第4話 成立前夜とルール策定
「まず、今から紹介する護身術の前身について、話します。
一応、最初のアイデアを完成させたのは20年以上前、私に白髪の一本もなく、フサフサ頭だったころのことです。当時つけた名称は『レイプバスター』で、この護身術のキャッチフレーズは『女性の、女性による、女性のための護身術』でした」
「はい」
「イモちゃん、どうぞ」
「社長の頭がハゲていなかった話と、護身術の話と、関係あるんでしょうか?」
「……ありませんね」
「はい」
「イモちゃん、どーぞ」
「アイス溶けちゃうんで、食べながら聞いていいですか」
「もちろん、OKです」
「はい」
「イもちゃん、どおぞ」
「社長が、今食べようとしている、ガリガリ君のコーラ味、私が自分用に買ってきたヤツです。皆、おじいちゃんおばあちゃんだから、アズキバーとしろくまでいいんだろうなって、思って」
「了解です。じゃあ、これはイモちゃんに。代わりに、そのチョコモナカ下さいね」
話が全然進まないのにイラついたのか、イスミさんが「レイプバスター」について、解説を求めます。
「……キャッチフレーズからして、要するに、女の人が、強姦……男の性暴力から身を守るための武道って考えていいんですよね」
「はい、そうです」
ショート君が、イスミさんに続いて、おずおずと確認……質問をしてきます。
「女装してやる護身術っていう話でしたが……」
「ええ。基本的に、どんな武道や護身術も、その武道に合った指定のユニホームを着てやるものですよね。剣道なら胴着に袴。柔道なら柔道着。相撲ならマワシ、という具合に。
私が最初考えた『レイプバスター』は、イスミさんがさつきまとめてくれたように、女性が自分の身を守るための考案ですから。イスミさんみたいに、ズボンが好きな女性も少なからずいることは知ってますけど、スカートを積極的に着用するという女の人も多い。そもそも学校や会社の制服がスカートという人もいるでしょう。で、実践的な護身術として『レイプバスター』を考察するなら、普段着の女性がそのままの恰好で力を発揮できるようにしたほうが良い。当然、試合の時の公式ユニホームはスカートで……というふうになります。これを、女性のみならず男性にも習得解放できるようにすると、当然、女装というふうになる」
余談になってしまうけれど、他の武道のユニホームを考えると、成立した年代の服飾文化を色濃く反映したものかな、と思います。剣道の袴着は、江戸時代等の武士階級の被服を取り入れたものだし、相撲は奈良時代のパンツの反映なのかな、と思うわけです。
「で。昭和以降の女性用被服を取り入れた武道というのは、寡聞にして知らない……見当たらないような感じはします。今現在、日本の女性の主流の衣服がスカートだから、スカートを着用して……となりますが、たとえば遠い将来、女性にもズボンスタイルがすっかり普及して……といふうになれば、おのずと試合用ユニホームは違ってくるでしょう。あるいはまた、西欧文化から日本独自の分化への回帰が起きて、お祭りの浴衣みたいに、普段から着物を着る女性が多くなれば、着物着用パターンの女性用護身術を考案するのがいいのかもしれません。総じて、性暴力への対抗という目的のため、手段の一要素として、そう試合用ユニホームとして、女性用被服を選んでいる、ということなのです」
イチゴ練乳を選択して、蓋の裏をベロベロ舐めていたショート君が、話をすすめてくれました。
「質問。今紹介してもらっているレイプバスターは、これから教えてもらう護身術の前身、なんですよね? つまり、実際は、もっと進化した護身術の道場を開く?」
「まあ、そうですね」
「わざわざ進化させた理由は? というか、その進化後の護身術について教えて下さい」
「まず名称とその由来について。
新しく考案した『女性の、女性による、女性のため』の護身術の名前は、『アダマンタイトのパンツ』です。
アダマンタイトというのは、今はやりの異世界マンガ・異世界アニメ等でおなじみの架空の金属で、ダイヤモンドより硬い・高価・魔法を付与できる……なんていう特別な機能がついていたりします。似たようなファンタジー世界の金属には、ミスリルだのオリハルコンだのがありますけど、単にゴロがいいのと、発音しやすいかな、という理由で、このアダマンタイトという名前を選びました。『○○のパンツ』という名称のほうは、『鋼鉄のパンツ』という、俗な言い方……たぶんに揶揄を含む……からです。男嫌い・男とつきあったこともない・貞操がやたらめったら固い女性を指して、『彼女は鋼鉄のパンツをはいている』とか『鋼鉄の貞操帯をつけている』なんていう言い方をしたりします。性暴力から身を守るための護身術に、身持ちの固さを象徴する名前を拝借するのはちょうど良いと思い、名前を変更するに至ったのです。鋼鉄ではなくファンタジー世界の架空金属の名前をつけたのは、今まだ、これが私の思考実験の域を出てないから、という理由ですね」
アイスを食べながら話してもいいよ……とイモちゃんがなぜか上から目線で言ってきます。アイスモナカは溶けるのが遅いから大丈夫ですよ、と私は続けます。
「……名称変更の理由は、レイプバスターのほうが、性暴力の発生……未遂・既遂の双方を含む……を前提条件としているから、です。これは後に話しますが、護身術を、『女性のみに・個別に教える』という場面では、確かに襲ってくる犯罪者を退治するという側面が強くでますので、レイプバスターという攻撃的な名前も間違いではない。でも、この護身術を『女性男性双方に・その地域住民に満遍なく教える』という場合なら……つまり、本来の趣旨からは必ずしも必要でないはずの男性へも、無理やり女装させて伝授するという特殊ケースなら、単にレイプを撃退するという効能以上の効果が出るのではないのか、ということなのです」
「はい」
「イモちゃん、どーぞ」
「分かりにくい」
「ええっと。レイプバスターっていうのは、強姦という事件事象が存在発生して、それを撲滅するため、というニュアンスの名づけです。アダマンタイトのパンツのほうは、そもそも強姦そのものを発生存在させないようにする……つまり、女性を性暴力から完全に守り切る、あるいは、潜在的な性暴力犯に、守備は完璧だからと諦めさせる、という上位概念について……」
「はい」
「イモちゃん、どーぞ」
「あきちゃった」
「コラ」
ショート君が妹をたしなめてくれたものの、名称論議……そもそもの内容に入る前の前座話が長すぎる、というのは、この場にいた誰もが感じていたことらしい。アクビこそしていませんでしたが、工場長は副工場長と今晩のオカズの話をし、てれすこ君はメールをポチポチ打っています。イモちゃんは内容に興味をもってというより、毒舌をはきたいがために聞いてるフシがあり、それをたしなめるべくショート君はハラハラしていました。私の十八番に一度もつきあったことのないイスミさんだけは、神妙に話を聞いていてくれてますが、名称より中身を聞きたいのは、他のメンツと一緒みたいです。
「……では、早速内容について。
性暴力に関わる5W1Hについて、です。
