第105話 恋人の証と一軍男子⑩

 桃子が合コンに来てるかどうかは、殆ど期待してない。

 6年間で一度も実家に帰省していないくらい、頑固というか意地っ張りというか。

 本当に桃子らしいなと思うくらいだから。


 だから、1時間だけ。

 桃子と同じ大学に通ってる子たちから、もしかしたら、桃子の話が聞けるんじゃないかと淡い期待を抱いてしまったのだ。


 親友とも言える亮介が、『彼女のことを聞き出してやるから』だなんて言うから。

 出来心というのか。

 ほんの少しだけ、心が揺れ動いてしまったのだ。


 1時間だけ。

 桃子、許してな。


 そう思いながら、奥座敷へと進んでいた、その時。

 通路の脇に置かれている長椅子に、桃子にそっくりな女の子が座っていた。


 すでに酔いが回っているのか。

 目を閉じた状態で、壁に凭れるみたいにしている。


 他人の空似。

 世の中には自分にそっくりな人が3人いる、という。

 だから、桃子に似てる人がいてもおかしくない。


 おかしくない……はずなのに。


 待てよ。

 そのヘアピン。

 世界に1つしかない、はずなんだけど……?


 6年前のクリスマスデートで自分が手作りしたステンドグラスのヘアピン。

『桃子』という名前からヒントを得て、俺は淡い薄桃色で『花桃』の形のヘアピンを作った。

 だから、見間違うはずがない。


「と……ぅこ?」


 横を通り過ぎようとしていたのに、そのヘアピンが視界に入ったと同時に、声が漏れ出していた。


 すると、ゆっくりと瞼が押し上げられ、黒々とした瞳が俺に向けられた。

 そして――――。


「……たく、と?」

「っっっ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る