第7話

「リンちゃん……だけじゃないけど、あまり出歩かない方がいいわね」

「む~」


 リージアの言葉に、リンは口をへの字に歪ませた。

 せっかく学校も終わって、クリスマス、正月と子供にとって楽しみなイベントに浮かれるのは、リンにとって基本中の基本だ。

 元々リンは、夏祭りや運動会といったイベントが大好きである。


 今年も、クリスマスは『宿場町』のみんなで祝おうと楽しみにしているのだが、そのための飾りつけなどを毎年担当している一人がリンなのだ。だが、街に出れなければ買うことも出来ない。

 だが、街は今天城美典が走り回っているという。昨日同様、リンを捜し歩いているらしい。


「ねえ。悠長な事言ってないで、ちゃんと説明した方がいいと思うよ、もう。それに、お姉ちゃんが何であんな必死になってるか、気にならない?」

「そうね……」


 確かに、美典の行動は妙だった。

 最初に見かけた時は驚きはしたものの、追いかけてなど来なかった。それが翌日にはうって変わって、リンを探し続けている。

 一応、『宿場町』のメンバー、及び近隣のネットワークのメンバーに警告して、彼女の目に入らないように――駅周辺をうろつかないように――してもらっている。

 彼女の目的は不明だが、こうなってくると素直に実家に帰るかすら怪しい。それほど必死に探し回っている。


「とりあえず、≪バロウズ≫の結論も待ちましょう。マスターが明日行くみたいだから」


 世紀末の大戦以後、関東一円に形成された巨大ネットワーク≪バロウズ≫。

 その中心は語学学校であり、実際人間の生徒も半数はいる。

 だが、もう半分は日本に住まうことを選択した妖怪であり、彼らに一般常識や言葉を教えるための学校でもある。

 大戦直後から、いくつかのネットワークの妖怪たちが協力して作り上げたネットワークで、この『宿場町』も≪バロウズ≫ネットワークの一部だ。


 薫は今日は別件でいない。明日には帰って来て、≪バロウズ≫で相談してくる、と言っていたので、『宿場町』としては、その結論を待ってから行動しよう、と決めたのである。

 美典の様子が尋常ではないことから、方針を転換して、年末を待たずに接触を図る方向で現在検討中だ。

 すぐに行動しないのは、彼女が危険な妖怪ではないという保証がないからだ。

 荒事になった場合、今『宿場町』の主戦力である綱島はゼミ合宿で、帰ってくるのは明日、波川は薫と共に行動している。

 とすれば、おそらく接触は明日または明後日だろう。


「さて、と。明後日の仕込みを始めましょう。リンちゃん、手伝って」

「うんっ」


 リンもとりあえず考えるのは止めた。元々苦手だ。ただ、新しい仲間が増える可能性には、少なからず楽しみに感じる部分があった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ぼふん、と。昨日と同じパターンで、美典はベッドに倒れこんだ。結局、一日探し回ったのに、少女は見つからなかった。歩いている、同年代と思われる子供に聞いてみたのだが、ことごとく外れだった。隣のクラス、という子がいたが、名前までは知らなかった。


「水希……」


 時計はすでに夜十一時をさしている。

 昨日の教訓から、今日は家に帰る前に食事を済ませてしまったが、味の記憶はない。

 夜八時ごろに、水希に電話をかけたのだが、その時彼女は勉強で忙しいから、と言ってすぐ切ってしまった。

 あとはひたすら空振りである。

 本当に、そんな少女を視たのだろうか、と不安にもなってくる。


 人の気配が視えるようになってきたのは、中学に上がってしばらくしたころからだ。最初は気のせいだと思った。


 だが、そのうちその視える『意味』がなぜか分かってきた。

 特に強くなり始めたのは、二ヶ月くらい前から、

 少し集中するだけで、すぐはっきりするようになった。感情が視える、というのは人の心を盗み視ているようで、最初いい気はしなかったが、慣れるとそこまでは視ないように出来たし、不思議ではあるが、なぜか怖いとは思わなかった。


 だが、あの少女のような気配を『視た』のは初めてである。

 同じ気配は一つとしてない。だが、道行く人々は皆、どこか共通したものを持っていた。あの少女以外。

 そして、その気配と同じ気配が、水希の両手足から感じられた。


 水希がおかしくなったのは、昨日からだ。一昨日は、どこか不安そうにしているところもあったが、いつもの水希だった。

 だが、一昨日、あの足に異様な気配を感じて以降、水希はおかしくなった。そして、その同じ気配を感じさせた左手の痣。おそらく、足にも同じ痣があるのではないか。


 勉強をしているというから、家に行くのはさすがに遠慮していた。だが、こうなってくるともう無視してもいられない。もしかしたら、変質者か何かに追いかけられているとか、あるいは。


 警察官の父を持つだけあって、悪い予感は次々に巡る。

 世界一安全な国と呼ばれていた日本だが、ここ最近の犯罪の増加とその凶悪化は、留まるところを知らない。つい先日も、あろう事か安全を維持する役目の警察官が殺人を犯していた。


 行った事はないが、第二次関東大震災で崩壊し、復興中の新宿では、麻薬や拳銃などが当たり前に――無論非公式に――取引されていると言う。インターネットなどでのウワサだが、ありえないとは言い切れない、と美典は思っている。

 そしてそれは、この街だって例外ではないのかもしれない。

 水希が、それらに――?


 水希の家は、両親がこの時期は遅くまで仕事をしている。彼女一人のところに、あるいは変質者が訪れたと言うのか。

 ありえない話では――ない。彼女の家は一軒家だし、注意していればこの時期、彼女しか家にいないことはすぐ分かる。

 一度動き出した考えは、どんどんと悪い方へ進む。


「……うん、明日、家に行ってみよう」


 一緒に勉強したっていい。英語以外は自分が彼女に教えられるものはないが、とにかく彼女とゆっくり話がしたい。

 そう決めてしまうと、少しだけ気が楽になった。

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