってすごく格好良く見える。顔がいいからなのか似合ってるんだよなぁ。母さんは・・・折角見目がいいのにTシャツのせいでとてもダサく見える。なんだよ、○の中に魔って。母さんも魔法使いの衣装を着ればきっと格好いいのに・・・


「次は紙飛行機便ね。便せんにラディ宛のお手紙を書いて、それを紙飛行機にして飛ばして無事に届いたら、ラディが内容を読んで返事を書いて送ってくれるのよ」

「それも風魔法なんだ?」

「そうよ。風の力で紙飛行機を飛ばすの。練習次第で飛距離を伸ばしたりより速く飛ばせるようにもなるわ。但し、感じ取ったことのある魔力の主宛にしか飛ばせないから会ったことがない人宛には飛ばせないし、雨や雪の日には飛ばせないので使える場面は少ないですけどね」

「それでも、届けたい相手に手紙を自分で送れるのはすごいな」

「魔法、使ってみたくなったでしょ?」


 母さんが俺に向かってニヤリと笑う。


「正直言って、早く使ってみたい」

「ふふっ、魔力測定を楽しみにしているといいわ」


 そして3人が各々王様宛に手紙を書いて紙飛行機を作り風魔法で飛ばすと、王様からの返信だと思われる光の球が母さんの元に届き、母さんがその球に触れるとパンッと弾けて空中に文字が浮かび上がった。内容は・・・恥ずかしくて言いたくない。どれだけラブラブなんだよ。


「これは、王族の男系の血筋の者だけが持っている光魔法を使った、光信という手紙みたいなものなの。私は使えないけれど、フロリアとセリウスも練習次第で使えるようになるわ」


 光魔法は王族だけが使えるのか・・・魔法についてもっと詳しく知りたくなった。


 そして、フロリアの元にも光信が届き、少し時間が空いてからセリウスにも届いた。王様は手紙が届いた順に返信したんだろう、二人とも王様からの返信の内容に喜んでいる。昨日の食事の時にも感じたけど、いい父親なんだろうな。


 その後は、セリウスと一緒に母さんとフロリアが風属性の防御魔法の練習するのを見学して魔法の練習時間は終了となり、俺達と入れ替わりで訓練に訪れた騎士達がゾロゾロと訓練場に入ってきた。お互い気楽にあいさつを交わすほど気さくな関係なようだけど、王族一家の服装を見て騎士達のモチベーションが下がらないことだけを祈るのだった。

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