第7話

「ラディに相談したいこともできたから、そろそろ戻るね。夕食どうするかも確認してみるわ。あと、このリュックは一旦アイテムボックスにしまっておいていいかい?」

「あ、うん、わかった。色々とありがとう」


 俺は部屋の扉の前で母さんを見送り、ベッドに寝転がった。すごいフカフカだ、これは寝心地も良さそう。


「靴脱いだ生活したいなぁ・・・何で異世界って中世ヨーロッパみたいな感じなんだろう」


 日本みたいな生活様式だったら、もっと過ごしやすいのに・・・

 何だか眠くなってきたので、俺は靴を脱いで布団の中に潜り込むと、すぐに眠ってしまった。


◇◇◇


 どのぐらい時間が経ったのだろう、コンコンコンと扉をノックする音が聞こえてきて、俺は目が覚めた。ベッドから降りて靴を履き扉を開けると、ノルベールさんが立っていた。


「もうすぐ夕食の時間だが、陛下が君との食事を希望している。問題はないか?」

「・・・もしかして、王族の皆さんと一緒に食事だったりしますか?」

「おそらくそうなるだろう」

「う・・・断ることもできるのでしょうか?」

「強制ではないが、断れる雰囲気ではないだろう」

「そうですか・・・」


 俺はノルベールさんに案内されるまま着いていくと、食堂らしき場所には既に王様や母さん、そしてその子供と思われる王子様?と王女様?が席に着いていた。しかも母さんもちゃんとした服装に着替えている。俺、この格好で大丈夫か・・・?


「輝、そこに立っていないで早く座りなさい」


 すました顔の母さん・・・じゃない、この場では王妃様か・・・に言われ、空いている席に向かうと執事みたいな格好をした人が椅子を引いてくれる。すごいな、こんなことされたの初めてだ。


 俺が座ったところで王様が話し始めた。


「ヒカリ、楽にしてかまわない。夕食は家族団らんの時間だ。お前は我の子ではないため王族ではないが凜の子だ、家族同然として受け入れることにした」


 と言われたものの、何て返事をすればいいのかわからない。俺は泳ぎそうになった目を母さんの方に向けて、助けを求めてみた。


「私のことは母で問題ないですし、そこにいる息子と娘のことも弟妹として仲良くしてあげてほしいわ」


 ・・・助けになってない。


 確か、こういう場合って、目下から先に名乗るべきだよなと思い、自己紹介をしようと立ち上がると


「座ったままで良い」


と言われてしまった。早速失敗してしまったようだ・・・


「俺の名前は吉原輝と言います。王妃様と同じ日本からの転移者です。よろしくお願いします」

「私の名前はフロリアです。兄ができて嬉しいです」

「僕はセリウスです」


 二人とも整った顔で俺にキラキラスマイルを向けてきた。こんな美男美女が俺の弟妹だなんてとても思えない。


「あの・・・お兄様とお呼びしてもよろしいでしょうか?」

「僕も兄上とお呼びしたいです!」


 フロリア王女様とセリウス王子様が俺に向かって言った。俺、王族じゃないし、様とか上とか付けられたくない。


「俺のこと、兄と呼んでくれるのは嬉しいんだけど、『お兄ちゃん』とか『おにい』とか『兄さん』とか『兄貴』って呼んでくれた方がうれしいし、俺に対して敬語は一切要らないです。むしろ俺が敬語を使う立場だと思うし・・・」

「そうなのですか。では、お兄ちゃんでいいですか?」

「僕は、兄さんと呼びますね」

「ありがとう、それでお願いしたい・・・です」


 とりあえず、様と上は回避できたけど、俺の言葉遣いが若干おかしい。誰か、俺に敬語の使い方を教えてくれ・・・いや、教えてください・・・



 そして手を合わせて「いただきます」と言うと、母さんたちも手を合わせて「いただきます」と言う。元々そういう習慣があったのか、母さんが広めたのかわからないけれど、何となくホッとした。


 テーブルの上にどんどん料理が置かれていくのだが、馴染みのある料理もある。母さんの心遣いだろうか、ばあちゃんがよく作ってくれるじゃがいものシチューもある。

 俺は皆の真似をしながら食べようと思ったが、三者三様、皆好きなように食べている。


「後は食事を摂りながら話をすると良い」


「今日はマナーとか何も気にしなくていいわ。私達も基本的に夕食の時間は自由にしているの。あ、本来は貴族のテーブルマナーがあるから、しっかり身につけるためにもお昼はマナー重視ですけどね」


 ここでも母さんの想いが優先されているのだろうか、この夕食の時間は温かい雰囲気に包まれている。


 俺はまずサラダを食べて、次にじゃがいものシチューに手を出した。・・・あっ、うちのじゃがいもの味だ、それにこの味、ばあちゃんのシチューの味と同じ・・・やべぇ、まじうめぇ。


