第4話
「おにぎりはどこだーーー!!」
突然扉を開けて叫んだ老人男性に、俺は思わずビックリして怯んでしまった。
「健夫さん、落ち着いて。おにぎりは逃げないから。輝、あなたのおにぎりを健夫さんにも分けてあげてもいいかしら?」
俺は呆気にとられつつ、リュックからおにぎりが入った巾着袋を取り出したとき、"タケオ"さんと呼ばれている老人がエゾユキウサギの逃げ足より速く俺に近寄ってきて、巾着を奪っていった。
の、脳みそが追いつかない…
一瞬の出来事にフリーズしてしまった俺の目の前で、巾着を奪った老人が中に入っていたおにぎりを三つ取り出し、一つを王妃に渡すと残りを片手に一つずつ持ち口に頬張り始める。ただ、さっきまでの勢いからおにぎりも早食いすると思いきや、米粒の味を噛み締めながら食べている。うぉっ、涙まで流し始めたぞ。
食べかけのおにぎりからシャケと梅干しの姿が顔を出して、王妃様が持っているおにぎりが昆布かぁ…
って、老人がおにぎりを食べているところを見ている場合じゃない。ばあちゃんが握ってくれたおにぎりが全部食べられてしまう。どこへ出かけるときにも必ずばあちゃんはおにぎりを握ってくれて、俺はそれを河原や公園などで食べるのを楽しみにしてた。
「ば、ばあちゃんが握ってくれたおにぎり…」
思わず口に出てしまった。
「えっ?ばあちゃんって…おかあさんが握ってくれたおにぎりなの…?」
俺の言葉に王妃様もまた、涙を流し始めた。両手で大事そうにおにぎりを抱きしめてる。…俺も食べたいってもう言えんな。
「ヒカリとやら、すまんな。この世界には君の世界でいうところの『米』という食べ物がなく、日本から転移してきた者たちは異常に『米』に対しての執着が強いのだ」
えっ、米が存在していない…?でも、王様は米がどんなものであるか知っているような口ぶりだ。
「以前『お弁当』を持っていた者がこちらの世界に転移したことがあり、『ご飯』という存在は認識しているのだ」
「種もみさえあれば、いつでも栽培できる準備は整っている。後は種もみだけなんだ」
おにぎり二つを食べ終えて満足そうにしている老人が王様の後に続けて言った。
…俺のおにぎり
「20年ぶりの飯は本当にうまかった。日本人としての誇りを取り戻せたような氣がする」
いや、あんた、もしここが日本だったら窃盗犯だろ。未だに自分がどんな感情でここにいるのかよく分かってないが、老人に対しては怒りを覚え始めてきて、俺は両手をぎゅっと握りしめた。
「おにぎり美味かったよ、ありがとうな。ところで、お前さんはどこから来た?」
おにぎりをあげたつもりはない。
何かむかついて、こいつには俺の個人情報教えたくねぇって思っていたところ、
「この子は私の息子です」
おいっ、正体バラすの早すぎ。
俺は母親だと思われる王妃様に心のなかで突っ込んだ。
「思わずおにぎりを手に取ってしまいましたが、あなたもおにぎり食べたいですよね?その…一口だけで良いのでいただけませんか?」
段々と思考が回るようになってきた感じになって、状況から考えてばあちゃんのおにぎりを食べられるのはこれが最後かもしれないということに気づいたが、目の前の王妃様は10年以上もばあちゃんのおにぎりを食べてないんだと思うと、独り占めはすべきじゃないって思った。余計に老人に対して怒りが増したが!!!
「きっと…俺も王妃様もばあちゃんのおにぎりを食べれるのはこれが最後ですよね?それならはんぶんこしませんか?」
俺の提案に王妃様は一瞬ハッと何かに気づいたような顔をした後、俺の顔を見て優しく微笑んだ。
「そうね…半分ずつ食べましょう」
と言って、王妃様は持っていたおにぎりを半分に割って、おにぎりを包んでいたラップと一緒に俺に渡してくれた。
「これは昆布ね…ふふ、おかあさんのおにぎりはいつも梅干し・シャケ・昆布だったわ」
王妃様が半分に割ったおにぎりを食べ始めたのを見て、俺も食べ始めた。
「おにぎり…おいしい…ご飯…おいしい…うちのお米…ご飯はこんな味だったわね…ありがとう、本当においしいわ…」
王妃様もめっちゃ味わって食べている。ばあちゃんが握ってくれたおにぎりを食べる時、うまいなぁと思って食べてはいてもそんなに味を確かめるように噛みしめることはしなかったし、ばあちゃんにものすごく感謝することもなかったから、口は動きつつも王妃様がおにぎりを食べているところから目が離せなかった。
ドレスを着た王妃様がしゃがんで素手でおにぎりを食べている姿は色んな意味で忘れらないと思った。
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両手におにぎりを持って泣きながら噛み締めて食べている老人、泣きながらおにぎりを抱きしめている王妃、おにぎりを食べられて呆然としている少年、王様を含めたその場にいる人達は元?日本人三人の姿を見てひたすら笑いをこらえていました。
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