たいていのレイプについての研究は、『なぜ』という項目が重視され、分析にも多くの分量を割かれたりしているのですけど、ここでは最初にその『動機』に関しては無視して、『どうやって』という部分に焦点をあてます。この『どうやって』というのは、そのレイプの手法……つまり、睡眠薬を盛ったり、弱みを握ったり、はたまた単純に暴力をふるったり、という、いわばノウハウの部分です。
警察やら軍隊やらの用語では、敵を反撃不可能な状態に陥らせるアクションを、俗に『無力化する』というようですが、レイプのための様々なバリエーションの『無力化』を検討する前に、この最も原初的な形態、翻訳前のストレートな用語が言い表す性『暴力』について、考えてみましょう」
「今まさに直面している問題ですもんね」とイスミさんが合いの手を入れてくれます。
「……男性が女性を襲う、という一番オーソドックスな形のレイプが、他の組合せ、たとえば男が男を襲うとか、女が男を襲うとかいうパターンに比して、成功率が高いと考えられるのは、その性差……特に第二次性徴によって形成される身体的特徴によるものが大きいでしょう。人種や国・地域ごとの特徴、あるいは個人差まで考えていくと、キリがなくなってしまうので、ここでは、小中学校の保健体育の教科書に野っているような理念形について、性差の比較をしていきましょう。
まず、ホモ・サピエンス・サピエンスという生物の種に由来する差、についてです。
(生)⇒➀
第一次性徴による性差
男にはチンコがあり、女にはマンコがついている……一般的に、です。
(生)⇒➁
第二次性徴による性差
➁⇒ⅰ身長……平均的に男性のほうが女性より背が高い
➁⇒ⅱ体重……平均的に男性のほうが女性より体重が重い
➁⇒ⅲ筋肉量など……平均的に男性のほうが女性より力がある
➁⇒ⅳ乳房……男性は発達せず、女性は発達する……一般的に、です。
次に、生物学的に事実によらない……あるいは、その派生により生まれた文化的性差について、です。
(文)⇒➀
被服……男性一般のボトムとしてズボンがあり、女性のみに着用が認められているボトムとして、スカートがあります。
まずは、以上の性差を縮める、あるいはなくすような戦闘時の条件を考えてみましょう。
❶身長差による有利不利を制限するルール
『アダマンタイトのパンツ』の道場・試合場は、天井の高さに制限をつけます。
この場合、高さ制限は最初から決めても良いし、試合の場合には男性参加者の平均身長プラス20センチ……というように、その場で後付けてもいい……まあ、天井が可変式で高さを変えられる場合ですが。
これは、男性選手が女性選手より平均身長が高く、その分格闘する時に有利だというアドバンテージを消していくための制限です。
この天井の高さ制限があることで、男性選手は攻撃の際、あるいは相手選手の攻撃をかわす際、ジャンプする等、高さを利用したアクションがやりにくくなります。また、試合場を移動する際のスピードにも、一定のリミッターがかかるでしょう。歩く時には両脚を地面につけている状態でも、走る時には宙に浮く……小さなジャンプの繰り返しと同じ状態になるので、全力で走ろうとすれば、頭を天井にぶつけてしまうことになるだろう、という細工です。他方、女性の場合、平均身長の低さが逆に有利に働くわけで、全力で走ろうがジャンプしようが、よほどのことがない限り、制限にはひっかからないわけです」
イスミさんが不満顔で、言います。
「それ、背が低い女の人向けっていうことですよね。自分みたいなオトコ女には、全然有利になってない」
「まあまあ。最初に断ったように、小中学校の保健体育の教科書的な男女観をモデルに考えているわけですから。例外への対処については、後で話すこともあるでしょう」
話の腰を折られてしまいましたが、単に逃げる・走るという移動手段を封じる措置というだけでなく、これが攻撃の一部にも制限をつける、という点、忘れずに言っておくべきでしょう。かかと落としなどという、足を高々と掲げての攻撃なども、背が高くて有効打になりそうな男性ほど、不利になるルールということです」
「ふーん」
イスミさんはイマイチ納得がいかないようでしたけど、イチイチこだわっていては説明が終わらないので、前に進むことにします。
「では。続きを。
❷男女の筋肉量の差からくる、力強さを制限するためのルール。
これは、主に2点あります。
ⅰ打撃技は禁止し、投げ技や寝技だけにする。
筋肉量……この場合、一打当たりのインパクトの大きさのみならず、持続回数や持続時間も含みますが……それがストレートに技の威力につながる打撃技を禁止することで、男性優位の状況を弱めます。例えば、柔道合気道等、寝技投げ技主体の武道には、相手の力を利用して投げたりいなしたり、と言った技の体系が整備されています。これらを参考にして、筋肉量の差を埋めるような『先人の知恵』を『アダマンタイトのパンツ』に徹底的に取り入れられるように、ルール等を策定するのです。
ⅱ ⅰで限定された投げ技や寝技について、さらに筋力量の差を縮めるような工夫をする。
具体的に言うと、道着・試合着について、です」
「分かった。ここでスカートの出番ですね」
ドヤ顔で指摘するショート君に、私は肩をすくめて「まだです」と返事しました。
「……打撃禁止、相手を掴んで敵の力を利用する、という状況から、試合中には裸体に近い恰好……たとえばプロレスや相撲……より、何らかの服を着て試合に臨む、というほうが趣旨にかないます。
『アダマンタイトのパンツ』では、この道着についても、特殊な工夫をします。
具体的に言うと、袖や襟など、技をかける際につかむ部分は、道着本体とは別につくり、本体に軽く縫い合わせるという形にします。そして、この袖や襟は、ある一定以上の力で引っ張ると、ビリビリと破けるようにする、ということです。たとえば、試合参加者のうち、男性選手の握力平均が60キロで……あるいはベンチプレス平均が100キロで、女性選手の平均握力が30キロ、ベンチブレス平均が50キロだとしましょう。この場合、握力平均40キロ・ベンチブレス70キロの選手が力任せに襟や袖を引っ張ると、ビリビリ破けてしまうような強度で、袖・襟を本体に縫いつけておくのです。そして、試合中に、技をかける過程で、相手選手の道着が破れてしまったら……つまり、襟や袖が取れてしまったら、反則として、勝敗に影響するようなマイナスポイントが付されるようにするのです。これは、投げ技等についても、男性選手が女性選手に対して充分な力を発揮できないようにするための、牽制です」
「はい」
「イスミさん、どーぞ」
「そこまで女子に贔屓にしてたら、そもそも武道として成り立たないのでは?」
「ルールが誰かにとって不利だとか有利だとかという問題と、贔屓とは全然違いますよ、イスミさん。ウチの『アダマンタイトのパンツ』の場合、男性選手が打撃禁止で、女性選手のみに打撃OKなら、これは贔屓でしょう。つまり、参加選手の一部だけに特定ルールが適用され、他の参観者には適応されないというのなら、贔屓でしょう。けれど、選手全員に一律に同じルールが適応される場合、贔屓とは呼ばないのです」
「へりくつ」
「まあまあ、イモちゃん」
イスミさんが、苦笑いで彼女をたしなめている間、私はすばやくアイスの最後の一切れを、口の中に押し込みました。
「続き、しゃべっても大丈夫ですか?
