第6話 これって、迫真の演技?
結論から言うと、「りばあねっと」親衛隊の面々の協力のお陰で「アダマンタイトのパンツ」は一応成立しました。
そこまでの紆余曲曲曲曲折、語っていきましょう。
いつの間にか連絡先を交換したのが、てれすこ君は富永隊長に直接事情を説明したようです。単に我が社のエロジジイ・船大工さんの疑いを晴らすためだけ……と頼めば、にべもなく断れたことでしょう。アンタのところの牟田口会長だって、怪しいところ多々あるでしょう、火の粉を振り払うっていう意味では、一蓮托生ですよ……と、てれすこ君は富永隊長に話を持ちかけた、と言います。
「りばあねっと」は港まつりに関係がない……と、てれすこ君は当初言っていましたが、実際には牟田口会長が商工会の中核メンバーにいる関係で、屋台を出すとのこと。
タコ焼き屋をやる予定で、練習をするので、味見役でこい……と誘いがあったので、私たちはキンキンに冷えた缶ビール一ケースを手土産に、りばあねっとの事務所を尋ねたのでした。
事務所の駐車場には、屋台用のテントがはってあり、中では学生らしき若い衆2人が、既に熱くなったタコ焼き器を前に、奮闘していました。
ゴミ捨て場で拾ってきたようなボロボロの木のベンチが三つ、コの字型に設置してあります。海苔と紅ショウガはセルフサービスで、と言われ、私たちは八玉入ったプラスチックの容器を渡されました。「焼きそばなら海苔と紅ショウガは分かるけど、タコ焼きにも振りかけるものなんですか?」
私は素朴な疑問を発しました。調理していた学生さんは、私の言葉に気づいて顔を上げましたけど、試食役の若いお姉さんに追加注文を受け、半分焼けたタコ玉を錐でひっくり返すのでした。
私たちは、私とてれすこ君と2人だけでしたけれど、りばあねっとのほうは富永隊長以下、五人が試食会に参加していました。うち四人が武道経験者で、最後の一人は牟田口会長の秘書兼愛人兼陰の実力者と噂される美人「縄文顔」さんでした。他のメンツは揃いのTシャツ姿で汗まみれになっていたのに、彼女だけは朝顔柄の浴衣で、涼し気に団扇を使っています。話を聞くと、男衆に屋台の設置から食材の準備から全部任せ、彼女自身はほんの三分前ほど、クーラーのよく利いた事務所から出てきたばかり、ということでした。この度は相談にのってくれてありがとう、タコ焼きまでごちそうになって……と私はまず頭を下げました。縄文顔さんは、団扇をヒラヒラさせ、「気にしないで。意地悪して上げるつもりで呼んだんだから」と、冗談とも本気とも言えない顔つきです。
「意地悪?」
「あんたたちのタコ焼きには、タコ、入ってないのよ」
「これはまた、地味な嫌がらせで」
なんとも反応しようがないので、当たり障りのない返事を返します。
縄文顔さんは、カラカラと楽し気な笑顔を見せるのでした。
富永隊長は、もともと饒舌なほうではありませんけど、この美人秘書さんが同席している時には、ことさら言葉少なになるようです。
お天気の話、港まつりの話題など、通り一遍、挨拶と世間話をしたあと、縄文顔さんが、キリッと表情を引き締めて、切り出しました。
「それで? 海碧屋さんのほうでは、いくら出せるわけ?」
タダで協力するわけ、ないじゃない……と、ドヤ顔の縄文顔さんに、「いやあ、さすがボランティア団体。金銭感覚、しっかりしてるう」と、てれすこ君が皮肉を返します。平和裏に交渉してきたはずが、どーしてこーなるんだ、と私は頭を抱えました。
「現実問題、ボランティア学生さんたちは東京から呼び寄せているわけで、交通費にしても滞在費にしても、カネはかかるのよ」
「ボランティア団体として、各種補助金とか、降りてるでしょうが」
「それは純粋にボランティア活動をするための資金よ。こんなイロモノ・ヘンタイ活動をするためのカネじゃない」
そもそもの「本業」、ボランティア活動だって有償で……それも結構なカネをとってやってるくせに……と喉まで出かかった言葉を飲み込みました。水かけ論ですし、そもそも私たちは協力を依頼する立場なのですから。
