13・誰かの嘘
1
築垣に追って到着したのは、用務員室だった。
四畳半ほどの小さな部屋に、大量の道具類が凝縮されている。靴に作業服に脚立に木槌、ヘルメットもあるし木の板もある。それからペンキと
でも、散らかってはいなかった。
壁に貼り付けるように設置された棚にすべては整頓されている。真ん中には机があって、その脇に椅子がいくつか置かれている。机の上には湯呑みと
学校が嫌になった生徒が、いつでもここへ来て安らげるようにという配慮からであるらしい。橋本は用務員だから空けていることの方が多いが、その場合でも部屋へ入ってお茶を飲んでいるくらいならいいということになっている。
清潔とは言えないが、落ち着く部屋ではある。
「やあ、推理娘とその助手くん」
築垣が用務員室の戸を開けるなり、高橋は白い歯をのぞかせてそう言った。
「助手じゃないです」
「おっと、そうなのかい。まあいいや。とりあえず入ってそこに
高橋は湯呑み二つに茶を注いぎ、机の上に置いた。お茶が置かれた席に、俺と築垣は椅子に座る。
「で、どんな悩みがあるんだい」
悩みではありませんと築垣が答えた。
「訊きたいことがあってきたんです」
「ほう。ということはもしかして、またなにか推理をおっ
「まあ、そうです」
「いいぜ、どんなことだい? 答えられることなら答えてやるぜ」
感謝しますと築垣は言って、ひと口茶を
「高橋さん、今朝、美術室に行きませんでしたか」
「
「椅子のペンキを塗り替えに行ったんですね」
「よくわかったな、そのとおりだよ」
「それは、だいたい何時くらいのことですか」
「そうだなあ。よく覚えちゃいねえが、時間帯で言うなら――八時十五分から八時二十五分の間だな。つまり――」
朝の会が終わってから一時間目が始まるまでの十分間だと橋本は築垣の顔を見る。
「え!」
その不自然さに気づいた俺は、思わず声をあげた。その十分間、前半の五分は林田と詩織がともに過ごし、後半の五分は林田がひとりで過ごしていたはずだ。
――それなら。
なぜ橋本の出入りに誰も気づかなったのだろうか。
築垣の顔を見る。
築垣も俺を見ていた。
築垣はゆっくりと深く、一度頷く。それからまた橋本の方へ顔を向けた。
「ちなみに、椅子のペンキを塗り替えるのに、どのくらいの時間がかかるんですか」
「俺は職人の中でもかなりの腕利きだからなあ。五分もあれば充分だ」
「その間、誰か美術室の中にいませんでしか」
「いいや、誰もいなかったぜ」
ますます
とすれば嘘をついているのは――。
「それ以降、美術室には行きませんでしたか」
行った、行ったよとうんざりした顔で橋本は頷く。
「猿渡がね、今度は美術室の
だから
「それは、いつですか」
「一時間目の最中さ。一時間目は美術の授業がなかったからな。その間に行っといたよ」
「そのとき、魔の夜はありましたか」
「マノヨル?」
「猿渡先生の絵です。美術室の黒板の横に飾ってあった、あの赤い月が描かれていた絵です」
「ああ、あれか。あったぜ。それが、どうかしたか」
築垣は顎に指を添えて
しばらく
「もうひとつ聴かせてください」
「なんだい」
「今朝――朝読書が始まる前――詩織先輩に会っていませんか」
「詩織先輩?」
橋本は首をわずかに傾げてから、ああ、美術部のあの綺麗な娘かと言った。
「ああ、見たよ。だが別に言葉をかわしたわけじゃねえよ。たまたま廊下ですれ違っただけだけどな」
「それは
築垣は机に両手をついて、腰を浮かせた。
「どうしたんだ急に」
高橋は美少女の顔を見あげて
「そのとき、詩織先輩はどんな服装をしていましたか」
「服装?」
俺と橋本の声が重なった。
「服装って――」
いつも通り制服姿だったけどなと高橋は答える。
――なんだ、その質問は。
「高橋さん、ありがとうございました」
立ちあがったまま、築垣は一気に茶を飲み干し、俺に向かって、
「次は美術室に行ってみよう」
と、言うが早いか一人で飛び出していってしまった。
「おいおい、もう良いのかい」
高橋が呼び止めたときには、築垣の後ろ姿はすでに廊下の曲がり角へ消えていた。
「
高橋が、溜息を
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