❸ウイークポイントの違いを利用して、性差による戦闘力の差を縮める。
大多数の武道競技で禁止されている金的攻撃をOKとします。
競技の勝敗を決めるルールが完全ノックアウト制でない限り、何らかの形で……たとえば、柔道の有効や技あり・反則等、競技中の行為についてプラスポイント・マイナスポイントを付していく形になります、一般的に。それで、他の武道が金的攻撃についてマイナスポイントをつけるのとは対照的に、『アダマンタイトのパンツ』では、プラスのポイントをつけて、これを大いに奨励する形にします。
このように、男性特有のウイークポイントへの攻撃を解禁、というか奨励していくのとは逆に、女性のウイークポイントへの攻撃は禁止する、というルールを定めます。具体的に言うと、オッパイへの攻撃禁止……無難な表現に直せば、胸部への攻撃禁止、となりますか。もちろん、女性だって股間を蹴られたり掴まれたりすれば痛いのは同じだし、男性の胸部にしても心臓や肺があることを考えれば、苦しいのは一緒でしょう。けれど、男女の戦闘力の差を少しでも縮めるという趣旨からルール策定をしようとすれば、象徴的かつ実際にも、衝撃に弱い場所、つまりキンタマへの攻撃は大々的に解禁すべきものと思われます。
ちなみに、説明冒頭で述べた『レイプバスター』との関連で注意しておけば、単に「対・男性性犯罪者」という観点から言えば、「金的攻撃」は『アダマンタイトのパンツ』との共通項としてはありえても、「胸部への攻撃禁止」というのは不必要です。この女性特有の弱点への攻撃というのは、男性にも等しく、この護身術を学んでもらう方針だからこその特徴と言えましょう。
❹男女の被服文化による性差を、戦闘力の差を縮めるのに利用するルールを設ける。
さて、ショート君がワクワクしながら待っていた、女装……スカートの出番です」
「別に、待ってませんよ」
ショート君は、イチゴ練乳の甘さを口から洗い流すためか、麦茶でなく、玉露を副工場長にリクエストしていました。気温が体温を超えるような猛暑の最中でさえ、お茶は暑いのを飲みたがる副工場長は、我が意を得たりとばかりに、茶碗を男子中学生の前にあてがいました。
「……さて。性暴力対策として、この『アダマンタイトのパンツ』が考案されたという経緯からして、女性用被服であるスカート着用によって、実践的な護身術として構築していくのだ、というのは、再三述べているところであります。で、ズボンに比してスカート着用時の脚部の可動域がどうなるか、考えてみましょう。股関節や膝関節を自由に動かせるズボンと違って、スカートの場合、足とは独立した部分に位置する大きな布地があって、邪魔になり、非着用時に比して動きにくい、と言えます」
ここで、イモちゃんが茶々を入れてきます。
「邪魔になんないタイプのスカートもあるけどね。フレアタイプみたいに、下が思いっきり広がってるのとか、ミニスカとか」
「……それは、今、注意するつもりでした。ええっと、動きが制限されるというデメリットだけでなく、スカートには戦闘時におけるメリットもあります。それは、足の動きが敵選手からは分かりにくい、ということです。どんな攻撃についても言えることですが、キックにも予備動作があり、また、足を振り上げてから敵に当たるまでのタイムラグがあります。ズボンのような足にぴったりのボトムなら、その足の軌跡、動きが丸見えになってしまいますので、キックを受ける側は、かわすなり防御するなりと言った対処法を、視線で足の動きを追うことによって、可能にすることができるでしょう。
他方、スカートの場合、布地によって足の動きが分かりずらいので、ズボンの場合に比して対処が難しいだろう、とは言えると思います」
ここで、イモちゃんが、またまた茶々を入れます。
「なんか、結局、当たり前のことを言ってる場所だけじゃない」
「ははは……日常生活で着用なんてしているというのを利用するために、さらに、このスカートにまつわるルールを設けます。ズバリ、パンツが相手選手に見えてしまったらペナルティ……マイナスポイントがつく、というルールです」
スカートをはきなれた女性なら、日頃からパンツが見えないように気をつける慣習がついているわけで、はきなれない男性がパンツのガードが甘い……あるいは、無頓着なのを逆手にとるためのルールです。たびたびペナルティを取られるようになれば、男性選手はスカートがまくれあがるかどうかにより注意を払わざるを得ず、その分、戦闘に集中できない……少なくとも、女性選手が自らに課すよりは、大きな制約になるでしょう。また、試合場の天井制限のところでも述べましたが、足を高々とかかげて蹴る、カカト落としのようなハイキックは、高さが高くなるほど、パンツが見える可能性が高くなります」
「質問です」
「ショート君、どーぞ」
「その、パンツが見えちゃった、という判定は、どーするんでしょう。自己申告で、『あ。見えたよ』だと、いくらでもウソがつき放題じゃないですか」
イスミさんが助け船を出してくれます。
「そこのところは、ほら、カメラ判定とか。今どきのスポーツは皆、試合中のプレイを全部ビデオカメラで撮影していて、際どい場面・難しい場面の判定では、映像リプレイして、審判するっていうふうになってるでしょ?」
「ははは……イスミさんの言う通り、ビデオ判定も、もちろん取り入れますが、独自の判定基準として、文字プリント入りのパンツを選手皆さんにはいてもらうことを、考えています。敵選手が『パンツ見えたよ』と申告したときに、真偽を確かめるために、じゃあ、どんな文字が描かれていたのか? と問えばいい」
すかさずショート君が反論します。
「観客から見えてしまって、何らかのサインとかで、選手にその文字を教えちゃったりした時は?」
「その可能性は、ありますね。そもそも試合中の観客席の配置、工夫する必要がありそうですね」
ここで、スカート着用時キックのついての補足。
スカートが着用時にスカートとして機能するという点から、試合着としてはロングスカートの着用を推奨するようになると思います。そしてこのスカートが進化したあかつきには、護身術のメリットを最大に、デメリットを最小にするような素材形態をした『アダマンタイトのパンツ』試合着スカートが開発されることでしょう。そして『アダマンタイトのパンツ』の試合中や練習中に開発された技、あるいは既存の技でも充分習得できた技、そして道着等は、そのまま実生活においても役立つようになるでしょう。
「現実生活から、試合へのフィードバックだけでなく、試合で習得したものが又、現実生活にフィードバックされる。美しき循環、とでも言うべきかもしれません」
てれすこ君が、ちょっとした疑問なんだけど……と聞いてきます。
「最初のところから今まで、護身術のルールに関して聞かされてきましたけど、具体的な技については、教えてもらってないような……」
すかさず、ショート君がフォローしてくれます。
「それは、今からやるところですよね」
私は「申し訳ない」と頭を下げながら言いました。
「技の解説は、一切ないです。内容については、これでお仕舞」
「ええっ」
「むしろ、このルールの中で、既存の技を持ち寄るだけでなく、新技の開発も、してもらいたい、ということです」
私自身が、武道については全くのシロウトということもありますが、新しい武道については新しい技の体系があるべきで、実際の選手が練習その他をしているうちに、自然と、柔道よりだとか、合気道よりだとか、『アダマンタイトのパンツ』独自の技体系が出来上がっていくんじゃないか、と思っています。
「もっと具体的にお願いします」
「解説が必要なのは、ショート君だけ?」
「あ。私も」
イスミさんが手を上げ、私は少し首をひねりました。
「ええっと。陸上競技に、走り高跳びという種目がありまして。ルールは横に長く掲げたバーに触れることなく、その上を片足踏切で飛び越えるという競技です。ルール自体は全く変わってないのに、最初の技法のハサミ跳びから、ベリーロール、背面跳びへと、次々に技法が進化してきた、という例です。『アダマンタイトのパンツ』も、基本的なルールは一緒、最初は借りてきた技でスタート、そのうち独自の境地にたどりつく……というのが、目標なのです」
「なんとなく、分かったような。ルールが護身術の内容を決める。だから、ルールは一定不変して、その分、技のほうはは、変化を期待……で、いいのかな」
