第14話
風が痛いほどに頬に叩きつけられてくる。
今冬一番の寒さで、しかも高さ数百メートルでは、寒くて当然だろう。だが、その高さはどんどん落ちていく。
奇妙な事に、自分がどうなっているのかは分かっていても、恐怖はなかった。
感覚がマヒしているのか、寒いはずなのだがそれもわからない。
(これは……助からないよね)
屋上にいる彼らが助けてくれる可能性に期待したいが、すでに五十メートル以上落ちている。
これだけ離れてしまうと、彼らでも追いつけないだろう。
そうでなくても、あのラスイルという天使は、助けに行くことすら許さないように思える。
刹那、何かが見え始めた。
両親、妹、たくさんの友達――水希もいる。
幼いころから、ごく最近までの記憶が、無秩序に、次々と浮かんでは消えていく。
(確か人間、死ぬ前にこれまでの事が見えるって、聞いた事があったっけ。走馬灯……だったかな?)
脈絡のない景色が次々に見える。
意識が引き延ばされているのか、見える光景と時間がリンクしない。文字通り極限状態かと思えたが、突然光景が切り替わった。
(誰……?)
見た事もない女性が、縄に縛られて引きずられていた。足には重石までついている。そしてそのまま、大きな
(酷い……死んじゃうじゃない、そんな事をしたら)
だが周りにいる人が止める様子はない。そこには、神父みたいな格好をした人までいるのに。
それを皮切りに、次々と映像が切り替わり、そのすべてで女性が殺されていく。
ある人は水に沈められ、体に焼けた串を刺され、あるいは火に焼かれて。
(ああ、そうか。これって魔女狩りだ)
前に歴史の本で読んだ事がある。中世にあったという魔女狩り。
悪魔と契約したと疑われた女性を殺害した忌まわしき時代。
確か疫病や不作などの不幸をことごとく魔女のせいにしたとかそんな理由だったか。
言うまでもなく、実際に人間にそんな力はない。
ただ、当時から妖怪が――超常の存在がいたとすれば、あるいはその存在によってっ本当にもたらされた不幸があったとしても、彼らが人間にそうたやすくやられるとは思えない。
それに、おそらくその頃に存在したであろうリージアはとても優しい魔女だと思った。長い年月の間に変わったのかもしれないが、あの優しさは最初からという気がするから、あるいはこの出来事には本当に心を痛めていたのかもしれない。
映像はなおも続く。
その光景は凄惨を極めていた。
目を背けたくても出来ないそれは、ある意味では拷問に近かった。
(酷いでしょう? しかもこれが、神の名の下に行われる。それが、私には視えたのよ)
突然響いた声。
それは、耳ではなく頭に響いてきた。
だが不思議と、違和感がない。
(誰……?)
(私は貴女。そして貴女が――私)
(貴女が……私のご先祖様?)
しばらくの沈黙――実際には刹那にも満たない――だが、それは肯定を意味していた。
(だから貴女は、教会に
(ええ。でも、それは教会の秩序の中では許されなかった。だから私は逃げて――そして彼が来た。でもまさか、あんな思い違いをするなんて――)
(思い違い?)
(ええ。水希さんが私と同じ魂の色を持っているのは事実。確かに彼女もまた、私の血を受け継ぐ人ではあるから。そしてとても低い確率の偶然で、彼女が私と同じ存在に、彼には見えるの)
(同じ、存在?)
(そう。彼の言う裏切りの天使。それが私。そして、貴女)
(私?)
(ええ。私の力が、数百年を経て受け継がれたのが――貴女なの)
その瞬間、意識が急速に現実に戻ってくる。
(じゃあ、水希は私と勘違いされて……それで殺されるって言うの!?)
再びの沈黙。だがそれは、肯定を意味していた。
(でも、どうしようもないの。私では、彼には勝てない。それは貴女も、何度も見てきたはず)
(だからって――)
そんな理不尽など認めてたまるものか、という気持ちが、心にあふれた。
そんな理由で、水希が殺されることなど、あってはならない。
まして自分の代わりなど、誰が何と言おうが、美典自身がそんなことは許せない。
(そんなこと、認められるわけがない――)
四肢に力を籠める。
現在の高さは百五十メートルくらいか。
人間である限りは、今のこの状況は絶対に助かるはずはない。
だが。
人間ではないのなら?
幾度も見た、光の翼で空を舞う夢。
あれが、もし自分の力の暗示だとしたら。
だがそれは、人間ではない自分を認めてしまうことになる。
今まで自分がいた場所――人としての自分を捨てるのか。
一瞬、家族、そして友人たちの顔が浮かぶ。
このまま死ねば――人間として死ねるのか。
だが、それは同時に、水希を見殺しにすることにもなる。
自分の代わりに彼女が殺される。
そんなことはあってはならない。
ならばどうするか。
その答えは、もう美典の中に存在していた。
自分の世界を、自分が人間であることを守るために友達を見殺しになど、できるはずもない。
確かに『声』がいうように、自分の力はあの天使に及ばないのだろう。
戻ったところで、やはり自分が死ぬ未来は変わらないのかもしれない。
だが、それは確定した未来ではない。
勝てそうにないからと言って、このままの結末を受け入れるなど――。
「そんなの、諦める理由になんてならない!!」
美典の中で、何かがはじけた。
その瞬間、ランドマークタワーの周辺にいた人々は、凄まじい光が一瞬あたりを照らしたのを見たという。
だがそれがなんであったのか、答えは誰も得る事は出来なかった。
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