てれすこ君は、最初から金銭要求があることを見越してが、試算用のメモを持参してきていました。何ら準備もなくきた私よりも、用意周到な相棒に任せたほうがいいかなと思い、私は黙ってタコ焼きを口に運びました。
ぼんやり交渉の様子を見守っていた富永隊長が、突然「女装はもうイヤだ……」とつぶやき、天を仰ぎました。手持無沙汰な私は、隣ベンチの上でなぜかアグラをかいていた茶髪のアンちゃんと、格闘技一般の話をしました。
カラテ二段だというアンちゃんは、縄文顔さんに命じられたから協力はするけどさあ……と言葉を濁しました。我が近未来護身術の内容も把握してはいるものの、どうやら「効果」については、大幅な疑問を持っている様子なのです。
「結局、これはさあ、女装趣味のオッサンが公明正大に後ろ指さされないで女装するための方便なんじゃないの? 別にオッサンが女の恰好をするのに偏見を持ってるわけじゃないし、勝手にすればいいって思うけど、オレらまで巻き込んでくれるなよ、て気持ち」
試合ユニホームにスカートというのは結果であって目的じゃありませんよ……と私は力説しました。けれど、茶髪君は「そういう建前、オレに押しつけられても、困っちまう」と意に介さない様子。
「……ウチの女王様と交渉中のアンタの部下、やたらカネの話をするけど、節約になってるところはアンタのところの会計だけで、巻き込まれちまったメンツ、役場やら体育館やらも含めて、赤字になってるっての、分かってる?」
そう、確かに税金で賄われている施設を格安で借りるというのは、その分の負担を他の納税者に絵押しつけているということですし、富永隊長以下親衛隊の皆さんにボランティアを頼むというのは、彼らに支払うべき賃金を、りばあねっとに押しつけている、ということなのです。
「たとえ女装趣味を満足させるためじゃなく、正当にレイプ魔退治のための護身術だとしても、手柄を独り占めっていうのも、いただけない」
「……成功の暁には、協力協賛って形で、大々的に宣伝させてもらいますよ」
「本当かなあ」
茶髪君は私たちの土産ビールをグビグビあおると、今度は真面目な赤ら顔を向けてきました。
「そもそも……筋力量や身長もそうだけど、男女くらいの体重差がありゃ、喧嘩の結果なんて、どーやってもひっくり返らないと思うぞ」
一般論というより、実体験なのでしょう、体重が20キロも重い素人「デブ」君とストリートファイトして、有段者……おそらく茶髪君本人があっさり負けてしまった顛末を、語ってくれたのでした。
「つまり、何が言いたいんです?」
「無駄なことに費やすカネも労力も、無駄って言いたいんだよ」
私たちは女装OKの武道家がどれくらい集まるか、そればかり心配していたのですが、人集めの苦労は、それだけではありませんでした。一番肝心な生徒役の女性が、全く来てくれないのです。
始めは講師役ともども、りばあねっとと親衛隊から出してもらうつもりでした。けれど、牟田口会長その人から「待った」がかかりました。もともと男子に比して人数がそんなに多くない上、会長その人が、秘書がわりに自分の周りにはべらすので「余剰人員」はいない、というのです。彼女たちの玉の肌に傷がついたら、オマエらで責任をとるのかっ、というのが、牟田口会長の言い分。言い出したらきかない……こと、女の子の話になると我を通すタイプ……と富永隊長に頭を下げられて、私たちは諦めざるを得ませんでした。
てれすこ君が、そんなコトの顛末を事務所で漏らし、気をきかせた副工場長が、浦宿の観音講の女性陣に声をかけてくれました。有志が集まって観音様大仏様を拝みに行くという信者さんのサークルですけど、実体は、お参りを口実にして、あちこち旅行を楽しむという老人の集まりです。最年少83歳というお婆さんズがわざわざ厚化粧をして……中には10年ぶりに化粧をしたというお婆さんもいました……駆けつけてくれたのは、大変ありがたく思いましたけど、ケガでもされたら大変だから……と、お引き取り願いました。