「まあ、イスミさんの理解であってます。けど、実は、ルールそのものも、しばらくは試行錯誤していく予定なんですけどね」
「え。言ったソバから?」
「ふつうの武道では、男子は男子と、女子は女子と……と言った具合に、同性同士で試合が組まれるのが普通です。けれど、『アダマンタイトのパンツ』の場合、男子と女子を組ませて、その試合結果を見る、というのは重要なことですから」
イモちゃんが、こそっと毒舌を吐きます。
「色々と屁理屈つけたけれど、蓋を開けてみたら結局、勝つのは男ばっかり、みたいになったりね」
「そう、その心配です。実際にイモちゃんの言う通りになったら、この護身術の構想は失敗ということです。最初から構想をやり直すというより、一つ一つのルールを再検討、私たちが女子有利・男子不利と考えて定めたルールが、本当に女子有利・男子不利だったのか、考え直しましょう、ということです。そして、女子の勝率を少しでも上げるために、ルールを改善しましょう、ということなのです」
「勝率って、やっぱり、五分五分になることが目標なの?」
「とんでもないですよ、イモちゃん。100パーセント女子勝利が目標に決まってるじゃないですか。けれど、実際にそんな大人と子供の喧嘩みたいな勝率達成は難しいでしょうから、50パーセントを大きく超えた値、というのが現実なのでしょうね」
少なくとも、五分五分ではありません。
これは男女平等を目指す護身術ではありませんから。
大事な事なので、二度言いました。
「さて。ルールと技については、こんなところ。
武道というからには、こう言った肉体敵な実践以外にも、留意する点があります。倫理について、です。
➎倫理教育について。
特に日本の武道について顕著だと思うのですが、どの武道も技やトレーニング方法のみを教えるわけではなく、同時に武道の運用実践のポリシーを教え込むのが、一般的です。たとえば、柔道の『精力善用』。柔道で鍛え上げた技は力は悪用してはいけない、という教えです。言葉を飾らずに言えば、武道一般はどれもが素人では太刀打ちできない暴力の方法論の取得とスキルアップを目的としています。だからこそ、試合場外で技をふるうことについては、厳しい規制をしているのだ、と言えましょう。『アダマンタイトのパンツ』も、武道の一種なんですから、当然、この種のポリシーを門下生に叩き込む、ということになるでしょう」
すかさず、イモちゃんが反論してきます。
「てか。そんなイチイチ教えなくとも、『アダマンタイトのパンツ』を習いに来る人って、性暴力問題とかフェミニズムとかに関心がある人ばかりなんじゃ……」
「無意識のうちに、そういう考え方が浸透していく、というのと、実際に言葉によって脳裏に叩き込まれる、というのでは、やはり違いますよ。性暴力は、必ずしも手や足を使うモノだけでなく、言葉によるものもある、という意味では、対抗手段の一つを教える、という意味もあります」
「はい」
「イスミさん、どーぞ」
「アダマンタイトのパンツっていう護身術の内容は、だいたい分かったような気がします。でも、なんでわざわざ、こんなヘンテコリンな護身術、考えるようになったんすか? やっぱり、ショート君みたいな美少年を屁理屈つけて……合法的に、女装させるため?」
「まあ、それも重大な目的というか目標ではありますけど……」
「ええっ。重大な目標なのっ?」
頓狂な声を上げるショート君を、イモちゃんがたしなめます。
「お兄ちゃん。そこ、今さら、ツッコむところ?」
「今さらだろうが何だろうが、ツッコむよ」
息子が再びおもちゃ扱いされることを心配してか、てれすこ君も私に非難の目を向けてきます。
「ちょっと。海碧屋さん」
「まあまあ。てれすこ君。話は最後まで聞いて」
携帯電話が鳴り、仕事が入ったとかで、ヤマハさんは退場しました。
黙って話を傾聴してくれる人がいなくなり、私は少し寂しい気持ちになりました。
「考案のキッカケと、最初期の目的について、話しておきましょう。まず、キッカケです。護身術名のヒントになった『鉄のパンツ』の『語られ方』が、気になったからです」
「……アマゾンで注文してレビューを見たら、『長時間着用しているとお腹が冷えるよ』、なんていう注意書きがなかったって?」
「そーゆーことではありません、イスミさん。私が思い立った昔々、インターネットでショッピングする、なんていうのの黎明期の話です。そもそも私たちが、鉄のパンツと聞いて想像するような、鉄板プレートを貼り合わせて着用可能になった、『衣類』に類するタイプの鉄パンツは、売ってなかったように思います。
まあ、類似品はありました。
一つ目は『鉄の貞操帯』です。
これは革製だったりプラスチック製だったりする貞操帯と同じラインナップにて、主にアダルトグッズの専門店とかで売っていたと思います。要するに、ボンデージSMとか、ヘンタイプレイをするための道具です。性器部分をガードしていたのは確かだけれど、それはレイプされるのを防ぐというよりは、着用女性に性交を禁じるためのものでした。だからこそ、これを売るショップもアダルトショップであって、防犯グッズの販売店ではありませんでした。
二つ目は、昔々でいうチェーンメイル、鎖帷子タイプの鉄パンツです。
もっともパンツタイプで肌に直接触れるように着用するというよりは、下着をキチンとつけ、その上に装着するズボンタイプです。これは確かに防犯グッズの専門店で売っていました。けれど、あくまで刃物による加害を防ぐためであって、性犯罪等から着用者をガードするためのグッズでは、ありませんでした。そもそも普通のズボンと同じくらい楽に着脱が可能なのをウリにしてるのも、ありました。脱がせにくさも性暴力を防ぐ鉄パンツの要件だとすれば、これは主旨に合いません。で、このチェーンメイル・パンツ、チェーンメイル・ズボンについて他に検索してみると、現業現場向けの作業用グッズを販売しているショップで多数扱いがありました。南米のような治安が悪い地域ならともかく、日本においては刃物等による労働災害対策に用いられるのが大多数であろうと、想像できます。つまり、『鉄の貞操帯』がアダルトショップで販売されているように、チェーンメイルパンツは現業現場向け作業グッズサイトで売られているわけで、レイプ対策としての『鉄のパンツ』は、どこにも売っていない、という結論になります」
イスミさんが、うなります。
「うーん。リボンをつけたりレースをあしらったり、女性ウケする装飾が……」
「いや。あの。そういう問題ではなくて、ですね」
てれすこ君が、素朴な疑問だけれど……と聞いてきます。
「本当に、全く、鉄のパンツ、なかったんですか?」
「実は、男性向けで、しかもコスプレ用という形ではあったんですけどね。キン肉マンのロビンマスク」
「は?」
「キン肉マンは少年ジャンプ誌において長らく連載されてきた漫画で、主人公キン肉マンたちがプロレスを模したバトルを繰り広げるというストーリーでした。で、登場人物の一人、ロビンマスクが、中世近世ヨーロッパの鎧からデザインを借りてきたようなマスクをつけているんですね」
漫画を見る限り、パンツに当たる部分は、金属光沢がある布製みたいな感じでしたけれど、気合の入り過ぎた熱心なファンが、パンツも鉄っぽいのでこしらえていたのを、見たことがあるのです。
「……鉄のパンツという名称で思い浮かべられるような形式のリアルな鉄パンツは、私が見て探した限りでは、それが唯一だったような気がします。で、この鉄パンツについての考察について、結論。
『鉄のパンツ』は言葉としてはあるけれど、実体的なモノとしては存在しない代物ですよ」
「え。なにそれ」
イモちゃんが声を上げ、ショート君も首をひねりました。中学生に対しては理解が難しいのかもしれません。
「自分も、言っている意味がイマイチ分かんないっす。実体的なモノとして存在しないって……鉄板を貼り合わせれば、すぐにでもできるパンツでしょーが」
イスミさんの言っていることはもっともです。てれすこ君も、私の真意が理解しかねる……という表情です。
「日本一高い山は、富士山です」
「いきなり、なんです?」
「これは、富士山という静岡県にある独立峰の海抜からの高さが、日本国という、東京を首都とする国家の領土内で、最も高いという説明です」
「はい」
「イモちゃん、どーぞ」
「富士山って山梨県と静岡県の県境にかかっているから、静岡の……と言いきっちゃうのは、良くないと思う。あと、東京は事実上の首都であって、東京を首都と定めた法律はない、うんぬん」
