10・暗雲
1
図書室へ
「
「で、話しってなんだ?」
林田が天井から俺へ視線を移す。横顔に刺さるその視線に、俺はなんとなく痛みを感じた。
「うん、それなんだけどな」
「おまえ、俺のこと恨んでないか?」
顔を正面に向けたまま、あえて林田を見ないようにしてそう訊いた。
「恨む?」
正面を向いているので林田の仕草は横目にしか見えないが、それでも首を突き出すようにして眉を寄せているのはわかった。
林田は首を
「なんで俺がおまえのこと恨まなきゃならないんだ?」
もともと、そんな腹芸のような真似はできない
さっきまではあえて正面を
「だってさ、俺は今回はじめて、おまえを抑え込んでレギュラーになったんだぞ」
「知ってるよ。良かったじゃんか。おめでとう」
「本当に、そう思ってるのか?」
「嘘つく理由がねえよ」
「そう――か」
――そうなのか。
俺だったら、レギュラーを奪われたらそんなふうに素直には思えないかもしれない。
「正直なこと言うよ」
また壁に背中を預けて、俺は下を向いた。どうしたんだよ改まっちゃってと林田が茶々を入れてくる。普段なら怒るところだが、今は自分の非を認めようとしているところだ。怒ることなんてできなかった。
「俺はさ、おまえのこと
「なんでよ」
「だって、馬鹿のくせにサッカーだけは上手くて、いつも俺の一歩前を行ってただろ。しかも、いつもレギュラーだよ。だからだよ。羨ましかったし――」
恨んだこともあったよと俺は告げた。まあ
「でもよう、なんでそんなこと言うんだよ」
「なんでって、そりゃあ――」
――なんでだろう。
あらためて考えてみるとよくわからない。
言葉に詰まっていると、おまえは
「真面目?」
「そうだよ。真面目だから、
「そんなこと――」
――いや。
そうなのだろうか。
そんなこともあるんじゃねえかなと林田は続ける。
「俺から見ればそんなのは罪でもなんでもないけど、おまえは罪だと思ってたんだろ。だから俺に打ち明けることで正直者ぶって、楽になりたかっただけなんじゃねえか?」
何も言えなかった。
正直であろうとすることは悪いことではないはずだ。では、なぜ正直でありたがるのかと言えば、潔白でありたいという欲求を満たすためだったのかもしれない。潔白でありたいのなら、その欲求を満たしたいという気持ちをも告げるべきだろう。
隠していたわけではないものの、それを告げなかった俺は、林田の言うとおり、正直者ではなく、正直者ぶった偽善者なのかもしれない。
それでもいいよと林田が言った。
「友達が楽になるならそれに付き合うのもまた、友達の役目だしな」
「おまえ――」
馬鹿な奴だとばかり思っていたが、林田の観察眼は案外鋭いのかもしれない。
「ありがとな」
そう言うのが精一杯だった。
「良いって良いって、気にすんな。そのかわり、今日の宿題の答え見せろよな」
いずれにせよ、林田は間違いなく俺の親友だ。
握手をした。
「ちょっといいか」
背後から呼びかけられた。
首をひねって後ろを見る。
猿渡が立っていた。なんですかと訊くと、きみじゃないと言われた。首を戻して林田を見る。
「じゃあ俺?」
林田が、自分の鼻先を人差し指の先で触っているところだった。視線がやや上がっているのは、俺の頭越しに猿渡の顔を見ているからか。
そうだきみだと猿渡が言った。
「林田くん。全部聞いていたよ。きみが犯人だ」
「何言ってるんですか」
俺は体を
「林田が犯人じゃないってことは、たった今証明されたばかりです。信じられないなら校長先生に訊いてみてください。その場にいましたから」
「勘違いをするんじゃない。きみを突き落とした犯人ではないのことは百も承知しているよ」
「じゃあ、なんですか」
「私の絵を破いた事件の犯人が林田だということだよ」
「は?」
林田を振り返る。
「俺が絵を破いたって?」
「そうだ。きみはずっと美術室にいたそうじゃないか。とすると、もうきみしか犯人はいないんだ。話を聞くから美術室に入りなさい」
猿渡は林田の腕を掴んだかと思うと、力づくで引っ張った。
「俺はそんなことしてねえよ」
林田は抵抗する。しかし大人の力には
「じゃあ、俺も行きます」
そう言うのがやっとだった。せめて林田の心細さを和らげてやろうと思ったのだ。
猿渡は一瞬動きを止めたがすぐに、
「好きにしたまえ」
と言ってまた林田を引っ張り始めた。林田はやはり抵抗する。その林田に俺は囁いた。
「大丈夫だ。猿渡が何を言っているかわからないが、事情を俺も聴く。それで例の探偵にまた相談してみるよ」
そうすればまた冤罪を晴らしてくれるはずだ。
「わかったよ」
理解してくれたらしい。林田は大人しく、猿渡に引っ張られるままに美術室へ入っていった。俺もその後を追った。松葉杖をつきながら、遅い足で。
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