第3話 ヒロインのことも、忘れてません、よ

さて。

 オヤマ君、リリーさんの事件のことを書き連ねると、私たちが防犯活動にばかり熱心だったような印象になりますけど、とんでもない。イスミさんが来女(仙台に来るのが来仙なら、女川に来るのは来女と言っていいのでは?)して以降、私たちが精力的に彼女のサポートをしていたことは、銘記しておくべきでしょう。

 クルミ浜での海水浴の後、海上獅子舞に興味を持ったイスミさんは、ショート君に付き添う形で、太鼓叩きの練習に行きました。筋骨隆々の男性体型のイスミさんですが、モデルをしている美人だけあって、練習会場の番屋では、大歓迎だったとか。見学だけでは何だから……と実際に太鼓を叩かせてもらうと、その演奏が実にサマになったとも、聞きました。このまま港まつりの日までいて、当日船に乗ってくれと言われて、イスミさんは快諾したとのこと。

 もちろん本業のライフセービング教室開講に向けて、努力もしていました。てれすこ君がPTAに紹介して、中学校のプール監視ボランティアにつけるようにしてくれた、そうです。イスミさんがプールに行くときには、必ずイモちゃんが同行して、さりげなくライフセービングの宣伝もしてくれたらしい。美人でカッコイイお姉さんだけあって、イスミさんは女の子にモテモテで、イモちゃんが紹介した同級生たちは皆、救命教室参加を約束してくれたとのこと。

 皆の気が変わらないうちに……と、イモちゃんにせかされて、私は救命教室の会場を探すハメになりました。AEDの使い方や人工呼吸のやり方自体は、別段、浜辺やプールサイドでなくとも教えることができるということで、行政区集会場を押さえることになったのです。浦宿一区、二区ならツテがありましたけど、イスミさんの噂が消防警察にまで届き、最終的には、消防団浦宿班のポンプ小屋を借りることになったのです。

 女川で、ここ数年、この手の「水の事故」は起きてないものの、対策は大事だということで、親御さんたちのみならず、消防警察の方々からも好評でした。ちなみに、平成23年の大津波以降、学校主体でも救急教室はやっているとのことで、イスミさんはいささか複雑な表情になっていましたが。

 イスミさんの教室に参加した親御さんの一人が、裁縫の先生をやっていて、お礼にと浴衣を縫ってあげることになりました。せっかくだから、港まつり当日まで女川にいて、見物してから帰ったら、という親心です。イスミさんはありがたく申し出を受けました。そもそも海上獅子舞のチームに誘われていたのです。お祭りを楽しむ気、まんまんでした。が、そもそも、ライフセービング教室のメドがついたらすぐに帰るつもりだったとかで、じゅうぶんな着替えを持ってきてはいませんでしてた。私は彼女に屋号入りの海碧屋Tシャツをプレゼントしました。

 ズボンのほうは、イモちゃんが彼女を石巻に連れていき、買物してきたようです。安いスカートはいくらでもあったのに、作業着同然のブカブカのカーゴパンツを買ってきたと聞いて、いかにもイスミさんらしい、と思ってしまいました。

 イスミさんは最初に連れていったバー、シュガーシャンクがたいそう気に入ったようで、連日通いつめていました。最初の1日2日は、てれすこくんがつきあいましたが、その後は彼女一人で行っていたようです。巨体を担いでアパートまで帰るのはコリゴリだから、へべれけになるまで飲まないように……と、てれすこくんは再三釘を刺しました。アパートは目と鼻の先だし、途中、街灯が切れるところがあるわけじゃなし、と治安に心配がなかったてれすこ君は、イスミさんを基本放置していたようです。

 そんな彼女が襲われました。

 千鳥足で、てれすこ君のアパートに帰る途中、どうにもまっすぐに歩けない彼女は、ゴミ集積所にて一休みしました。生ごみの臭いで胸がムカムカし、ゲーゲー嘔吐している最中、後ろからいきなりズボンを掴まれてしまった、とか。ヒザまでズボンを脱がされたところで、イスミさんは金切り声をあげました。イスミさん同様、いい気分で帰宅途中のオッサングループが駆けつけてきて、尻丸出しの彼女を救ってくれたのです。


 オヤマ君、リリーさんときて、今度はイスミさんです。

 前2者の事件から1週間ほどが経過していたこともあり、イスミさんを襲ったのは、別々の犯人だと、私たちは考えました。しかし、当のイスミさん自身が否定しました。決め手は、リリーさんの時と同じ、桃の香りの香水です。男で、しかもいい年したジジイである私には、香水のかぎ分けなんて芸当、できっこありませんが、へべれけになっていたにもかかわず、イスミさんはその独特に香りをかぎ分けたらしいのです。