「ふん。あんなババアどもじゃ、勃つもんもたたねえもんな。逆に若い連中が気絶しちまうよ」と、船大工さんが憎まれ口を叩きました。90越えの工場長にビキニを着せようとした好色漢らしからぬ発言です。てれすこ君がからかうと、「バアさん一人二人ならともかく、10人も20人も相手できん」と、船大工さんは妙な言い訳をするのでした。
単に受身で襲われ役をするにしても、運動神経がいい人のほうが、ケガの心配がないに決まってます。というわけで、私は本命として、町内ママさんバレーボールチームの面々をあてにしていたのです。窓口になっていたのは、りばあねっとの元ボランティアで、現在はママさんバレーボールチームの練習に加わっている「弥生顔」さんです。海碧屋に対する熱心な協力者である彼女のことですから、二つ返事で労を取ってくれると思っていたのですが、実際には、歯切れの悪い返事でした。
港まつり直前ということで、バレーボール練習も休止中でした。たまたまその週の金曜午後一で、副キャプテンのお宅で中学校PTA有志のカラオケ大会がありました。偶然にも、ママさんバレーボールのチームメイトばかりだというので、私も少しばかりお邪魔して、護身術のお願いにいったのです。副キャプテンのお宅は、お舅さんがセミプロばりの「演歌歌手」で、実際に自費でレコードも出したことのある人だとか。完全防音のリビングに、大音量スピーカ付のカラオケ装置がおいてあるのでした。酒の肴として、沖イカだとかカツオだとか、最近女川漁港をにぎわす魚介の話が出ていました。温暖化のせいか、富栄養化が原因か、カツオの身のほうに、たまにアニキサスが入っているとのこと。皮にはクッキリと縞模様が出ていて、鮮度はバッチリというので「ムシつきで残念ですね」と声をかけると、「ムシがつくくらい、おいしいってことでしょ」という、なんとも前向きな返事です。港町の主婦だけあって、誰も彼もアルコールにはめっぽう強いというので、最初の乾杯もそこそこに「無粋な話ですが」と護身術への協力を頼みました。
彼女たちには、洋式便器に立小便して、トイレを汚すお父さんたちの「しつけ」を手伝った際に、持ちつ持たれつの関係を築けた実績があります。当然、今回も……と期待していたのに、皆煮え切らない感じです。「港まつりの準備に、婦人会で駆り出されているから」「お父さんが海上獅子舞のメンバーで、その応援に」「子どもが今年受験なので、勉強のお手伝いを」等々、もっともらしい言い訳です。
各々、旦那さんにスカートをはかせた実績があるのですから、女装男子のインストラクターさんたちにも抵抗はなかろうと、思っていたのですが……弥生顔さんが、私に耳打ちして、庭に引っ張り出してくれました。人懐っこい犬がいるんで見て来ませんか……というのが口実で、どー考えても不自然な申し出でしたけど、お母さんの一人がカラオケで歌い出したのを期に、私は弥生顔さんと濡れ縁に出たのです。
「……自分のことじゃないから、関心がないんですよ、彼女たち」
「どーゆーことです、それ。女性なら、男性の性暴力に対抗するっていうのは、切実な問題じゃ」
「オヤマ君やリリーさんの事件は確かに知ってますけど、例外中の例外だって、皆思ってるんですよ。自分だけは大丈夫っていう、根拠のない自信ですね」
現代ニッポンに在住していれば、日本人でなくとも性暴力に晒される危険性は小さいわけで、むしろ四六時中そういう心配をするほうがヘン、ということでしょうか。
「関心がないわけじゃなくって、他にやること、気を配らなくちゃならないことが多過ぎて、気持ちが回っていかないっていうか」
家のトイレを汚す男ども……旦那や息子やお舅さんをしつけるのは、彼女たちにとって切実な問題で、毎日20分の3K掃除の負担を軽くするためならば、悪魔に魂を売るのも厭わない。けれど熱心にイロモノ護身術に取り組んだところで、家事育児が楽になるわけでもなれば、旦那の給料が上がるわけでもない。聞くところによると、暴漢に襲われた3人は、全員夜中にふらふらと人気のない場所を出歩いて回っていたと聞く。娘がいる家庭なら、そもそも夕食後に一人で歩かないように注意したり見張ったりするし、もちろん自分も夜の街に繰り出そうなんて考えもしない……。
