第109話 恋人の証と一軍男子⑭
ダメだ。
底なしの彼の優しさに、6年もの努力が一瞬で巻き戻されてしまう。
ずっと会いたかった。
だけど、昔と同じように、彼にただ甘えるだけの私にはなりたくない。
「匠刀、……あのね」
「分かってるから」
「え?」
「桃子が言いたいことは、ちゃんと分かってるから」
「……」
「俺から少し話していいか?」
「……ん」
ロングコートを靡かせながら、人波に呑まれぬように気を遣いながらゆっくりと歩いてくれる匠刀。
時折視線を寄こして来る。
「桃子の両親や俺の両親から、桃子が聖泉に通ってるのを聞き出したわけじゃないから」
「へ?」
「兄貴がたまたま親同士が会話してんの聞いて、『全寮制の女子校に通ってるらしい』って教えてくれた」
「……そうなんだね」
「聞くこと自体やめたし」
「……」
「桃子が前に進んでんのに、俺だけが過去に縛られて、何もしてねーのも嫌だったしさ」
「……」
「桃子が桃子なりに変わろうとしたように、俺も俺なりに頑張ってる途中だから」
「っ……」
もしかしたら、私を想うあまりに……医学部に進学したのかな?と思ったりもしたけど。
少し違ったみたい。
匠刀は匠刀で、ちゃんと前に進めてる。
それは、私が望んだことでもあるのに。
あれほど、彼にはそうなって欲しいと思ったのに。
何でだろう。
胸が切なく痛みを帯びる。
匠刀にとって、もう私は過去の人だと言われてるみたいで。
『彼女』とは言ってくれたけど。
たぶん、再会した今日、私と正式に別れるつもりなんだ。
「あ、言っとくけど、医学部への進学は、桃子のかかりつけの胸部外科とは全く関係ないからな?」
「……そうなんだね」
彼の清々しいほどの表情を見て、自分の身勝手さを改めて痛感した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます