第11話

 夜の幹線道路を、美典は高速でバイクを駆けさせた。


 水希の家までは、バイクなら普通に走っても十分程度。だが今、美典は制限速度をあからさまに超え、バイクを走らせていた。

 後日、よく警察に見咎められなかったと胸を撫で下ろしたものである。見つかったら、一発で免停になる速度だった。ついでに、事故を起こさなかったのも奇跡的かもしれない。

 わずか五分で、美典は水希の家に着いた。だが、家に灯りはついていない。

 もう眠ったのかもしれないとも考えるが、水希は基本、勉強するのは夜だ。


「水希!!」


 インターホンを鳴らし、反応を待つことなく門を通り、ドンドンと扉を叩く。だが、家の中からの返事はない。


「う……天城さん、かい?」


 反応があったのは、扉の脇の、植え込みの影からだった。


「誰……え!?」


 一瞬、目を疑った。そこにいたのは、人間ではなかったのである。

 暗いから真っ黒に見えるが、本来は青みがかった色の、つやのある滑らかな皮膚。体長は一メートル半ほどか。手足はなく、代わりにひれ。だが、そのひれは、先端が器用に丸め込まれ、その手に奇妙な形の長いもの――アニメか何かで出てきそうな光線銃のようなものが握られていた。

 そんな大きなイルカが、玄関脇に転がっていたのである。なんとも異様な光景だが、美典はその腹にある大きな傷に気付いた。

 それと、先日聞いた話が紐づいていく。


「えと……もしかして、綱島、さん……?」

「ああ、この姿じゃわからな……ごほっごほっ。す、すまない。水を持ってきて、かけてくれないかな……」


 一昨日までの美典なら、間違いなくパニックに陥っていただろう。だが、すでに事情を聞いている美典なら分かる。

 美典は急いで庭の水場にあるバケツに水をいっぱいにため、もって来た。


「かけてくれればいい。僕はその、こういう存在だから、水が乾くとダメなんだよ」


 よく分からなかったが、とにかく水をかける。すると、イルカは少しだけ元気になったように見えた。


「ああ、ありがとう……ところで天城さんは、篠崎さんを探しにきた……わけだよね?」


 美典は頷いて、それから事の異様さに気がついた。

 なぜ彼がここで怪我をしているのか。しかも、妖怪の姿を晒してまで。


「順を追って説明した方がいいね。僕たちは、君の話を聞いて、篠崎さんに妖怪が取り憑いている可能性があると推測した。理由は分からないけど、それもよくない妖怪が、だ。で、交代で彼女を警護しようとなったんだけど……」


 なんで相談してくれなかったんだと思ったが、彼らが美典に相談しなければならない理由はない。彼らは、妖怪が関わっている事件に対応するための存在でもあるのだ。

 むしろ、こんな無償奉仕とでもいえるようなことをしてくれているのだと思わされる。まして、こんな大怪我をしてまで。


「ほんとに、ついさっきかな。二十分くらい前。金髪の外国人みたいな奴が来て、篠崎さんは奴についていこうとした。僕は、オーラで妖怪を見分ける能力なんてないけど、でも奴はヤバイ、と感じて、それで呼び止めたら……」


 いきなり攻撃された、と言うことらしい。

 応戦はしたのだが、相手には水希がいたし、それに元々綱島は陸上で戦うのは得意ではない上に、相手は突然槍を出して接近戦を仕掛けてきたと言う。


「その人、ディオネル、とか名乗ってませんでした!?」

「ああ、確かそんな風に名乗ってた。篠崎さんの様子もおかしかったしね。僕が目の前で変身したのに、何も反応しなくて。何か、催眠術めいたものを使われていたのかもしれない。僕を倒した後、その男は車に篠崎さんを乗せて、行ってしまった……本当にすまない」


 昨日ディオネルを視たとき、彼のオーラは普通の人間と同じだったはずだ。だが、リージアのように妖怪としてのオーラを隠す能力があったのかもしれない。

 少なくともディオネルが普通の人間ではないのは確実だ。人間がいきなり、槍を取り出すなどありえない。


「二人は、どこへ!?」

「ごめん、分からない。ただ、儀式は聖夜に、最も神に近い場所で行う、と言ってたから……」


 神に近い場所――つまりは、天に近い場所。つまり高所。

 この辺りで高い建物と言えば、駅前にある高層マンションがそれだろう。だが、この近くにはそこより――いや、このあたりではどこよりも高い建物が存在する。

 ランドマークタワー。みなとみらい地区にある、日本でも最も高い建物の一つだ。ここからでも、車ならさほど時間はかからない。

 直感的に、美典はランドマークタワーだ、と思った。そしてこういうときの勘は、一度として外れた事がない。

 そして聖夜ということは、おそらく日替わりする時ということだと、なぜか思った。

 時計を見ると、現在は二十三時二十分。まだ時間はある。


「急いだ方がいい。僕も、すぐみんなに合流して、駆けつける」


 はい、と応じかけてから、美典はいくらなんでも彼(?)をここに放置していくのは気が引ける気がした。


「あの……一緒に行きます? その方が合流するのも早いし……」


 すると綱島は、イルカらしく「キュキュイ」と泣いて、首を振った。


「いや、その、申し出は嬉しいけど、この身体じゃ君のバイクには乗れないだろう?」


 意味が分からず、美典は首を傾げる。

 人間の姿に戻ればいいのではないかと思うのだが――。


「ああ、妖怪が人間の姿をとる事が出来ると言っても、全員が希佐奈さんみたいに服を保てるわけじゃないんだよ。僕の場合、今この場で人間形態になったら、ちょっと困った事になるからね」


 数瞬考えて、美典は顔を赤くした。なるほど、それは困る。


「分かりました。私はランドマークタワーに行きます。水希とあの男は、間違いなくそこにいます」


 確信をもって、美典は断言した。

 そして綱島の言葉を待つことなく、すぐにバイクに飛び乗り、発進させた。

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