「そういう細かいツッコミは、今、いいです……とにかく、富士山という山を説明する時に使われる属性ですよね」
「はあ」
「で。富士山について、『富士という地名がついた山塊です』、という説明を考えます。これは、鉄でできたパンツ、という説明同様、(特徴を絞るための形容)+(固有名詞)、という形式によっています。たとえば、阿蘇山や蔵王山を、阿蘇という地名がついた山塊、蔵王という地名がついた山塊と説明できるのと同様で、富士山を、阿蘇山や蔵王山と区別する言葉の上で便利な説明ではありますけど、その実体については語っていない。つまり、『日本一高い山』という固有の性質については全く語ってない説明なのです。鉄のパンツも同様で、木綿のパンツや絹のパンツ、オリハルコンのパンツと比較して、言葉の上で区分した説明だけというのを、私たちは知っている状態なのです。でも、私たちが常識として『鉄』や『パンツ』というものを実体として知ってしまっているために、『鉄のパンツ』という合わせ技の実体も知ってしまっているような錯覚に陥っているのです」
「……そうかなあ」
「では、何らの検討なしに、『固有名詞』と『名詞を固有化する説明』を結びつける危うさについて、考えてみましょう。今やっている例で言えば、富士山と、日本一高い山、です。令和時代の現代ニッポンなら、この結びつきは全く正しい。しかし過去未来は、どうでしょう? 明治28年から昭和20年まで、日本が台湾統治していた時代には、台湾の最高峰・玉山が『日本一高い山』になっていました。また富士山は活火山であり、遠い将来、磐梯山みたいに噴火で山体崩壊みたいになる可能性は否定しきれません。つまり、「日本一高い山」というキャッチフレーズには、令和の今現在、という枕詞がついてのみ、成り立つのです」
「結局、何が言いたいわけ?」
「鉄のパンツが、木綿でなく絹でなく他のどんな素材でもなく、鉄である必要性があるとすれば、再三言っているように、性暴力対策として、でしょう。けれど、『木綿や絹やナイロンに比べて』高度な防御力を誇っているとしても、比較対象があまりにも弱いか、あるいはそもそもパンツという形状が防御に向いていないのか、とにかく、世の一般常識では、実際の役に立つとは思われていない。存在意義がないからこそ、実体として存在してはいないのに……つまり、言葉の連想で、木綿や絹やナイロンのパンツがあるなら鉄のだってあってもいい、という形で、私たちは認めてしまっている」
「それで?」
「富士山の例で言えば、鉄のパンツは、レイプ対策用です、という説明の仕方があったとして、おそらく、述語のレイプ対策用ですというフレーズの前には、長い長い枕詞というか、条件文がいるだろう、ということです」
「なんか……全然わからん」
「うーん。では別の例を出すことによって、説明していきましょう。皆さん、ギリシア神話等に出てくる空想上の生物、ペガサスとかは、知ってますか?」
すかさず、イモちゃんが声をあげます。
「ペガサス、流星けーん」
ショート君も、ニコニコして妹に合せます。
「聖闘士星矢ですよね。主人公のシンボルになっている星座だ」
「いや、まあ、ねえ。説明が特にいらないくらい、詳しいそうでなによりです。ええっと。ペガサスは馬に鳥の羽をくっつけた生き物で、ギリシア神話などでは、主役級になることは少なくとも、色々な物語にて登場します。当たり前ですが自然界に存在する動物ではありません。ところが中世近世には存在するはずのないこのペガサス、現代、いや近未来の生物学的知見を応用すれば、神話上の性質を丸々再現するのは無理でも、単なる動物としてなら、現実化できるようになっていると思われます。例えば遺伝子をいじって馬の背に羽を生やすようにするとか、あるいは、免疫抑制や血液凝固の研究の延長で、馬の背に何らかの鳥の翼を移植手術するとか」
「羽の移植手術……なんか、グロテスクなイメージ」
「まあまあ、イモちゃん。私が言いたいのは、ペガサスなる代物は、あくまで二種類の異なる動物を想像上で合体させた空想上の……いや、言葉としてしか存在しなかったはずの動物なのに、近年、無理やり実現化できるようにはなった、なったけれど、その実現化した代物は、言葉のもつイメージとかけ離れた何かになった、ということです。ええっと。たとえば、言葉の上のペガサスはその翼で大空高く飛びますけど、リアルなペガサスが空中を駆け上がることはない、とかです」
てれすこ君が、しばらくスマホをいじってましたが、面白がって、聞きます。
「ええっと。ゼウスのために雷を運ぶなんてこともないって、言いたいんですよね」
「そう。リアルの動物は、そんな電気の塊なんか、運ぶことできません。で、言いたいのは、このペガサス、イコール、鉄のパンツだろう、と」
「は?」
「ペガサスという単語が、派生元になった馬とか鳥っていう言葉、単語を含んでないから分かりにくいんでしょうけど、鉄のパンツと一緒と、言いたいんです。馬、プラス鳥という生き物が存在しないのと同様、本来、鉄、プラスパンツという衣類も存在しなかった。少なくとも実用的な意味では。そして言葉が一人歩きした結果、その言葉に合せて、本来存在しないはずの実体を得ようとしているのでは? ということです。それが遺伝子をいじった羽つき馬であり、鉄板でできたパンツだろう、と」
「なんか、分かりにくいっす」
「最初の命題に戻って、おのおのの『語られ方』について語れば、もうちっと、理解しやすいかと思います、イスミさん。ペガサスのほうは、ギリシア神話っていう文脈において、人間界のものより、神様に属する動物っていう形で語られてきました。実際には、存在なんかしないのに。いや、現在系でなく過去形で語るべきですね、存在なんかしなかったのに。いや、存在なんかしえなかったのに。
で、鉄のパンツも一緒です。こちらは、性暴力から、か弱き女性を守る最後の砦、みたいな形の神話……いや、ネタ話のギミック、マクガフィン、そして重要なアイテムみたいな形で、語られてきました。鉄の『パンツ』という語感から、少しく滑稽味が伴う話だったり、艶笑譚だったりするんですが、ともかく、女性を性暴力から守るという物語上のキーアイテムとして登場する。ところが、それだけなんです。その手の物語の中にしか、登場しない」
「ええーっと。海碧屋さん?」
「裏を返せば、こっちの説明が分かりやすいのかもしれません、てれすこ君。空想上では大活躍する。でも、実際には……役立たない」
「え。鉄のパンツって、実際には役立たないんですか?」
「警察やPTA、あるいは私たちがやっていたような青パト防犯活動……まあ、ボランティア自警団みたいなところでも、性犯罪対策に鉄のパンツを推奨しているところは、皆無のはずです。そういう、お堅い公共団体、というか実際に実働部隊を出しているところの性犯罪対策は、もっとシンプルですね……君子、危うきに近寄らず。いや、この場合は、淑女、危うきに近寄らず、ですかね」
イスミさんが、分かった、と声を上げました。
「夜……夜中に外出は控えましょう、とか、いかがわしい繁華街でウロウロするのはやめましょう。そして、ヤバいと思ったら、即、逃げましょう」
「パーフェクトです、イスミさん」
さらにつけ加えれば、これら公的な防犯団体相互でも、防犯手段ごとに、それぞれニュアンスが異なるようです。警察やその系統の防犯団体は、ひたすら「逃げるな近づくな」「どうしようもない時には助けを呼べ……もちろん警察への通報だけでなく、防犯ブザーを慣らせ」「コンビニでも何でも、人がいそうなところへ駆け込め」……とかを、ひたすら推奨している感じです。これが、女性運動・フェミニズム団体とかになってくると、護身手段で身を守りなさい……なんていうのが、加わってきます。さらに、スタンガン、警棒等の護身グッズの携行を推奨したり、そして使い方を教えたり……そう、ズバリ、護身術・武道のたぐいを伝授したりします。けれど、どんな種類の防犯団体を調べても、鉄のパンツをはかせる、という方法を推奨しているところは、ありません。
ショート君が、慎重に言います。
「……昔は、この手のパンツを作る素材として鉄しかなかったから、じゃないでしょうか? 今は、鉄より軽くて丈夫っていう素材が色々ありますよね。たとえば、野球の硬球の糸として使われているケブラー繊維のようなモノとか」
