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「例の――忍川先輩へのプレゼントのことなんだけど」
「まだ渡していません」
瀧本は一歩引いた。それを庇うように尾花が前へ出る。それはいいんだと築垣は言った。
「その中身が何かについては――」
「だから、それは教えたくないって言ったじゃないですか」
瀧本にかわって、尾花が抗議した。瀧本はその背中に隠れるようにして背中を丸めている。
そんな二人に築垣は
「ただ、もし言い当てることができたら、正解かどうかだけ教えてくれないかな」
「言い当てる?」
尾花は首をひねって背後に隠れる瀧本に向けて、そう言ってるけどどうしようと尋ねた。瀧本は――戸惑っているのだろう――眉を八の字にしてしばらく床に視線を落として黙っていたが、やがて、
「それなら」
と言って、尾花の背後から出てきた。それを見て築垣は頷き、くるりと体を回転させて林田に向き合った。
「さあ、林田先輩。ここが見せどころですよ。瀧本さんが用意したプレゼントの中身は何でしたか」
もし林田が犯人であれば、知ることのできない内容だ。林田は胸を反らせてその答えを言った。
「犬の彫刻」
束の間の沈黙。
「なんで、わかったんですか」
唇を
聴いていたからなと林田は両手を腰に当てた。盗み聞きしてたんですかと尾花が勇ましく片足を踏み出した。
「卑劣です!」
待って待ってと詩織が腕で尾花の前進を
「盗み聞きじゃないよ。聞こえちゃったんだって。二人がその話をしているときに、林田くんはたまたま
「そういうことだったんですか。じゃあ――」
しょうがないかなと背後の瀧本に確認する。瀧本は黙ったまま深く頷いた。
「僕からも訊きたいことがあるんだ」
築垣が前に出る。
「廊下にいたとき、どんな話をしていたか、教えてくれるかな」
「だから、犬の彫刻の話ですよ」
「その前後さ。些細なことでもいいんだ。どうして犬の彫刻の話になったのか、その話を聞いた後にどんな会話をしたのか教えてほしいんだ」
「前後?」
尾花は首を傾げて斜め上の虚空を見つめる。そのままの姿勢で、尾花はぽつりぽつりと語り始めた。
「瀧本さんが忍川先輩に好意を抱いていることは前から聴いていました。今日はいきなり、
でも渡す勇気がないと瀧本は言ったという。
「せっかく持ってきたのに渡さないんじゃ
犬の彫刻を用意してきたと瀧本は告げたそうだ。
「姿勢を低くして威嚇している犬の姿を、消しゴムを削って創ったんだそうです」
ちょっといいかなと築垣が止めた。
「始めに言った、裸出歯鼠と迷ったっていうのはなんのことなんだい?」
「ああ、それはなんの彫刻を作るか迷っていたという話です。犬にするか、裸出歯鼠にするかで迷っていたけど、結局犬にしたという話でした。裸出歯鼠は印象に残る見た目だけど、人によっては気持ち悪く思うからって――」
そういう話だったよねと尾花が言うと、余計なこと言わないでよと後ろから瀧本が尾花の袖を引っ張った。ごめんと尾花は苦笑いを浮かべながら詫びる。
「そのあとは?」
築垣が続きを促した。
「そのあとは、なんで犬なのかって話とか、いくら自分が犬が好きだからってそれを相手に贈るのは単なる好みの押しつけだとか、でもほかに用意しているものがないからしょうがないんだとか、いろいろです」
ほぼ――林田が証言した内容と同じだ。
「ちなみに、どのくらいの時間、それについて話していたかな」
さらに築垣が問う。
「四分五十六秒です」
「ずいぶんはっきり覚えているね」
「先月、私はお父さんから時計をもらったんです。誕生日プレゼントとして。これがすごく正確なので、最近は何かっていうと時間を図る癖がついていたんです」
尾花は自慢げに左腕をあげた。
その細い腕に、何かが巻き付いていた。一見ミサンガかと思ったが、よく見ると違う。丸い部分が見える。あれが時計なのだろう。
いい時計だねと築垣は褒めてから、
「以上です」
と話を締めくくった。そして人差し指を立てた手を頭上に高々と掲げて、全員に背を向けた。そして遠ざかりながら語る。
「水沢先輩が階段から突き落とされたのは朝の会の終わりから一時間目が始まるまでの十分間のことです。その時間、林田先輩は前半の約五分を美術室で詩織先輩と過ごし、そして残りの五分で、瀧本さんと尾花さんの内緒話を聞いていました。美術室内で聞いていたとは断定できませんが、少なくとも音楽室前の階段へ行っている余裕はなかったと証明されました。よって――」
林田先輩は無実です。
そう言って、中庭とは反対側の窓際へ到達した築垣はこちらを振り返った。
「素晴らしい!」
鴨志田が手を叩いて笑みを浮かべた。
「きみ――築垣さんだっけ? なかなかやるじゃない。きみの言うとおりだよ」
うん、と鴨志田は頷く。
「これだと林田くんを責めることはできないね」
鴨志田は林田に向き合ってその
「よく分かんねえけどさ。なんかエンザイだっけ? それってやばいんだろ? それから開放されたならそれで充分だよ」
冤罪の意味を、たぶん林田は理解していない。
「あの、私たち、もういいですか」
尾花が訊いた。うん、と築垣が頷く。
「二人のお陰で助かったよ。また協力してくれると嬉しい」
尾花と瀧本は顔を見合わせてから、返事をするでもなく美術室から去っていった。やや変わったところのある自称探偵との間に、まだ壁を感じているのかもしれない。
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