「そもそも、夜、女の子が出歩くとして、コンビニくらいしか、行くところがないでしょう? 女川にはゲームセンターもライブハウスもインターネットカフェも、何もかもないんですから」
まあ、子ども向けの娯楽施設が皆無というのは、当たっています。
「そもそも海碧屋さん、青パト隊員で、夜に町中巡回したりするんでしょう? 今まで中学生高校生、どれぐらい補導したんですか?」
はい、過去10年さかのぼっても、姿を見かけたのが、ようやく一人か二人ってところでしょうか。
保護者付で……というか大人に混じって、港前広場でスケボーの練習をしていた若者は、見かけたことはありますが。女子については皆無です。夏にはたまに出歩く大人を見かけますけど、真冬の巡回では、この15年くらい、人間を見たコトがない……シカは、毎度毎度、鬱陶しいほど遭遇しますけど。
「分かってて、質問しましたね?」
弥生顔さんは、うふふ……と笑って、私の追求を肯定しました。
「……むしろ、今まで事件らしい事件がなかったのに、防犯方法を熱心に追求したために、関心がなかった潜在犯の人を刺激しているかもしれない。藪蛇ってヤツです。海碧屋が騒ぎ立てたお陰で、寝た子を起こした……なんて難癖つけられたら、どんな反論、するつもりですか?」
「そりゃあ、そんなのは屁理屈だって、言い返しますよ」
「因果関係が証明できないから、それは言いがかりだっていうのは、逆に、男の人の屁理屈ですよ。この場合、女の直感のほうが、絶対正しいって、みんな思うに決まってます」
「やれやれ。その皆の中に、あなたも入ってるんですか?」
「もちろん。私だけじゃなく、海碧屋さん、あなた本人だって、入ってますよ」
「やれやれ」
私たちの人材探し……近未来護身術に取り組んでくれる女子選手は、結局一周回って「りばあねっと」親衛隊に戻っていきました。より正確に言えば、元親衛隊の人たちです。弥生顔さんのように、りばあねっと紹介のボランティアとしてきて、隊員としては引退したけれど、女川にい続けて様々な活動に関わってきた有志の人たち。
彼女たち元親衛隊員は皆、何らかのトラブルがあって「りばあねっと」を辞めたり辞めさせられたりした人たちで、円満退職の人は皆無でした。「海碧屋さんに恩があるから」渋々引き受けはするけれど……と古巣については毛嫌いしているのでした。練習に先だって、富永隊長より「お願い」がありました。この護身術の性質上、女装するのは仕方ないけれど、他の人にはあまり見られたくないから、練習中は部外者立入禁止にしてくれ、と。今回借りることにした町体育館の武道場は、室内全部に効くクーラーがあるわけではないので、基本窓を開けはなしにしての練習になります。体育館職員に頼んで人を寄せ付けないようにするくらいはできるでしょうけど、野次馬が覗くのは止められないし、この夜でもクソ暑い熱帯夜、窓を閉め切って練習したら、全員タコみたいに茹で上がってしまうぞ、と。
ここで一応、練習の流れを確認しておきましょう。
茶髪君たち武道経験者の面々が、被害者薬の女性陣に「アダマンタイトのパンツ」(仮)を伝授する。次に金髪君やリーゼント君(名前が覚えきれないので頭髪で区別しておくことにします)といった武道シロウトのりばあねっと隊員たちが「被害者役」を襲ってみる。最後に、この模擬戦を観戦した茶髪君たち玄人が、模擬戦「データ」を参考にして、「アダマンタイトのパンツ」(仮)の技術体系を修正していく。これを繰り返しやっていくことで、「アダマンタイトのパンツ」(真)にたどり着く、という寸法です。ちなみに、茶髪君に加え、富永隊長も見聞役のほうにまわりましたが、スカート着用が免除になることは、ないのでした。
私は、てれすこ君と電話している富永隊長に、「何度もスカート姿は見られているし、今さらでしょう」と横から声をかけました。すると先方も、私たち同様スピーカーで会話を聞いていたようで、縄文顔さんの声で反論がありました。「お風呂覗きをした出歯亀が、一度見られたんだから減るもんじゃなし、もう一度風呂覗きをさせろ、と言ってるのと同じ屁理屈よ、それ」
