第81話 突きつけられる現実と初めての手紙⑧

 桃子の母親に促され、玄関に入ったと同時に息を呑んだ。

 玄関に桃子の靴がない。

 それを確認した匠刀は、母親の後を追いながら、気づかれないように息を整える。


 いつもと変わらない仲村家のリビング。

 父親の趣味がボトルシップということもあり、あちこちにボトルシップが飾られている。

 

「緑茶でいい?」

「あ、お構いなく」


 上着も羽織らずやって来た匠刀を見据え、桃子の父親は僅かに顔を歪めた。

 匠刀は緊張した面持ちで、リビングのソファに腰を下ろす。

 すると、目の前に温かい緑茶が置かれた。


「ありがとうございます」


 リビングテーブルを挟んで、桃子の両親を見つめる匠刀は『無事でいてくれ、無事でいてくれ、無事でいてくれ……』と、心の中で何度も唱える。


「聞きたいことが山のようにあるよね」

「……はい」


 普段は温厚な桃子の父親が、いつになく険しい表情を浮かべている。

 もしかしたらと思っていたが、本当に状態が悪くなって入院しているのかもしれない、匠刀はそう感じた。

 膝の上に置いた手をぎゅっと握りしめ、覚悟を決めていた、その時。


「桃子は12月31日付で白修館を退学したよ」

「……え」

「退学はあの子の意思でね、私ら夫婦は何度も考え直すように言ったんだけれど」

「……待って下さい。退学って何ですか?」

「もう白修館には通わないということだよ」

「……言ってる意味がわかんないです」


 高校を退学しなければならないほど、長期入院するということ?

 例え長期入院して出席日数が足りなくなったとしても、留年ということだってできるのに。

 退学を決断しなければならないほど、病状が悪化してたってことなのか?


 毎日そばにいたはずなのに、どうして気づけなかったんだろう?

 俺が体力づくりと称して、無理やり筋力アップ計画を押し付けたから?


 想像していたものより、遥かに事の重大さを知った匠刀は、ソファから立ち上がり、床に座り直した。


「一目でいいんで、……桃子に会わせて下さいっ」

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