 事件の次の日、イスミさんは例によって我がプレハブ事務所に立ち寄り、事の詳細を語ってくれまた。私たちは、例によって鳩首会議です。

「……同一犯人だとして、犯人像が全然絞れませんね」

 美少年な男の娘と、70過ぎのお婆さんと、そして筋肉隆々のマッチョ女子。

「ババ専とかデブ専とかロリコンとかなら、捜査対象を一挙に絞れ込めるけど」

 てれすこ君が独り言のように分析すると、船大工さんが茶々をいれてきます。

「何。ストライクゾーンが広い男ってわけじゃなくって、単にイカモノ食い、変化球ばっかりが好きな男かもしれんぞ」

 斉副工場長が、冷静に反論します。

「オヤマ君がターゲットになってるんだから、男じゃなく、女の可能性もあるんじゃ」

 リリーさん襲撃は、犯人像を絞らせないためのダミー、という考えです。

 そう言えば、てれすこ君の遠い親戚、青梅さん・わらびさんも、ショート君という美少年につられて、女川にやってきたのでした。タカラヅカのスターのような雰囲気のイスミさんは女性にも大層モテる人ですし、可能性、なくはありません。

 喧々囂々、プレハブ事務所で小半時ほど、身のない議論をしました。途中、色気のない話で飽きたのか船大工さんが退席し、代わりにヤマハさんが加わりました。とにかく真面目な職人気質で、ワトソンにはなれる……探偵の忠実なお手伝い役にはなれるけど、推理そのものはさっぱりなんだ、と彼は白状しました。

「じゃあ、ここまでのお話、まとめましょう」

 てれすこ君が、テーブルに肘をついたイカリゲンドウポーズで、神妙に言いました。

 一つ目。この町には連続強姦魔が徘徊している。特徴は、オヤマ君が使っている香水の残り香?、桃のような独特の香りで、今のところ、それ以上の特徴は見つかっていない。

 二つ目。犯人像が全く絞れない。被害者の年齢・性別・特徴に全く共通項がないのが理由で、犯人が男か女かも区別がつかない。

 三つ目。少なくとも、港まつり当日まで、警察力に頼れない。りばあねっとの牟田口会長が商工会で強力に働きかけたのが原因で、消防団等の捜査協力も期待できない。

 そして、四つ目。

 何か類似の事件があれば、そのたびに海碧屋が白い目で見られてしまう可能性が高い。牟田口会長が、商工会の良心派(警察通報派)を黙らせるために使った口実が、「犯人はどうやら海碧屋の船大工なる不貞老人のようだ」という噂を流し、全面利用したためだ。

 わざわざ警察を頼まなくとも、海碧屋を見張っていれば、これ以上の事件はおきまい……というのが、牟田口会長の言い分で、当の船大工さんはもちろん、社長以下全社員が当面針の筵、状態で生活しなくてはならない……。

 副工場長も、ゲンドウポーズで言いました。

「商売に、大幅に差し支えるわねえ」

「ウチで預かっている形のイスミさんの活動にも、影響でるかも」と、てれすこ君もため息つきました。

「何よりかにより、犯人扱いされるのが我慢ならんっ」とヤマハさんもゲンドウポーズになりました。

 私も皆にならって、テーブルの上にヒジをつきました。

「解決策……いや、解決は全然しないんだけど、現状打破するアイデアなら、ありますよ」

「あらー。まー」

 工場長が、頭のてっぺんから抜けるような、甲高い声を上げました。

「護身術の道場を開くんです」

 てれすこ君が、拍子抜けという感じで、私のアイデアに疑問を呈します。

「それは、躰道とか剣道とか、今ある武道ですか? 会場の確保くらいはしますけど、指導者はどーします? そもそも、道場を開いたところで、何人くらい習いに来てくれるでしょうね?」

「一般的な……今ある既存の武道教室を開く気はありませんよ。誰もが一度は参加したくなるような、ネタ護身術をやるつもりです」

「へー」てれすこ君は、余計なことは一言も言わず、目線で話を促してきます。

「ズバリ。女装してやる護身術、です」

 ヤマハさんが呆れた声で言います。

「社長がやるっていうなら、協力するのにやぶさかでないけど、女の恰好をしてキックしろだのパンチしろだの言われて、やるヤツがいるかね。わざわざ女の恰好をしなくとも、キックはできるぞ。そもそも先だって、トイレで座り小便をさせるため、オッサンどもに無理やりスカートをはかせたあとだ、『またかよ』って非難ごうごうになるのは、目に見えてる」

「いや。ヤマハさん。いやいや・無理やりと言えど、オッサンたちが一度はスカートをはいて町なかをウロウロしたっていう事実が、大切なんですよ。不平不満を言うのと、抵抗が小さくなるのは別の話です。一度やったんだから、二度目のハードルは低くなる」

「そうかなあ」

 首をひねるヤマハさんを、てれすこ君がなだめます。

「とにかく、話を聞きましょうよ」

 副工場長が、一息ついたところで、冷蔵庫から麦茶を出してくれました。3リットル入りのデカいヤカンに作り置きしておいた代物ですが、従業員が皆で飲んでいただけあって、残りはわずかになっていました。

「大丈夫ですよ。私のポケットマネーで、アイスを買ってくるように頼んでありますから」

「誰に?」

 副工場長に返事をするまでもなく、そのアイスが到着しました。

「アズキバーにしろくま、いちご練乳でいいんですよね?」

 セブンイレブンの袋を両手に、ショート君とイモちゃんが、事務所に入ってきました。息子と娘の登場に、てれすこ君は面食らっていましたが「女装する護身術なんですよね、海碧屋さん。まさか、また、ショートを巻き込むとか……」

 露骨に不満顔のてれすこ君をなだめ、私は語り出したのです。

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