――やはり。

 大貫は林田を嫌っているようだ。いい加減で巫山戯ふざけていて反省もせず失敗ばかりしている――ように見える――性格の林田を、大貫は陥れたいのかもしれない。

「馬鹿は言いすぎだねえ」

 と教壇に座っている優しい鬼瓦がたしなめた。人を見た目で判断しちゃあいけないよと穏やかにさとす。

 大貫は背筋を伸ばして正面を向いて、口をつぐんだ。

「僕は大貫先輩の見間違いだったと思っていますよ」

 築垣が言った。

「なぜ」

「だって――」

 築垣は人差し指の先を大貫に向け、眼鏡をかけていないではないですかと指摘した。大貫は唇を噛みしめる。

「それに、こちらには証人もいるのです」

 築垣は詩織の前へ大股一歩で移動した。

「詩織先輩、事件が起きたとき、誰とどこにいたのか教えてください」

「法廷もののドラマでも見過ぎてるんじゃないの」

 詩織は皮肉を言った。だが校長がいるからか、証言だけは素直にした。

「私はその時間――つまり、水沢が階段から突き落とされた時間――ずっと林田くんと一緒に美術室にいました。だから、林田くんが犯人であるはずがありません」

「そうなのか」

 大貫が慌てた。詩織は大貫の方を見もせずに、そうだよと冷たく返す。

 ぐ、という声ではない音が、大貫の喉から漏れた。

 と詩織は勝ち誇ったように言う。

 だよなァとさっきまでしょげていた林田がにやにやと笑いながら詩織を見る。ねェと詩織も可愛らしく小首を傾げて林田に応じた。

 大松だけが腕組みをして黙っていた。その大松が――口を開いた。

「ちょっと良いか」

 片手を顔の横に挙げる。はい、と築垣が応じた。しかし大松は、あんたじゃないと言って、築垣ではなく、詩織に向けて問いかけた。

「ずっと――って、具体的にはいつからいつまでだ?」

「朝の会が終わった八時二十五分から、一時間目が始まる八時三十五分までの十分間に決まってるでしょ。話の流れからわかるでしょ」

「一緒にいたって、ずっとか? 一時も離れなかったのか?」

 ――まずい。

 これは林田にとって不利な質問だ。林田の話によれば、途中で詩織は消えている。林田に目を瞑るように言い、次に林田が目を開けたときにはすでに詩織の姿はなかった――という話だった。

 さすがは大松先輩だ。相手の隙を突く目はサッカー以外でも通じるということか。

 拙いということに、詩織も気づいたらしい。左目の下したまぶたをかすかにらせた。さすがの林田も悟ったらしく、口を尖らせてあからさまに危機感をあらわにしている。築垣は――。

 築垣も、同じだった。表情にこそ出さないが、さっきまでの饒舌じょうぜつがすっかり引っ込んでいる。


 ひとつだけ、穴があります――。


 築垣がそう言っていたのを俺は思い出した。その穴を衝かれたら、林田のアリバイは成立しないとも。

 築垣が言っていた穴というのは、この質問のことだったのだろうか。

「後半は、一緒じゃなかった――かな」

 詩織の気丈きじょうさが崩れた。声がすぼまっている。

「後半っていうと?」

「おおよそだけど――十分間の後半五分くらい」

 ほうと大貫がうなずいた。

「ということは、その五分間のアリバイは成立しないわけだ」

 すっかり息を吹き返した大貫はしたり顔で言う。

「音楽室前の階段と美術室の間なら、五分あれば余裕で移動できる。犯行は十分に可能だなあ」

 つかの沈黙――。

 ――このままでは。

 築垣が――いや、林田が負けてしまう。

 

 肌にじわりと汗が滲む。窓から吹き込んできた風が汗ばんだ肌を撫でる。一瞬だけ涼しさを感じた。


「でも、俺――」


 沈黙を、林田がやぶった。みんなの視線が林田に集中する。

 林田は体の前に両肩を寄せるようにして背中を丸めていたが、決然と視線をあげて築垣に言った。

「――その時に美術室にいたこと、証明できるかもしれないぜ」

「なんだって」

 と大松が体を仰け反らせる。

「どうやって」

 と大貫は林田のほうへ首を伸ばす。

「さすが林田くん」

 と詩織が胸の前で両手を合わせる。

「そんなことができるのですか」

 と築垣まで目を見開いておおいに驚きの表情を見せた。なんで築垣まで驚くんだよ、俺の味方のはずなのにと林田はいつになく真っ当なことを言う。しかし築垣はその質問には答えず、勢いよく林田のに両手をついた。

「お願いします。証明してみてください」

 そのあまりの勢いに気圧けおされたのか、林田は、目の前の白くて端正な顔を見てオウと頷き、それからまた机に目を落として語った。

「その時間はさ、俺は目をつむってたわけよ。詩織にそう頼まれて」

「なんでそんなことを頼んだのですか」

 築垣が詩織に尋ねた。プレゼントを渡したかったからだと詩織は答えた。

吃驚びっくりさせたくて、プレゼントを出すところを見られたくなかったの」

「でも、いなくなっちゃったよな」

 その話はすでに聞いている。目を瞑るように言われた林田が次に目を開けたとき、すでに詩織の姿はなかったのだという。

 なぜいなくなったのですかと築垣が訊く。

「それは――」

 詩織は絆創膏の巻かれた人差し指の先を唇に当てて答えた。

「――渡すつもりだったプレゼントを、教室に置き忘れたことに気づいたから。取ってこようと思ったけど、時間がなくてそのままになっちゃっただけのこと」

 ふうん、と築垣は鼻から息を抜く。それから、では話を戻しましてと言ってあらためて林田に訊いた。

「その目を瞑っていた五分間、何かがあったのですね」

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