第11話 後日談
これは女性のための護身術の話なのですから、まず、その顛末を語るべきでしょう。
イモちゃんの推理によって、女川に徘徊する連続レイプ犯は「幽霊の正体見たり枯れ尾花」状況、というのが皆に……海碧屋の社員諸君のみならず、いつの間にか町内の大人たち全部に知れ渡るようになりました。たとえ「オオカミ」がいなくなっても、防犯のための方策をあれこれする必然性はそのままだと思うのですが、港祭りの後は、潮が引くように、我が護身術教室への参加者は減りました。町民体育館の武道館をせっかく借り切ったのに、閑古鳥が鳴くありさまだったのです。
イモちゃんたち中学生は、夏休みの宿題に本格的に取り組んだり、親に連れられて海外旅行にいったりと、三々五々自分たちのスケジュールをこなしはじめました。「数学のドリル手伝ってくれたら、護身術教室に参加してもいい」と足元を見たような「お願い」をされたので、さすがに断りました。
我が海碧屋がダメなら、りばあねっとの面々はどうかな……と、私は富永隊長にも応援を頼みました。例によってファミリーマートでコーヒーをすすっていたところを捕まえ、単刀直入頭を下げましたが「契約は既に終わってますから」というつれない返事。金髪君やリーゼント君といった、護身術指南役をしてくれた若者たちは、牟田口弟氏の指導の元、エアガンの練習に励んでいて、こちらもニベもない返事です。縄文顔さんに至っては、最初から返事の内容が分かっているので、声もかけませんでした。
りばあねっとがダメなら、め・ぱんのお爺さんお婆さんに助力を頼む道もありました。けれど彼らはいつになく「年寄」を前面に押し出してきました。「年寄はクーラーの効いたところで涼むのが一番」とパチンコに行き、「同じ運動なら、孫と海水浴に行くなり、登山にいくよ」と言いながらパチンコに行ったり……結局誰一人、つかまりません。
そうこうしているうちに、ウチの護身術の練習生でもなんでもない人……本人は「アダマンタイトのパンツ」シンパだと名乗る、町外からの男子大学生……が、体育館の女子トイレで覗きをし、現行犯で逮捕されました。私たちは、もちろんこの出歯亀とは無関係です。けれど、女装という共通点は厄介でした。アダマンタイトのパンツは、女装のための体のいい言い訳、という当初の心配が蒸し返された挙句、ママさんバレーボールチームの主婦グループからも、敬遠されるようになったのです。
「これを期に、本業頑張りましょうよ」と、てれすこ君は励ましてくれました。
でも結局、時間とカネがもったいない……という副工場長の意見が通って、護身術教室は無期限休止となったのです。
「四方八方敵だらけでも、味方が一人いれば、いずれ再開できる」と、イスミさんは慰めてくれました。イスミさんと深谷わらびさんの共通の友人に、女性の権利向上や性犯罪撲滅に熱心な人がいて、今回の護身術のスナップショットをSNSに上げたら、ぜひ話を聞きたい……と食いついてきたとか。
「普段、そんな感じじゃないから、友達の意外な面を知って、びっくり」
「入門者が一人でもいれば、教室を開くので、ぜひ女川へ……と誘っておいてください」
「ははは。それ。いいッスね」
女川と言えば魚の町であり、普通に魚介類グルメを堪能したい、という友達も少なからずいるよ、ともイスミさんは言いました。
「ライフセーバーしていて、できた友達……の友達。魚屋兼、漁師をやってるっていう女子。自分より色黒に焼けた、ワイルド系女子っす」
「先客万来。ぜひサンマを喰いにきて、と言ってください」
そうこうしているうちに、イスミさんが千葉に帰る日が、やってきました。
本人の希望で、朝一番の女川発小牛田行の便です。
夕方のクソ暑い時間帯はこりごりだ……と、本人は言っていましたが、正直なところ、「見送りが照れくさい」らしい。前日夜にお気に入りのシュガーシャンクでしんみり呑んで、イスミさんは語りました。「だって、これで、二度と会えなくなるわけじゃないから。また来るから」。
そして翌朝、来た時同様、無茶苦茶重いグレゴリーのリュックサックを紙袋のようにあっさりと肩にかけ、イスミさんはペコリと頭を下げました。
イスミさんは遠慮していましたが、私たち海碧屋従業員とてれすこ君一家が見送りに集まっていました。海上獅子舞でお世話になった漁船の人たちも、朝一番で忙しい中、駆けつけてくれました。
手土産はいらない、とイスミんさんは固辞しましたが、我が工場長が「帰りの汽車の中でお食べ」と駆け寄り、高政の笹かまぼこを渡しました。
「達者でなー」
私たちの声を背に、イスミさんはゆっくりホームへと歩いていったのでした。
(了)
近未来護身術「アダマンタイトのパンツ」 木村ポトフ @kaigaraya
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