「じゃあ私も、そろそろ失礼するよ」

 鴨志田も美術室を去った。

「俺も行くよ。悪かったな疑って」

 大松が林田の肩を軽く叩く。林田のことを嫌う気持ちは若干残っているのだろうが、だからといって罪に陥れてやろうなどとは思っていないらしい。さすがは俺たちの部長だ。

「じゃあな」

 そう言って大松も出ていった。

「僕は――」

 僕は納得していないぞと大貫がわめいた。

「これで終わりなんてことはないよな。林田が犯人じゃないなら、誰が犯人なんだよ」

 俺の怪我を心配している――わけではなさそうだ。真犯人を突き止めたいという興味も正義感もないように見える。大貫はただ、自分の証言を否定されたことで自分の人格そのものを否定されたような気持ちでいるに違いない。築垣に詰め寄っている動機はおそらく――私怨だ。

「いえ、これで終わりです」

 肩を怒らせる大貫に対して、あまりにもあっさりと築垣はそう答えた。

「僕が受けた依頼は、あくまで林田先輩の冤罪を晴らすこと。水沢先輩を突き落とした犯人を探すとなると、筋が違います」

「そんないい加減な話ってあるかよ」

 築垣に掴みかかりそうになる大貫の手を、俺は松葉杖で止めた。

「よせよ。俺は別に真犯人が誰だろうがどうだっていい」

「でも――」

「築垣の言った通りだ。俺は、林田の冤罪が解ければそれで良かったんだ。被害者の俺自身がいいって言ってるんだから、おまえが築垣に文句を言う筋合いはないはずだぞ」

 ――気持ちはわかるが。

 大貫はしばらく奥歯を噛み締めて震えていたが、何かを吹っ切るように体ごと背中を向けると、大股で美術室から出ていった。

 ――これで。

 これですべてが終わったのだ。

 怪我が治るまでにはまだ時間はかかるものの、俺はこれまで通り林田と親しく接することができる。

「すべて終わりましたね」

 と築垣が言った。ああ、と俺は頷く。張り詰めていた緊張の糸が切れて、思わず息が漏れた。

「はじめは探偵なんてどんな変な奴が名乗ってるのかと思ったけど、頼んで良かったよ。築垣のおかげで、事件は解決した。ありがとう」

 とんでもない、と築垣は顔の前で手を横に振る。

「僕としてもはじめて探偵としての活躍ができて嬉しいですよ。僕の方がお礼を言いたいくらいです」

「活躍か」

 たしかに活躍してくれたが、自分でそう言うあたりがなんとなく築垣らしいとも思える。

「さすが探偵さんだね」

 詩織が言った。見れば腕組みをして首を傾げている。呆れ果てたとでも言いたげだが、顔に笑みが浮いているところを見るとそうでもなさそうだ。

「私も見直したよ、きみのこと。はじめは鼻につくと思ったし、今も鼻につくと思っているし、水沢の言うとおりかなり変な奴だとは思うけど、腕は確かみたいだね」

 築垣は腰を四十五度に折って、光栄ですと言った。

「もし困ったことがありましたら、いつでも僕のところへ来てください。僕は探偵部の部長の――」

 築垣麗です。

「それでは」

 築垣が背中を向ける。

 それとほぼ同時に――。

 猿渡が姿を現した。

 ちょうど美術室を出ようとした築垣と鉢合わせるような形になる。

 互いに一歩引く。そこで猿渡は、相手が築垣であるとわかったのだろう。眉間に皺を寄せてあからさまに嫌悪感をあらわにした。今朝、用務員の橋本と言い合いになっていたとき、夫婦喧嘩をしていると看破されたことをまだ根に持っているのかもしれない。

 猿渡は、築垣を避けるようにわざと大きく迂回をするように美術室に入ってくると、

「ここにいたのか」

 と言って詩織の正面に立った。詩織は左腕を右手で抱き寄せるようにして横を向く。そんな詩織に、猿渡が言った。

「なんでフラミンゴの絵になんて変えてしまったんだね」

 そして美術室の後ろを指差した。

 壁の横幅いっぱいに棚が設けられている。その上に、数多くの作品が並んでいた。一般の生徒のものもあれば美術部員の作品もある。完成しているものも未完成のものも、絵画も彫刻もある。

 その中に、鮮烈な赤の映えている絵があった。

 黒い背景に、片足を折り曲げたフラミンゴが描かれている。

「少なくとも朝読書より前まではピエロの絵だったのに」

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