 気がつくと、俺は涙を流しながらシチューを完食していた。何で涙が出てくるんだろう、何かを食べながら泣いたことなんて一度もないのに。


「シチューはおかわりもありますよ、まだ食べますか?」


 王妃様が俺のことを優しい目で見ながら聞いてきたけれど、俺はコクンと頷くことしかできなかった。

 そして執事らしき人が持ってきたおかわりのスープもあっという間に食べてしまった後、他の料理も食べないと失礼だよなと気がつき、テーブルに乗っていたこちらの世界の料理について説明を聞きながら食べていた。


「お母様、私、お兄ちゃんの話を聞きたいです」

「母上、僕も!」


 そろそろ食事の時間も終わりかなと感じた頃、王女様と王子様が王妃様に頼み始めた。そして王妃様が王様に目を配ると、


「この後は特に予定もない。四人で話すと良いだろう」

「お父様、ありがとうございます」

「陛下、ありがたく存じます」


 王様の一言でこの後の予定が決まった。王妃様という皮を被った母さん、結構やりたい放題やっているのかと思ったけれど、ちゃんと王様を立てていて安心した。



◇◇◇


 夕食後は談話室に案内され、四人でソファに座る。侍女らしき人がお茶とお菓子を用意してソファの前のテーブルに置かれた。毒味とかは必要ないのだろうか、と少し気になった。


「そういえば、フロリア王女様とセリウス王子様のことを何てお呼びすれば良いのか、聞くのを忘れていました」

「ぷっ、輝ってば、公式の場以外でこの子達に敬語を使わなくても大丈夫よ。普通に話して問題ないわ」

「はぁ~、それを聞いて安心した。敬語なんてろくにしゃべれないから、本当にどうしようかと困ってたんだよ」


 俺は大きく息を吐いた。


「私のことはフロリアと呼んでください」

「僕のこともセリウスで大丈夫です」


 呼び捨て希望なのか、一応問題ないのか確認しようと母さんに顔を向けると、優しく微笑みながらコクンと頷いたので問題ないと思うことにした。


「わかった、フロリアとセリウスな。これからよろしく!」


 俺は右手を出して、順番に二人と握手をした。


「これからお兄ちゃんはどこで暮らすのですか?」


 いや、俺もこれからのこと全く知らないんだけど。


「輝には、私が結婚する前に住んでいた家に住んでもらおうと思っているの。あそこならお城の敷地内だし、これから農業を手伝ってもらうのにもちょうどいいと思って」

「わぁ、あそこならいつでもお兄ちゃんに会えますね」

「早速明日案内するわね。大体のものは揃っているし、不自由はないはずよ」

「ありがとうございます。お世話になります」

「そんな他人行儀な言い方しなくて大丈夫よ」


 お城の中は何となく落ち着かなかったので、普通の家に住めるのならとてもありがたい。


「それから、この子達に日本語を教えてほしいの」

「えっ?日本語?」

「そう、特に文字の方ね。実は、日本から転移した人がいろんな文献を残してくれたのだけれど、そのほとんどが日本語で書かれているのよ。こっちの世界の文字は読めるし書けるけれど、日本語で書いた方が頭の整理をしながら書けるからなのか、重要な内容ほど日本語なの」

「いや、俺、高校行ってないから教養が足りないと思うんだけど」

「大丈夫、辞書もあるから(笑)」

「お兄ちゃんが日本語を教えてくれるのですか?私、ひらがなとカタカナは読めるようになりましたわ」

「僕は今、ひらがなの勉強中です。早くマンガが読めるようになりたいです」

「えっ、漫画もあるの?」

「えぇ、転移者が持っていた漫画本が何冊もあるのよ。ちょっと絵柄が古いけどね」


 漫画を読めるようになるぐらいだったら、俺でも教えられるかも?

 それにしても日本からの転移者は皆、こっちの世界の言葉が話せて文字も読めるチート能力があるのに、こっちの世界の人達にはそういう能力はないんだな。


 それから弟妹の質問攻めに遭い、母さんと二人で答えていたけれど、セリウスの体が船をこぎ始めた。


「さて、そろそろ二人とも寝る時間よ。明日は朝から魔法の特訓だから寝坊してはダメよ」

「はい、お母様」

「えっ、この世界って、魔法があるのか!?」

「あっ、魔法のこと、すっかり言うの忘れていたわ。そうそう、魔法があるのよ。日本からの転移者も使えるはずだから、測定しないとね」


 それ、一番最初に教えてくれよ。俺も魔法使えるのか!何かすごく楽しみになってきた。


 俺はこの世界に魔法が存在するのを知って、興奮してしばらく寝られなかった。気付いたら朝だったけど。

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