第103話 恋人の証と一軍男子⑧

 お座敷へと続く通路の脇に置かれた長椅子。

 酔い覚まし用に置かれているのか。

 少し場の空気から解放されるにはうってつけだ。


 桃子は長椅子に腰掛け、ポケットからスマホを取り出す。

 心が弱っている時に開くスマホ内のアルバム。

 そこには、もとちゃんと匠刀との想い出がいっぱい詰まっている。


 実家を出る際に、スマホを新調した桃子。

 古いスマホは母親に手渡し、事前に買って貰ったスマホにデータを移行しておいたのだ。


 一日たりとも忘れたことがない親友と最愛の人。

 自分から切り捨てたみたいにしてしまったから、桃子から連絡をしたことは一度もない。


 ただひたすら、想い出に浸るだけのファイル。

 写真や動画、過去のメールをスクショしたものが大量に収められている。


 何でこんなにも不器用なんだろう。

 新しい自分を切り拓くなら、別にわざわざ遠くの学校に行かなくてもできることなのに。

 あえてそれを選んだ自分が、逃げているようで。


 悩みあぐねて決めたはずなのに。

 時々弱い自分がこうして現れる。

 その度に、二人との想い出に支えられて来た。


「……会いたいよ」


 一度漏れ出してしまった感情は、決壊したダムのようで。

 思うように堰き止めることができない。


 6年間、ずっと堪えて来たのに。

 一瞬の気の緩みが、桃子の心を侵食してゆく。


 スマホを握りしめて、静かに瞼を閉じた。

 今にも涙が溢れそうで。


 ガヤガヤと店内の賑やかな声に埋もれるように身を委ねていた、その時。


「と……ぅこ?」


 どこからともなく、愛おしい人の声が聞こえた気がした。

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