所用があって私もてれすこ君も、このりばあねっと親衛隊・現役と元職混合の練習には立ち会いませんでした。問題が起きた……というか、元隊員たちが一斉に辞めると言ってきた時には、内輪もめ……現役・元職の喧嘩勃発か、と考えました。けれど、問題はもっと根深かったのです。後日海碧屋の事務所に顔を見せた弥生顔さんは、不貞腐れた様子を隠そうともせず「アイツら、本気で襲ってくるから」と一斉退職の理由を説明してくれました。そう、それは、ある程度できあがった「アダマンタイトのパンツ」の性能を試すための「模擬戦」での出来事でした。りばあねっとボランティア(武道シロウト)が、弥生顔さんたち女性練習生(アダマンタイトのパンツを一応習得済)に実際に襲いかかって、どれぐらいレイプ魔撃退に役立つか、やってみた、といいます。最初から金的蹴りOKという知識があったせいか、「レイプ魔」役は、「被害者」役の抵抗をたくみにかいくぐって、彼女たちのパンツに手をかけたのでした……文字通りの意味で。どこまで本気だったかは分からなけれど、襲う側は本当に彼女たちのパンツを膝まで下げたりビリビリ破ったり、「本番さながら」に襲撃したと言います。最初から、こういう護身術だと言い含められていたものの、実際にパンツをはぎとられ、女性練習生たちは大層ショックを受けました。「パンツを見られたばかりか、パンツの中身も見られた、ていうか貞操の危機だった」と弥生顔さんは悪夢を語ったのでした。
てれすこ君が富永隊長に電話して、再び苦情を入れました。
富永隊長は全く悪びれず……というか、明らかに非は私たち海碧屋にある……と逆にクレームを入れてきたのです。目的がレイプ魔から身を守るための護身術というなら、実際にパンツを脱ぎ・脱がすところまで実演しなければ、役立つかどうか分からないだろう、というのです。
けれど、これに対する弥生顔さんたちの反論も、一理も二理もあります。
そう、最初にここまでやるって分かっていれば、参加なんかしなかったのに……です。
ここからは水掛け論になりました。
「パンツを脱がすところまでやるのが当然だろう、中途半端に練習しても、実際の場面では役立たない」
「なにもパンツまで脱がさないでも……あんたたちは極端すぎ」
罵り合いの落ち着き先は、当然「海碧屋が悪い」。そう、主催者である私たちが、参加グループ相互の情報すり合わせや調整をしてこなかったせいで、こーなっている、という結論になりました。
練習に参加していた女性陣が一斉に辞めた、という不手際は、あっという間に町中の噂になり、いくらツテをたどっても、女性参加者が誰一人として応じてくれなくなりました。
困り果てた私たちに、意外な人物が協力を申し出てくれました。美少女(?)男子中学生のオヤマ君です。よく考えれば、いえ、よく考えなくとも、この「男の娘」が、得体のしれない男に襲われそうになったのが、私たちの護身術の発端でした。「女の人はパンツを脱がされたら、すごいショックでしょうけど、というかパンツを見られるのさえイヤでしょうけど、自分は男子だから、その点大丈夫です」と、彼はショート君を通じて、不安材料を払拭するメッセージもくれました。見てくれ通り、中身も「カワイイ系」だと思っていた私たちは感心しました。早速弥生顔さんがオヤマ君に事情を説明しにいくと「乱暴されるのはちょっと怖いけど、原因を作った僕のために皆頑張ってくれていると思うし、僕も頑張る」という、健気な勘違いも披露してくれたそうです。
まさかオヤマ君1人だけ、女装して参加というわけにはいかないということで、ショート君が渋々「道連れ」になることに、なりました。ショート君はショート君で、クラスメイトのカワイイ系男子を何人か誘うことにしました。他に、オヤマ君がショート君のツテとは別口で、石巻だの矢本だの、近隣の「同志」……女装愛好家の若者たちに声をかけてくれました。ネットで知合った「彼女たち」とオヤマ君の絆は、「とっても、とーっても」固く、公明正大に女装できるチャンスでもあるし、何をおいても女川に駆け付ける、と言ってくれたそうです。ママさんバレーボールチームや弥生顔さんたちへは、説明不足で、女性陣に辞められてしまった私は、反省を生かすべく、情報がちゃんと通っているか、再三確認しました。「大丈夫なはず」というのが、間に立ったショート君のコメントです。
