6・似顔絵
1
「二年生の教室まで来るのか」
廊下を歩きながらそう尋ねると、隣を歩く築垣は当然ですと事もなげに答えた。
「なかなか度胸があるじゃないか」
度胸があると思ったのだ。上級生の学年棟に自ら乗り込んでくる生徒は滅多にいない。
そう言った。
大丈夫ですよと築垣は言う。
「僕は――自分で言うのもなんですけど――一年生にしては背が高い方ですからね。女子が喧嘩を売ってくることはまずないでしょう」
たしかにそうだ。俺だって決して小さい方ではないが、そんな俺よりもなお、築垣の方が背が高い。背が低い女子から見れば脅威だろう。
「でも男子にはさすがに適わないだろ。いや――別に性差別的な意味じゃなくて――だぞ。事実として筋肉の量で言ったら男子の方が多いんだし」
築垣は
しかし築垣は、それも大丈夫ですと言って、人差し指を立てた。もう見慣れた仕草だ。
「男子はそもそも、どんなに強くても女子に喧嘩を売ってくることはありません。強さを誇っているならなおさらです。自分より弱い相手に喧嘩を売るなどという行為は、強さ自慢をしている人間ほどしないものです。プライドが許しませんからね」
「そんなものかな」
いや、そんなものなのだろう。どこまでも理詰めで考える築垣は、見た目こそ
俺は返事もせずに黙々と歩を進めた。
やがて左手に美術室が見えた。それを二十歩ほど過ぎる。
廊下は直進しているが、やや先に右に折れる通路もある。右に折れた先は、通称『どん詰まり』と呼ばれている場所だ。文字通り行き止まりで、物置と掃除用具入れとトイレしかない。
そのどん詰まりから、女子のものと思われる話し声が聞こえてきた。
「また渡す機会はあるから。だからそんなに落ち込まなくても大丈夫だよ」
「それはあるだろうけどさ、今日じゅうにあるとは限らないでしょ。むしろ今日じゅうはもうないよ」
「なんでよ」
「だって猿渡に連れていかれちゃったんだよ」
そのまま歩を進めて曲がり角に至った。
曲がり角は右に伸びている。そこに――。
思った通り、二人の女子の姿があった。上履きの色から、二人とも一年生であることがわかる。
「どうしたんだ、二人とも」
俺が尋ねると、二人のうち一人は下を向いた。もうひとりは俺の顔をみて固まっている。
俺の顔を見ている方は病人のような白い肌をしていた。髪をカチューシャで後ろに押さえつけて額を丸出しにしている。眉尻を下げているのは怯えているからか。手には、小箱が抱えていた。片手に乗るほどの小さな箱だが、あえて両手で持っているところを見ると、よほど大事なものなのだろう。箱には赤いリボンが十字に巻きつけられている。プレゼント――だろうか。まだ開けられた様子は見られない。
一方下を向いたほうは、色黒とは言わないもののやや日に焼けていて、前髪は額に
対照的な二人だ。だがどちらも、目立たなそうな雰囲気ではある。その意味では共通している。
「どうしたんだよ」
黙り込んでいるのでもう一度尋ねたが、やはり反応はない。
「水沢先輩、時間がないんですよ」
築垣が急かした。
「そうだったな」
「でも――」
築垣は目を閉じて、放ってはおけないかなと言った。それから俺を押しのけるようにして前へ出ると、
「僕は一年六組の築垣麗」
俺のかわりに一年生と向き合った。
「困っているなら、僕が解決してあげるよ」
時間がないんだろと言うと、探偵として困っている人を放ってはおけませんと返された。
探偵の何たるかを俺は知らないが、だとしても、俺だって困っているという話だ。しかも
「私は一年一組の尾花と言います」
前髪を垂らした女子が先に口を開いたので、俺は黙った。
「尾花さんね」
築垣が名前を復唱する。
「こっちの子は同級生の瀧本さん」
尾花はもう一人の女子の背中に手を当ててそう紹介した。その女子――瀧本――は俺の顔を見たままだ。
すみません、と尾花が謝った。
「この子は人見知りで、とくに上級生が怖いらしいので、固まってしまっているようなんです」
それでどうしたんだい、と築垣が尋ねた。それに答えたのは尾花だった。
「瀧本さんは実は、二年生の
「上級生が怖いのに?」
俺が訊くと、上級生が怖いのにです、と尾花は繰り返した。
「忍川ねえ」
その名前の生徒は、二年生には一人しかいない。付き合いはないが、見たことくらいはある。ひょろひょろとした体つきで、伸ばした
――そうでもないのかな。
あらためてその時のことを思い直す。
忍川と話していた生徒も
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