第5話

「20年ぶりのおにぎり、ほんっとうに美味かったよ。ありがとうな」


 俺達がおにぎりを食べ終えたのを見計らったようなタイミングで老人が言った。

 20年お米が食べられないと日本人ってこうなるのか…

 老人はおにぎりを2つも食べてとても満足げな顔をしている。どうせなら王妃様に丸ごと1個食べてほしかった。


「じゃ、また何かあったら呼んでくれ」


 と言って、老人は帰っていった。ええええええええ、それでいいのか???


「凜、ヒカリをしばらくゲストルームに泊めるから、今日は親子水入らずで過ごせ」

「ラディ、お氣遣いありがとうございます」


 ゲストルームにソファなどはあるのだろうか。いい加減、どこかに座りたくなってきた。


「輝、行きましょうか。私についてきてちょうだい」

「あ、はい」


 俺はリュックを背負って立ち上がり、王妃様の後をついて行く。俺達の前後には騎士?が2人ずついて、一緒に歩いている。王妃様付きの護衛騎士かもしれない、はぁすごいところに来ちゃったな…

 しばらく歩いていると目的の部屋に着いたらしく、室内に案内された。


「私は自室で着替えてからまた来ますね」

「わかりました」


 俺はリュックを床に置いて、とても座り心地の良さそうなソファに座った。そして、転移した時からのことを思い出してみる。

 まず、空から真っ白な光が降ってきて、気づいたらもうこの世界だったよな。あの真っ白な光に吸い込まれたのか飛ばされたのか、全く分からない。

 きっと、自転車はあっちの世界に残されたままなんだろう。じいちゃん、ばあちゃん、昇兄は心配するだろうな…母さんに続いて俺まで…あっちに戻れないとしても何かしらの連絡手段があればいいのに。

 それから騎士のノルベールさんが迎えに来て、馬車でお城まで連れて行ってもらったけど、この世界に自動車などのモーターサイクル類はないようだ。


「マジでマンガやアニメで見る異世界そのまんまなんだな…」


 お城に着いてからは王妃様が俺の母親だと名乗って、おにぎりを老人に食われて…ばあちゃんのおにぎりを2つも食われたことにまた腹が立ってきた。もし本当に元の世界に戻れないのなら、もうばあちゃんのご飯もじいちゃんが育てた野菜も食べられないんだな。。。

 あー、駄目だ駄目だ。怒りはポジティブなものを何も生まないっていつもばあちゃんが言ってたじゃないか。


 そのうち王妃様がこの部屋に来る。母さんが行方不明になってから12年も経つし、母親だと言われても、どんな口調で話したらいいのかと考えてしまう。でも、聞きたいことは山ほどあるし、礼儀作法はとりあえず置いといて、いろいろ聞いてスマホのメモに書いていこう。

 スマホの電波はもちろん圏外。でも、通信できなくても使えるアプリがいろいろ入っているので何かの役には立つと思う。モバイルバッテリーもあるし、リュックにくっつけたソーラーパネルもあるから壊れるまではそれなりに充電もできそうだ。備えあれば憂いなし、これもばあちゃんがいつも言ってたことわざだ。


"コンコンコン"


 ドアをノックする音がしたので、立ち上がって歩きドアを開けると、Tシャツとゆるーいパンツ姿の王妃様と騎士が二人いた。そういう格好、ありなんだ…?

 王妃様と騎士の一人が中に入ってきたけど、


「今日は中の護衛不要よ」

「はっ!」


 王妃様と二人きりになった。


「ソファに座りましょうか」


 この部屋にはソファが1つしかないので、隣に並んで座った。


「ここからは日本語で、敬語も不要。好きなように話していいわ」


 王妃様のお許しが出たので、言葉遣いとか一切氣にせず話すことにした。


「あれ?さっきまで話していた言葉は日本語じゃなかったのか。でも俺、なんで分かったんだろ?」

「異世界に連れてきたお詫びみたいなもん?かもね、私も分かんないけど。でも最初っから分かってた」

「すげぇな、異世界モノの設定そのままじゃん」

「そうだね(笑)」

「ところで輝、モバイルバッテリー持ってる?」


 えっ、最初の話題がそれ?


「あるけど、何するんだ?」

「持っていたバッテリーが壊れちゃってさ、スマホの充電ができなくなってたんだ。あんたに私が母親だって証拠を見せたいから、充電したくてさ。ケーブルはあるんだけど」


と言って、王妃様はスマホとケーブルを俺に見せた。


「Type-A か。いくつか持ってるから、そのケーブルに合うバッテリーの方、あげるよ」


 心配性のばあちゃんがいつの間にか俺のリュックにモバイルバッテリーなどを忍び込ませておくことがあって、そんなばあちゃんの行為を無下にすることができなくて、多分今4つぐらい入ってるんじゃないか?重いけど、いつもおつかいで持たされた野菜や種類の方が重かったし(笑)


「もし、バッテリーがヘタってたとしても、ケーブルを繋ぎっぱなしにして起動はできると思うし、バッテリーが空っぽになったらソーラーパネルで充電するしょ。まぁ、パネルが壊れるまでになるけど」

「うわっ、ほんとにうれしい!ありがとう!」


 王妃様は早速バッテリーとスマホをケーブルで繋いだ。一応、充電は開始されたみたいだ。


「少しでも充電されないと電源が入らないからちょっと待っててね。あ、そうそう私のことを呼ぶ時は、ママでも、お母さんでも、母上でも、お母様でも何でもいいわ」

「不敬にはならないのか?」

「大丈夫さ、そんなことを言うような人がいたらお仕置きするから!」

「へぇ、すごい権限持ってるんだな」

「ほほほ、王妃ですから!」


 口の横に手の甲を当てて「ほほほ」と笑う姿、あぁマンガの世界っぽい。


「あ、スマホが起動したわ。よかった、まだ使えそうで。一応アイテムボックスの中に入れていたけど、もう、1年も電源を入れてなくって」

「アイテムボックス?」

「こっちの世界には時間の概念がない入れ物?みたいなものがあって、そこに物を入れておくと『今』がずっと続くから、腐ったり劣化したりしないの」

「今がずっと続く?」

「私もそのように説明されただけなんだけど、その入れ物は時間の経過という概念がないらしくて、そのままの状態を保ち続けることが可能ってことみたい」


 よく分からないけど、スマホをそのアイテムボックスとやらにしまっていたら壊れないってことだよな。ある意味、元の世界よりすごいテクノロジーだ。


「この写真見て」


 王妃様はスマホに保存された写真を何枚か見せてくれた。そこには、少し若く見えるじいちゃんとばあちゃんと昇兄と赤ちゃんが写っている。俺のアルバムの赤ちゃんの時の写真と似ている。あぁ、本当にこの人は俺の母親なんだ。


「母さんって呼んでいいか?」

「当たり前じゃない!10年以上離れてたとしても、あんたは私の息子」


 と言って、母さんは俺を力強く抱きしめた。痛い。

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