あったんだなァこれがと林田は自慢げに言う。

「つっても、俺は目を瞑っていたから見てはいないんだけどさ、その間に、聴いたんだよ。内緒話を」

「内緒話?」

 築垣の問いに、そう、そうなんだよと林田は調子よく答えた。

「近くから、ひそひそ話す声が聞こえたんだよ。女の子っぽい声だったな」

「話の内容はどんなものでしたか」

 築垣が尋ねると、恋愛相談だったと林田は答えた。

「はじめに片方が、二年生の忍川のことが好きだって言ってたんだよ」

 ――忍川。

 廊下で会った一年生の女子二人組が、その名を出していたのを俺は思い出した。林田は言葉を続ける。

「その二人のうち一人が、忍川に渡したいプレゼントがあるって言ってたんだよ。それでもう一人が、じゃあ渡せばいいとかなんとか言っててさ、でも渡す勇気がないとかいろいろ話してたんだよな」

 二分くらいは揉めてたかなあ、と林田は述懐じゅっかいする。

「相談に乗っている方が、プレゼントの中身はなんだって訊いたんだよ。そうしたらもう片方が――」

 犬の彫刻だって答えたんだよなと林田は言った。

「え?」

 築垣が眉を寄せる。

「彫刻?」

 大貫が首を傾げる。

「どうやって作ったの?」

 詩織が訊く。

「器用なんだねえ」

 鴨志田が感心する。

「手の込んだ贈り物だな」

 大松が口をへの字に曲げる。

「凄いな」

 俺もその意外な内容に思わず声を上擦らせてしまった。

 消しゴムを彫って創ったんだとか言ってたぜと林田は説明を加えた。

「それからまた揉め始めたんだよ」

 林田によれば、なぜ犬の彫刻なのかと相談に乗っている方が問いただし、相談を持ちかけている方が、自分の好きなものに忍川にも関心を持ってほしかったからだと答えたのだという。

「そのあとも――やっぱり二分くらいかな――それは単なる趣味の押し付けに過ぎないとか、でもほかに何も用意していないからしょうがないとか言って揉めてたぜ」

 結局は渡しに行ったらしいけどな、と林田は話を結んだ。

「聴きましたか、皆さん!」

 築垣が、長机から後ろへ遠ざかって両手を広げて訴えた。

「詩織先輩がいなくなってから空白の五分間の供述です。その五分で内緒話をしていた二人は、はじめの二分間揉めていて、そのあとプレゼントの中身について述べ、さらに後半の二分間も揉めていたとのことでした」

 この話が本当ならと築垣は強調する。

「林田先輩のアリバイは証明されたことになります」

「なるのかよ」

 大貫が声を荒げる。大貫はもう、真実がどうかよりも、また林田を罪に陥れたい気持ちよりも、自分の証言をくつがえされた悔しさを晴らしたい思いに駆られているとしか思えない。

 なりますよと築垣は答えた。

「そうですよね、水沢先輩」

 築垣が視線を寄越よこす。

 ――あのときの二人か。

 俺は築垣の意図を察して、そうだなと答えた。

「林田の言うことは、きっと正しい」

 不自由な右足に気を使いながら、机に手をついて立ちあがる。松葉杖を抱えたのはそのあとのことだった。

「どうやって証明するんだよ」

 不満げに大貫が訊く。証人を呼ぶんだよと俺は答えた。

「証人だって? 誰だよ、それは」

 大松先輩の問いに、

「一年生の、尾花さんと瀧本さんです」

 そう俺は答えた。

 林田が聴いた話し声の主は、おそらくその二人だろう。現に俺と築垣は、その二人が忍川にプレゼントを渡すかどうかで言い合っていたのを見ているのだ。それに、プレゼントの中身について築垣が尋ねた際、尾花が、


 い――。


 と言いかけて瀧本に止められていた。

 あのは、犬の彫刻のだったのだろう。

 さすがは水沢先輩です、と築垣はたぶん褒めた。

「僕もその二人に話を聞くべきだと思いました」

 そういうことですと築垣は全員に向けて言う。

「実際に林田先輩がどういう状況で目を瞑っていたのかも気になりますし、ここから先は美術室へ移動してから話しましょう」

 そして鴨志田の前へ出て、

「もう少しお付き合い願えますか」

 わずかに腰を曲げて頼んだ。いいよと鴨志田は答えた。

「なんだか本当の探偵みたいじゃないの」

 鴨志田は試すような目で築垣を見てから、じゃあ私がその二人を呼んでくるよと全員に言った。

「君たちは先に美術室へ行ってなさい」

 校長が乗り気だからか、大松も詩織も、どことなく面倒臭そうな素振りを見せつつも、反対はしなかった。

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