「……さすが、元野球少年だけありますね。目の付け所が違う。でも、そーゆーことでもないんですよ」
「と、言うと?」
「性犯罪と聞いて思い浮かべる事象の、現実とイメージの乖離が理由じゃないか、というのが、私の感想ですね」
「なんだか、抽象的で……」
「分かりますよ、イスミさん。じゃあ、具体的にいきましょう。まず、私たちが一口に性暴力と呼んでいる事象を、2つのプロセスに分けます。
(ⅰ)性犯罪性・暴力 (ⅱ)性犯罪性・性暴力
この2つです。(ⅰ)性犯罪性・暴力のほうは、性犯罪の中でも、ピンポイントな性暴力……ずばり、チンコをマンコにツッコむという、そのもの行為以外の行為を指す言葉として、使います。他方(ⅱ)性犯罪性・性暴力のほうは、挿入そのもの……まあ、未遂も入れてもいいかな……レイプという行為の本文の部分を指し示す言葉、ということになります」
「ちょっと海碧屋さん、あまりにも下品という生々しい言葉は……」
「中学生もいるのだから、使うべきでない、ですか? 言いたいことは分かりますよ、てれすこ君。もう少ししゃべると、下品ゾーンは抜けますから。ええっと。これらの専門用語を提案したときにも言いましたけど、この2つの言葉はレイプという事象を2つのプロセスに分離するための言葉です。はじめに(ⅰ)性犯罪性・暴力があって、次に、というか最終的に(ⅱ)性犯罪性・性暴力がくる。具体的に、というか生々しく言い直すと、レイプ魔が女性を犯そうとする時に、まず、その女性を殴るなり蹴るなり無理やり脱がすなり、加虐行為によって、抵抗力を無くした上で、チンコを挿入するという行為に及ぶだろう、ということです。
肉体的・物理的な暴力が、言葉によるものになったり、金銭によるものになったり、法律慣習の悪用になったりと、バリエーション豊かになることはあるでしょうが、それも形を変えた(ⅰ)性犯罪性・暴力の一種であって、レイプの時には必ず、最初にあるプロセスには、違いありません」
「例外は?」
「例外は……たぶん無いと思いますよ、てれすこ君。何らの一切の加虐に及ばないで、となると……当の女性がパンツもズボンもスカートも脱いで、大股開きをして、レイプを待っている……という、奇妙奇天烈な話になってしまいます。そう、認知の歪んだレイプ魔が考えそうな、構図です。ちなみに、睡眠中を狙ったり、催眠術をかけたり、なんていう作為も、同じシチュエーションの……性犯罪性・暴力の範囲です」
「うーん」
「万が一、本当にノーパンで大股開きで男を待っている女性がいたとしたら、それは既に強姦ではなく、和姦の一種である、となるでしょう」
「海碧屋さん、続きを」
「ええ。こうして、プロセスを2つに分けたのは、他でもない、私が今想定している性暴力対策が、プロセスのどちらに比重をおくかで、キツチリ分けられると考えたからです。警察系・女性団体系の、実際に実行部隊なんかを出しているほうの対策は、(ⅰ)性犯罪性・暴力を防ぐことに重点をおいています。他方、鉄のパンツは(ⅱ)性犯罪性・性暴力対策のみ、ということになります。
警察系・女性団体系が(ⅰ)性犯罪性・暴力対策に重点をおくのは、ある意味、当たり前です。マンコへの挿入という、最終的な暴力がなかったとしても、その前段階で殴る蹴るされれば、相応の被害が出るというのは明らかですから。日本でならケガ段階までですけど、海外のニュースなんかを見ていると、インド等、特に被害がキツい地域では、殺害されたり、なんて場合もありますね」
「鉄のパンツだって、例えばスタンガンや警棒との併用とかにすれば、役立つのでは?」
「いい観点です、イスミさん。でも、そこまで用心深いなら、最初っから危険地帯に近づくな、という話なんでしょう」
「ふーん」
「この鉄のパンツの話を始めた時に話したように、鉄パンツは漫画や小説のようなフィクションでなら、需要があります。鉄パンツを物語に登場させる作者さんたちは、十中八九、こういう鉄パンツそのもののフィクション性を承知の上で扱っていると思われますが、中には、ひょっとして、本気で、この鉄パンツの効果を信じている人がいるかもしれない。だとしたら、現実より言葉のイメージに引きずられて、これが役立つと、思い込んでいるんではないか」
「海碧屋さん。もっと具体的に」
「暴力にも色々な種類があるということです。単純な喧嘩から強盗まで、刑法に載っているのも載っていないのも含めて。その中で、レイプというと、この性暴力にしかない特徴、チンコをマンコに突っ込むという行為をまず思い浮かべてしまうのではないでしょうか。そして、この特有の暴力イメージに合せて、やはりイメージ的な、短絡的な解決方法を考えだしてしまう……すなわち、鉄のパンツです」
「そうか。殴る蹴るがあるのを、忘れちゃうってことか」
「ま。簡単に言うと、そういうことです、イモちゃん。近視眼的に、インターコースの部分しか見なくなる、ということです。さらに言えば鉄のパンツが重くて冷たくて、実用には耐え得ないだろう、という点も忘れちゃう、ということです。で、対策」
「対策?」
「ウソをウソと見抜けない人が、インターネットをするのは難しいっていう台詞、聞いたこと、ありませんか? 鉄のパンツも同じことです。ネタであってフィクションと心得ている人が、鉄のパンツの物語を楽しんだり、実際に、その現物を作ってみたりするのは、アリだと思います。これ、ウソをウソだと見抜いて楽しんでいる人のケースですね。でも、本当にレイプ対策として、こーゆーのがアリなんだと思い込んでしまう、想像力の足りない人たちも、いる。で、この人たち向けに、何か対策……というか、ネタバラシみたいなのがあって、しかるべきだと思うんです。ま、この場合、ウソをついたほうが悪い、じゃなくて、騙されたほうが悪い、になっちゃうんですけど。こんなウソで騙されるヤツがいるのか、というレベルのウソなわけで、目を覚まさせる方策はそんなに難しくありません。具体的にどーするかと言うと、ネットに『鉄のパンツ』をテーマにしたブログを開設しましょう、です」
「わざわざそこまでする理由は……」
「その、鉄のパンツが実際に役立つと思い込んじゃう人は、私たちが思っているより、将来、レイプ対策に貢献する人じゃないかと、思うんです」
知識不足・想像力欠如・対策の実際への不見識等で、フィクションをノンフィクションと思い込む過ちを犯しちゃったものの、性犯罪を憎み撲滅するという意思・情熱は、確かにある人たちではないか、と思うわけです。たとえば、思春期に突入したての女子中学生たち……実際にセクハラや性的イジメの当事者になったり傍観者になったりして、真剣に性暴力を憎み、対策を考えようとする有志さんたちなんかが、考えられますね。彼女たちが「鉄のパンツ」類似のアイデアを出したとき、最初のリアクションはどうなるでしょうか? 友達に話す、親しい先生に話してみる……そして自分のアイデアがどれくらい斬新か、有効的か、調べてみたくなるんじゃないでしょうか。今は中学生だって、スマホを持っている時代でしょうし、「鉄のパンツ」とグーグルで調べるのは、図書館等に行くより、手っ取り早い手段です。
で。そういう早熟の……たとえば、青パト自警団のタマゴさんたちに、彼女たちに一番必要な情報を与えるのを目的として、ブログを用意しておくのです。導入は「鉄のパンツ」物語や類似品の紹介……まあ、ガラスのパンツでもケブラーのパンツでもいいんですが……したあと、現実になされている性犯罪対策を教授して、最後には参考文献や研究者先生・実働部隊への誘導、みたいな感じで、まとめる。通り一遍のものでも、用意があるのとないのとでは、かなり違いが出るのでは? と思います。こういうネタバラシがなければ、「鉄のパンツ」を調べて出てくるのは、フィクションのものばかりで、間違った思い込みを強化するだけになっちゃうんじゃないか……と思うわけです。
「なるほど。分かったような、分からないような」
「まだ、説明の本編にいってないんですよ、イモちゃん」
今、プロセスの後半部分(ⅱ)性犯罪性・性暴力に関する、あれやこれやを話しました。
今度は前半部分(ⅰ)性犯罪性・暴力について考えます。
お話する前に、まず、数学から、懐かしの専門用語を拝借してきます。
必要条件・十分条件、というヤツです。
もちろん、数学的に厳密な定義をそのままあてはめて……というわけではなく、対策としての過不足はどーなっているのか? という分析の助けにするためにする、拝借です。