メンバー入替の事情を、私たちは、りばあねっと親衛隊に通達しました。
富永隊長に代わり、縄文顔さんが返信を……お詫びというか、言い訳というか、歩みより付の連絡をくれました。
ウチのヤンチャどもが彼女たちのパンツまで脱がせたのはさすがにやりすぎたと思う……男どもも反省してる……今度の子たちは女装してるんでしょ、だったら、結局男子なわけだし大丈夫……「最後の一線」? パンツを脱がして挿入、とか? 常識で考えなさいよ、越えるわけないじゃない。
いつもの、上から目線の物言いではなく、声のトーンも抑え気味でした。
「襲う側」「襲われる側」双方とも歩みよりできたし、今度こそ、うまくいきますよ、とてれすこ君は楽観的でした。私は彼と日程の調整をして、今度こそ体育館での練習に立ち会うことにしました。
このころになると、夜の武道場使用の自粛が言い渡されるようになります。私たちより優先的に、港まつり準備の人たちが使用するようになるからでした。
さて。
「美少女」男子たちに挨拶されて、りばあねっと親衛隊の面々は、たいそう驚いていました。最新のメーキャップ技術は魔法や変装のように発達していることではあるし、集まったメンツの年齢が低いこともあるし、顔ぐらいは女の子って感じの男子なんだろう……という先入観が、いい意味で裏切られたからです。ずらっと勢ぞろいした20人あまりの「美少女」たちは、女の子そのものでした。コンサバなワンピースやセーラー服などで、体型を上手に隠していたせいも、あるでしょう。首から下も女の子にしか、見えないのです。準備運動の一貫で、ストレッチでアキレス腱を伸ばしていた金髪君が、さりげなくオヤマ君の仲に尋ねました。
「本当に、チンコ、ついてる?」
ポニーテールのスレンダーな「女の子」は「見てみる? ホレっ」と気軽に自らスカートをたくし上げました。「ざーんねん。スパッツでしたー」とケラケラ笑う様子は、単に面白がっているようにしか見えないし、羞恥心もゼロでした。金髪君は身もだえして「その仕草自体がエロいんだよー」と叫びました。
組み手練習の時には、誰が薦めたわけでもないのに、この2人がペアになりました。あくまで性「暴力」前提とした技の応酬のはずですが、「強姦」を擬したはずのやり取りは、傍目で見ていると、限りなく和姦に近い何か、に見えたのです。
私自身の心が汚れているから、そんなふうに見えてしまうのかなと思い、ぼんやり組手を眺めていたてれすこ君に、感想を聞きました。てれすこ君も私と同意見で、金髪君ペアは、それでもあくまでも襲う側がスパッツを脱がそうとしていたのに、他のペアでは、なぜか襲われる側のほうが、自らパンツをずらしているケースまでありました。てれすこ君は、女装こそすれ今回練習に加わっていない富永隊長にも、確認をとりました。彼も私たちと同意見でした。金髪君をして「色気ムンムンの人妻タイプじゃなきゃ勃起しないって言っておいて、何で、チューボーだの高校生男子だのの尻の穴に興奮してるんだよお」と、頭を抱えていました。
いかがわしい雰囲気もさることながら、被害者サイドチームが、和姦っぽくふるまうなら、護身術の本義に外れてしまいます。金髪君以下、角刈り君、リーゼント君、そしてスポーツ刈り君等、ソフトな手口で「男の娘」を押し倒している面々を呼び集め、少し苦言を呈しました。もっと乱暴に襲ってくれないと、護身術の練習や研究の手助けにならないよ、と。茶髪君たちの反論は明快でした。そもそも、リアリティを追求して襲ったせいで、女性練習生たちが辞めてしまったんだろ、と。
角刈り君も茶髪君に続いて文句を言いました。
