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アルトというよりもテノールに近い声。そして芝居じみた喋り方。振り返ると案の定、築垣の姿があった。背筋をぴんと伸ばし、腰に手を回して歩いてくる。
俺の横に並んだ。
「水沢先輩と林田先輩はライバルだったんですね」
「なんだよ、聞いてたのか」
廊下を右に折れ、歩きながら話す。
「申し訳ありません。盗み聞きをしたわけではないのですが、後ろを歩いていたら聞こえてしまいまして」
「まさか、築垣まで林田を怪しんでるわけじゃないだろうな」
「正直なところ、動機があるとなると怪しくも感じます。林田先輩を庇っているというのも、なかなかの読み筋ですね」
「おい」
「ご安心を」
敵に回るかと思われた探偵を叱ると同時に、築垣は俺の顔に
「僕は探偵です。しかも依頼は、その怪しまれている林田先輩を救うというもの。怪しいというならその怪しさを蹴散らせばいいのです」
「なかなか頼もしいことを言うじゃないか」
「そのためには何でも調べてみる必要があります」
俺よりも拳ひとつ分ほど背の高い一年生は小走りで三歩進んだ。そこで足を止め、さあ現場に着きましたよと俺を手招く。
俺は遅れて築垣に追い着いた。
音楽室に通じる階段が上に向かって伸びている。
数えたことはないけど、三十段以上はありそうだ。高さで言うなら俺の背丈の二倍くらいか。登りきったところは壁になっており、廊下は左へ「U」の字型に折れている。ただしUの字の先はここからは見えない。壁に塞がれているからだ。
「ここから落ちたわけですね」
築垣も階段を見上げながら呟いた。痛かったでしょうと俺を見る。
「まあな」
「水沢先輩が見たという犯人の女子生徒は、どちらへ逃げていったんですか」
「どちらって?」
「上か、下か」
「上だよ。俺はこの場所へ落ちて、その後姿を見上げていたんだ」
「な、る、ほ、ど」
築垣は顎に指を当てて意味ありげに言葉を区切った。
「なんだよ。おかしいこと言ったか」
「とんでもないです」
築垣はいつものように腰の後ろへ手をまわして、ゆったりと首を横に振った。
本当に何もおかしいと思っていないのだろうか。さっきの態度は何かを疑っているように思えたが、俺の思い込みだろうか。
そんな疑念に気づいているのか、あるいは気づいていないふりをしているだけなのか、築垣は人差し指を立てて別の質問を口にした。
「ここから逃げていく林田先輩を、誰かが見ていたんですよね」
「大貫健太な」
「そうでした。その大貫健太先輩は、林田先輩がどっちへ逃げていったと言っているのでしょう?」
「どうだろうな。そういえばそこまでは聞いてない」
「できればそこもはっきりさせておきたいですね。今、大貫先輩はどこにいるのでしょう」
「大貫は、生徒会室じゃないか?」
林田が生徒会室で取り調べを受けているという話だった。おそらくそこに、目撃者として一緒にいるのではないだろうか。
そう言った。
「そうですか。なら、さっそく行きましょう。生徒会室へ」
築垣は立てた人差し指を高く掲げると、一人で駆け出していってしまった。
「待てよ」
呼んでも築垣は止まらなかった。俺は松葉杖をつきながら築垣を追った。
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