「対策としての過不足?」
「ここのところの解説をする前に、一言。防犯団体における警察系・女性団体系という区分の仕方について、です。説明を単純化・図式化するために、あえて消極的対策……『逃げる・近づかない』系統のを警察系と呼称し、逆に、積極的対策『スタンガン・警棒・武道系護身術による逆襲』系統を、女性団体系と呼ぶことにしているのです。いわば、お約束というヤツです。当たり前のことですが、本当は、こんなにキレイに割り切れることなんて、ありません。実際には、警察系の防犯団体でも、護身用グッズの使い方を伝授したり武道を教えたりするところはありますし、女性団体系のところでも「キケンに近づくな」という、基本中の基本なアドバイスは、口を酸っぱくして言っていることでしょう。再三強調しますが、これは解説を簡単にするためのデフォルメなのです。ですから、いちいち『実際の警察系防犯団体は、護身術もやるよ……』等々のツッコみは、ヤボな物言いですよ、と断っておきます。まあ、色々承知の上で、大雑把な区分をしてるんですよ、と」
「はあ」
「で。どーして警察系実働部隊は『逃げるな、近づくな』を推奨するのか。それは、護身用にと準備した……例えば、スタンガンとか警棒とかが、逆に女性を襲う場合に使用される、そう、悪用されてしまう可能性があるからです。スタンガンにしろ警棒にしろ、当該女性の手に渡るまでは、どこからか購入するというのが普通で、つまりカネさえ出せばレイプ魔の人たちも、襲われる側と同じ武器を手にすることが可能だということです。人間関係を利用して、せっかく女性に支給した護身用グッズを、男性陣が取り上げてしまう、なんていう可能性だってあります。本末転倒です。護身用に武器の携行を推奨するということは、それだけそのマーケットの拡大深化に貢献する行為であって、入手し易さを促進させるんだ、ということも言えます。
これが護身術の場合、当該武道ごとの倫理教育が悪用のための歯止めになってくれるでしょう。しかし、どんな道場にも不心得者がいるわけで、破門されたり単に辞めてしまったりした者まで、倫理教育をいきわたらせるのは……あるいは歯止めを維持させるのは、容易でないと言えましょう。
こういうことは充分承知の上で……つまり悪用の可能性を考えれば、『個々の女性』は守れても『女性全体』の福音にはならないような方策なのに選ばざるを得ないとすれば、それは、その女性団体系統防犯部隊が、危機感を抱いているから……それだけ切迫した『当事者性』があるからだ、と言えましょう。他方、警察系は、その使命から、個々の事件以上に、事件が起こらないような社会づくりに貢献せねばならず、こちらは『治安維持』第一からの選択だと言えましょう。
しかし、いくら『逃げるな・近づくな』と言っても、人々が生活する上で100パーセントそういう決まりを守り続けるのは難しいわけで、時には夜の繁華街に出かけるような場合もあるでしょう。また、逆に、真昼間の市街、誰もが安全だと疑わないようなシチュエーションで、悪漢に襲われてしまうことも、あるかもしれません。この手の直接対峙の場合、『逃げろ・近づくな』という方策は無力であって、暴力を止めるための暴力が存在しないと、どーしよーもないという場面だって、あるわけです。
で。ここまで語ってきたことを整理するのに、先ほど述べた必要条件・十分条件という用語が役立つのです。
まず、女性団体系統の対策、護身グッズ・護身術。
悪漢の直接攻撃を撃退するには、必ず必要になる……つまり、必要条件は満たしている。でも、女性全体を守るという点からは、不十分な対策である。つまり、対策の悪用可能性がある限り、これは十分条件を満たしてはいない、と言える。
次に、警察系の対策、『逃げろ・近づくな』。
悪漢に直接対峙しなければ事案も発生しないわけで、女性個々人の全てがこの教えを忠実に守れば、確かにレイプが発生しないという意味で、十分な対策である。しかし、偶発的でやむを得ない事情等があったり、悪漢のほうが悪賢く巧妙であったりした場合、逃げも隠れもできないケースだって、あるに違いない。そういう万一の時に必要な武力・抵抗力の習得携行ができていないという意味で、これは必要条件を満たしていない。
ここまでまとめると、
護身グッズ・護身術系……必要条件〇、十分条件✕
『逃げろ・近づくな』系……必要条件✕、十分条件〇
では、各々の欠点を補うような対策はないのか?
必要十分条件を備えている、という対策は?
『逃げろ・近づくな』を基本とした必要十分条件な対策は、後で述べることも、あるでしょう。
護身グッズ・護身術を基本とした必要十分条件対策は、要するに、悪漢に全く利用できないような形の護身術の考案となります。
で、こういう脳内完結の思考プロセスを得て、できあがったのが『アダマンタイトのパンツ』というわけなのです」
「わ。いつの間にか、元に戻った」
「まあ、空からアイデアが振ってきて、突然できました、という形で考えたわけじゃなく、『鉄のパンツ』というアイテムから、地道に考えてきた結果なんですよ、ということが言いたかったんですよ、ショート君。
ええっと。補足のために、また少し外部の力を借ります。
集英社から出ている大人気漫画『ドラゴンボール』のことは、君たちなら説明いらずで良く知っていると思うんですけど、その中に人々の戦闘力を測ることができる便利グッズ、スカウターというのが出てきます。モノクルのサングラスみたいなそれを着用して、視線を向けると、相手の戦闘力が数値になって現れるのです。
で、このスカウターがあったとして、各々の護身グッズ・護身術に照らし合わせてみた時、どれくらい数値が上がるのか、という話です。『アダマンタイトのパンツ』『レイプバスター』以外のすべては、一応、習得したとき、対男性・対女性すべてに対して同じ数値ずつ戦闘力が上がるでしょう。で、実は『レイプバスター』のほうも、若干の数値の違いはあれど、対男性・対女性の双方に対して、戦闘力の数値があがってしまうのです。たとえば、柔道剣道で、段位習得によって『対男性+10、対女性+10』となる時、『レイプバスター』なら『対男性+15、対女性+5』という具合に。ここで、注意して欲しいのは、対男性用に考案されたはずの護身術『レイプバスター』が、実は女性への攻撃の際にも、一定の有用性を持ち合わせてしまうという事実です。ネーミングを最初に紹介した時に述べたように、『レイプバスター』と『アダマンタイトのパンツ』では、同じ性暴力対抗護身術として開発されたのに、明確に技の種類に違いがあります。例えば、双方とも金的蹴りはOK、というか大いに推奨されていますが、『アダマンタイトのパンツ』のほうが、胸部への攻撃禁止なのに、『レイプパスター』のほうは、胸部への攻撃OK、とかです。
これはもちろん、習得予定者が女性だけで、暴力を向けるのは対男性のみを想定しているからなんですが、この女性オンリーを男性が何らかの形で習得してしまった場合、効果は限定的になるものの、やはり悪用されてしまう可能性がある、と言う事です」
「レイプ退治のために考案されたのに、なおも悪用……」
「そういうことです、イスミさん。ちなみに、スカウターの話に戻れば、『アダマンタイトのパンツ』習得時に置ける数値の増加は、『アダマンタイトのパンツ』がその理念通りの効果を発揮したとすれば、『対男性+15、対女性+0』とかいうふうになるでしょう。
で。
教訓を3つ述べておきます。
一つ目。私は今『アダマンタイトのパンツ』を説明するために、代表的な護身グッズとして警棒やスタンガンを上げました。今後とも、性暴力対策として、『男性をやっつける』という謳い文句のグッズが出てくることでしょうけど、それが本当に効果があるか? 確認は念入りに、と言うことです。対男性に効果があって対女性に効果がないグッズが出たとして、従来品と比べて良くても、それが最終解決に至ってない可能性は高い、ということです。
二つ目。解説の中でも触れましたけど、『個々の女性』を性暴力から守る方策と、『女性全体』を性暴力から守る方法論は違うであろう、ということ。スタンガンや警棒の解説で述べたように、女性一人一人の護身ために普及したグッズが、悪漢の手に渡って治安を悪くする、なんていう例です。『個々の女性』の集合が『女性全体』だろうというツッコみは確かにその通りではあるし、文脈によっては等しく扱ってもOKなんでしょうけど、逆に、『個々の女性』向け対策と『女性全体』向け対策が相反する場面も、無きにしもあらず、ということです。防犯団体……私が所属している青パトでも何でもいいんですが……自らの立ち位置と、一体何を守ろうとしているのか? という意識を忘れてはいけないんではないか? と思うのです。