オレたちだけ注意をするのは、お門違いだ。少なくともオレはおばちゃんだろうが女装少年だろうがお構いなくパンツを脱がせにかかってるよ。股の緩いのはアイツらのほうが問題なんだ……。
リーゼント君は、別の観点から問題点を上げてくれました。
今日のメンツは皆、美少女と言って差し支えない外見をしているから、襲う側もノリノリでパンツを脱がせにかかっている。けれどオレは、ヤツらが男子だっていう先入観が全く抜けない。相手が男だと分かっていて、それでもなんとかレイプ魔役をやっているオレらノンケ男子を褒めてくれるってのなら分かるけど、本気度が感じられないってなじられるのは、理不尽だよ……。
そして、決定的な意見が、スポーツ刈り君から、ありました。
自分、リーゼント野郎と違って、相手がぱっと見、カワイイ系女子なら、女とみなして、性的興奮もして、パンツを脱がせにかかってるよ。被害者が恐怖のあまり縮こまっているってなら、納得だけれど、逆にビンビンに勃起してるってのは、なんか違うと思うな……。
襲う側の意見、見学者……私たちの感想を、オヤマ君たちに告げました。
「彼女」たちの言い訳も、極めて真っ当明快でした。
少しでも女子っぽく見せるための、努力の賜物だと言うのです。
「普通に抵抗するのと、イヤイヤだけれど誘っているように見えるのと、どっちがエロく感じられるかってコトですよ」
オヤマ君は自分たちの生物学的性を充分過ぎるほど自覚していて、そして「レイプ魔」役の大半が、異性愛者であることも自覚していました。なおかつ彼らの本気度をマックスに導くべく、知恵を絞っていた、というのです。
「一理も二理もある」。
てれすこ君は、感心していましたけれど、我が近未来護身術をブラッシュアップするという目的からすると、微妙に軌道がズレてしまってます。
「この護身術特有の、構造的問題かなあ……」
私が誰ともなくボヤくと、てれすこ君は「らしくない」と少し不機嫌になりました。
「見切り発車にせよ、ここまでやっちゃったんですよ」
「うん。もう一回、チャレンジかなって思います」
「でも海碧屋さん、ママさんバレーチーム、りばあねっと親衛隊元職、そして女装美少年ときて、もう練習生候補がいないでしょう」
「いやあ……思い切って、青パト巡回メンバーに、声をかけようかなって」
もともとが防犯目的のボランティアです。
クルマに乗っての夜パトロールだけが防犯じゃありません……と、どこまでも建前で押して、私は青パトメンバーに参加を約束させました。幸い、弥生顔さんたちやオヤマ君たちとの組手を経てきているので、技体系の完成まで、あと一押しというところまできている……と茶髪君は、経過報告してくれています。
青パトメンバーは、当然ながら全員が異性愛者で(皆さん結婚しています)、女装趣味者もいません。襲われる側になって、め一杯の抵抗はしてくれそうですけど、その分、女装したところで女性に見えない人ばかりなのです。その手の化粧なら任せてよ……と、オヤマ君グループが、参加メンバーの顔をぶ厚く塗りたくってくれました。最後にカツラをつけると、半数ぐらいは何とか様になる……スーパーでレジ打ちしているおばちゃんくらいには女性化したように、思います。けれどどーやっても男顔が隠せない残り半分は、ブラジャーをつけても、厚い胸板と太い二の腕で本性を隠せない感じでした。
その夜、りばあねっと武道家組が、我ら青パト女装隊と初顔合わせした時は、見ものでした。
女装美少年たちが来る……と聞かせされて、目の保養に来たという船大工さんが、町の「名士」たちの変貌に、目を白黒させました。
「何じゃ、この地獄絵図」
オヤマ君たちの参加は昨日までですよ……と、てれすこ君が説明しました。練習後のメイク落としのお手伝いということで、父親についてきたイモちゃんが、素朴な感想を述べました。
「アニメや漫画の見過ぎかもしれないけど、こういう下手な女装するオッサンのほうが、やたらケンカとか強く見えるわ」
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