第99話 恋人の証と一軍男子④

 6年前に、突如俺の前から姿を消した桃子。

 桃子の両親も俺の両親も、桃子に関する情報を何一つ教えてくれなくて。

 唯一、兄貴がこっそり教えてくれた情報を胸にしまって、2年の歳月が流れた。


 桃子のことを想い続けている俺にとって、医学部への進学は当たり前のような、特別なような。

 ずっと前から選択肢の一つとしてあったことだから。

 それを実行に移したに過ぎない。


 両親も兄貴も、医学部=桃子の病に関することだと思っていたが、実際の目指す先はそれとは少し違う。

 桃子は胸部外科がかかりつけだが、俺が目指す先は胸部外科じゃない。

 だから、正確には医学部といっても、桃子のために進学したわけじゃない。


 桃子が桃子の力で、人生を歩むのと同じように。

 俺は俺で、俺の人生を歩むことを選んだ。



 大学で、桃子の主治医である財前教授(以前は准教授だった)の講義を受けたこともある。

 複雑な心臓や肺の構造を説明しながら、臨床における手術例を学ぶ講義だったが、物凄く分かりやすくて楽しかった。


 一度会ったことがある程度の学生。

 自分の担当する患者の恋人という位置づけなのに、財前教授はあの日と変わらず『守秘義務に触れる質問以外なら、いつでも受け付けるよ』と言ってくれた。

 けれど、心の準備ができてない俺は、未だに教授の元を訪ねていない。


 相談に乗る的な意味合いで言ってくれたのは分かる。

 だけど、『桃子に新しい彼氏ができたよ』みたいなことを言われたら、それこそ心が折れそうで。


 便りがないのは元気な証拠。

 俺がそばにいなくても、桃子は桃子なりに頑張ってると思いたくて。


 運命の赤い糸が存在するなら、きっと俺の赤い糸は、桃子に繋がってるはず。

 そう思い込むことでこの6年を乗り切って来た。

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