三つ目。情報の非対称性について、です。
『アダマンタイトのパンツ』には、あえて指摘しないでおいた暗黙の前提が、幾つかあります。
例えば、性犯罪性・性暴力を加える前の前段階の暴力は、肉体的物理的暴力のみを想定していること。言葉による脅し、脅迫、金銭や薬物や制度の悪用などは、とりあえず想定の埒外としています。また、性犯罪事案にかかる全ての人……性犯罪者・被害者・防犯部隊等、全ての人が等しく、性犯罪に関わる情報を共有している、という前提で話をしていること。私がこの条件を引っ張ってきたのは、経済学における完全競争市場の成立要件の一つからで、少なくとも護身グッズ・護身術をめぐる話では、厳密な形でないにせよ成立しているだろうと思ったからです。この全プレイヤーが情報を共有していることの意味は、情報が不均一・非対称にしか知られていない場面を考えれば、簡単に明らかになります。たとえば『アダマンタイトのパンツ』と『レイプバスター』の比較で考えてみましょう。まず、必要十分条件を満たしている『アダマンタイトのパンツ』に対して、『レイプバスター』のほうは十分条件を満たしてないよ、という話をしました。でも実はこれ、男女全ての人が、我が女装護身術についての完璧な知識を持ち合わせているんだよ、という前提があって、成立する話なのです。仮に、ここで、女性のみが『レイプバスター』の知識を持ち合わせ、男性には全く『レイプバスター』の全容が知られていない場合について、考えてみましょう。男性のほうは、知識がない、イコール、習得もできませんから、これを対男性に使えないだけでなく、当たり前ですけど、女性向けにも使えない、ということになります。すると、潜在的な暴漢が悪用できないという十分条件が満たされることになるので、性犯罪対策については、『アダマンタイトのパンツ』同様、必要十分条件を満たした性犯罪対策となるのです」
「それって、他の護身用武道やグッズにも言えますね。例えば、スタンガンの存在が女性のみに知られていて、入手や保管の手段も女性のみに限定されていれば、必要十分条件を満たした、完璧な性暴力対策の手段となる」
「その通りです、イスミさん」
「そもそも、ヤバい場所やヤバい男についての完璧な知識があれば、そんな場所や男に近づきさえしなければいいんで、警察系部隊の提案する、『逃げろ・近づくな』も、必要十分条件な解決法に、限りなく近い方策になるんでは」
「パーフェクトな返答です、イスミさん。……ええっと。理想はイスミさんの言う通りです。そして、現実。情報戦の理想は、女性のほうが、より重要で役立つ知識を、男性より多くもっている、そしてその活用法についても心得ている……ということになるんでしょうが、悲しいかな、現実には、その逆のパターンが余りにも多い。例えば、オシャレな居酒屋で毛色の変わったお酒を女性に飲ませて酔わせて、不埒なコトに及ぶ、なんていうパターンが。男のほうがこっそり睡眠薬をお酒に混ぜて……なんていう言語道断な犯罪だけを言ってるんじゃ、ありません。甘くて飲み口がいいのに度数が高いお酒の知識を、男性のほうが豊富に持ち合わせていて、女性のほうが無知なために、ベロンベロンになるまで飲ませられる……なんていうのも、そのパターンでしょう。この場合、女性のほうが酒の種類とアルコール度数についての知識があれば、男の薦める酒に用心深くつきあうことができるでしょうから」
「……『アダマンタイトのパンツ』は、肉体的な暴力オンリーへの対抗手段だけれど、情報戦は、もっと手広く防犯に役立ってくれそうですね」
「ええ。情報戦はちょうど、『鉄のパンツ』の真逆の立ち位置にいる防犯手段だろうなと私は思っています。『鉄のパンツ』は前に言ったように、人口に膾炙してはいるものの、リアルでは役立たない。逆に情報戦は、リアルの防犯部隊でもフィクションの防犯物語でも、全くと言っていいほど語られないけれど、防犯手段としては最大最強で、とにかく活用しがいがある」
「じゃあ、最初から、『アダマンタイトのパンツ』なんて言ってないで、その、情報戦の話をすれば良かったんでは?」
「そしたら、公明正大にショート君を女装させられないじゃ、ないですか」
「えっえー」
「冗談ですよ。警察系・女性団体系でも、情報戦が大々的に推奨されていないのは、実際的な活用の難易度が高いからでしょう。女性にだけ、性犯罪対策に役立つような知識を授けようととしても、それは、いずれは男性側に漏れてしまう。情報の秘密保持が難しいのは、何も防犯に限った話だけではなくて、企業の営業秘密から、個人のパソコンのハードディスクの中身まで、様々ありますから」
「じゃあ、情報戦は、性犯罪対策に利用できない?」
「今現在、有効的な情報戦があるとして、それは情報の非対称……女性は知っているけれど、男性は知らない……を理由したものではなく、社会の防犯部隊等のやっている広報戦略くらいのものでしょう。私も、情報戦が最強というところに思い至ってから、なんとか非対称を利用する方策を考えましたけど、これが存在、難しい」
「性犯罪対策教室みたいに、どこかに女性だけを集めてレクチャーするなんてという古典的な方法じゃなくて、インターネットを利用した、たとえば女性だけのチャットルームを開設するとか?」
「そのチャットルームに参加した女性が、家族・知人の男性に漏らせば、結局同じことでしょう。その手の女子会方式が成功させるには、どんな場を利用するか、というよりも、参加メンバーの人間関係のほうが大事でしょうから。学校の教室で女子だけ集めて先生から話す方式よりも、仲良しい女子グループが学校・裏サイトのような秘密結社で話すほうが、情報漏洩しにくい」
「それは、まあ……」
「心あたり、ありそうですね。イモちゃん。私が、この情報戦……特に非対称を利用するとすれば、たとえば、魔法少女の妖精マスコット方式をつかうかな、と思います」
「魔法少女?」
「漫画やアニメにあるじゃないですか。普通の女の子が魔法少女になるきっかけの、不思議な存在ですよ。ほら、『ボクと契約して、魔法少女になってよ』とか誘ってきて、その後は一緒に敵と戦ってくれる」
「はあ」
「もちろんリアルの妖精なんているわけじゃないですから。たとえば、スマホのアプリとして、色々相談にのったり、だべったりしてくれる存在として。GPSで情報発信して、当該『魔法少女』が夜の繁華街、居酒屋なんかに行くときには、コレコレの酒は飲み口がいいけれど、アルコール度数が高い酒だから気をつけて……とか、アドバイスしてくれる、わけです」
「帰り道、こっちは暗がりで、過去性犯罪があったから通らないほうがいいよ、とか?」
「ま。そんな感じですね」
妖精マスコット・アプリをダウンロードできるのが、女性だけに限定し、情報提供を、事案が起きそうな場面の少し前だけにするとすれば、情報漏洩を最小限にできる。
「いいじゃないですか」
「それが、ダメなんですよ、てれすこ君。今いった場所に関する情報提供はできますけど、対人関係……例えばデートレイプを防ぐために相手が何を考えているか、なんてのは、全く知らせることはできません」
「そりゃ、そうか」
「GPSで、というのも、場面によってはやりすぎになる。登山家が遭難対策につけるのとは、違いますから。居酒屋に行くくらいの所ならともかく、たとえばラブホテルに入ったらアプリが起動してデートレイプに気をつけてください……うんぬんしたら、イヤでしょう」
「ちょっと。海碧屋さん。中学生もいるんですよ」
「あ。てれすこ君。失礼。とにかくまあ、そういうアプリを作るのは……ひょっとして類似品は既にいくつもある状況かもしれませんけど……運用ともども難しいかな、というのが私の感想ですね」
「なるほど」
「いつかどこかで、もっと賢い人が、賢い方法論を開発してくれるのを、待ちましょう……というとところで、まず、護身術の中身編、終りです」
「中身編、終りッて……続きがあるんですか?」
「ええ。次は演習と想定社会編、です」
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