9・下衆の勘繰り
1
「ピエロの絵は幻想的なばかりではなく、社会風刺も効いていてよかったのに」
横を向く詩織に、猿渡は両腕を広げてそう訴えた。あれなら次のコンクールで必ず賞を獲れたぞとさらに力説する。
「何の話ですか」
猿渡の背後から、築垣が尋ねた。
「ん?」
猿渡は築垣を見て、大袈裟に遠ざかる。よほど今朝のことを根に持っているようだ。きみには関係ないよと猿渡は迷惑そうに言う。
「何の話ですか」
築垣は次に、詩織に訊いた。
詩織はちらりと築垣を見てから、猿渡へ視線を移し、そしてにやりと笑ってまた築垣に視線を戻した。そして聞いてよ築垣さんと
「私は美術部でコンクールに出す油絵を描いていたの。それでこの猿渡先生の指導に従って描くことになったんだよね」
詩織は猿渡の脇を抜けて築垣の横へ移動する。それを猿渡が首をまわして視線で追う。
詩織は続けた。
「それでコンクールで優勝する目的で、ほんのわずかに私の要望も入れてピエロの絵を描くことになったの。でも、私は単純に絵を描きたかっただけなんだよね。コンクールなんて関係なく。本当は風景画を描きたかったんだけど、風刺の効いたピエロの油絵を描くことになってさ、それはそれで順調に描けてはいたんだけど、なんだか――」
つまらないんだよねと言って、横目に猿渡を見る。
「つまらないって、きみ」
猿渡は口をぱくぱくさせる。そんな猿渡を
「だって、つまらないんだもん」
詩織は築垣越しに猿渡の顔へ視線をやった。顎をあげているのは猿渡を見下す気持ちの表れか。
「つまらないから、描き直してやったんだよ。ピエロの絵からフラミンゴの絵にね。動物が描きたかったから」
「描き直す? そんなことができるのか」
美術に
「正確に言えば描き直すっていうより、上から絵の具を重ねて塗るの。既存の絵の上に絵の具を置けば、同じキャンバスの上にまったく違う絵を載せられるんだよ。水彩画の場合は、下の絵の色が透けちゃうからそうはいかないけどね」
「講釈はいい」
猿渡が大きくため息を
「きみはどうして私に反抗するんだね。はじめは素直に言うことを聴いていたじゃないか。それなのに近頃は反抗ばかりしてどういうつもりかね。もしや――」
忍川の影響かねと猿渡は言った。
「聞けば彼とはいい関係だそうじゃないか。尊敬と愛は互いに影響するから。それで彼のようなことをするようになったのかね」
「
「仮に私が忍川に好意を抱いていたとしても、だからといって私は自分の描きたいものを我慢しようとはもう思いません。それに私が好きなのはのは忍川ではなく――」
詩織は林田の左腕に両腕を絡みつけ、猿渡を
「――林田くんです」
猿渡は目を丸くする。
「そう、なのか」
猿渡にそう問われた林田も目を広げて驚いた様子を見せていたが、すぐに胸を逸らせて、
「そうだよ」
と言った。猿渡は固まったまま二人を交互に見つめている。
「それじゃあ先生、私たちはこれで失礼します。絵を描き直すつもりはありませんので、これで」
行こ、と詩織は林田を引っ張るように出口へ向かう。
「僕たちも、行きましょう水沢先輩」
「あ、ああ」
俺も詩織たちに続くように美術室を出た。
出たところで、俺は林田に声をかけた。
「ちょっと、話したいことがあるんだ」
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