第12章

第74話 突きつけられる現実と初めての手紙➀

(匠刀視点)


「おかえり」

「……ただいま」

「こんばんは。無事に桃子を送り届けるミッション完了です」

「お疲れ様でした。楽しかった?」

「……はい、凄く楽しかったです」

「それは良かった」


 クリスマスに『ヘアサロンについて来て』と言われた時は、ただ単に可愛い髪型にして貰うのを見届けるだけかと思っていた。

 カットするにしても、毛先を揃えるとか、ちょっとだけ雰囲気を変える的な。

 なのに、俺の桃子は……小学校の頃から伸ばし続けて来た大事な髪をヘアドネーションとして寄付すると言い出した。

 さすがに『うん、わかった』と一つ返事で理解できるほど、俺は寛容でも柔軟な性格でもなくて。

 鋏を手渡されて、手の震えが止まらなかった。


 桃子の潔い決断を理解してやりたいと思う一方で、何故そんな決断に至ったのかという疑問が脳内を駆け巡った。

 結局、俺が躊躇している間に、桃子自身が鋏で切ってしまったことで後戻りできないという現実を受け入れた。



 毎年年末年始は母方の実家で過ごしている桃子。

 いつもは12月29日頃に自宅を出発していたけれど、今年は祖母の体調が少し悪いということもあって、今夜から年明けまでずっと祖母の家で過ごすという。


 母親に出迎えられ、すっかり短くなった髪を見せている桃子。


「何だか、懐かしいわね」

「でしょ~?」


 髪が短かった頃を思い出したのか、母親の目が少し潤んでいるように見える。

 真冬のこの時期に髪を40センチ以上もバッサリと切った桃子。

 ベリーショートの髪でも十分可愛らしいが、やっぱり俺的には長い方が好みだったのに。


「いっぱい楽しんで来れた?」

「うん!」

「……そう」

「荷物積み終わったぞ」


 車(ワンボックス)に荷物を積み終わった桃子の父親が、声をかけて来た。

 鍼灸院を休診にして、ご両親も祖母の家で過ごすらしい。


「お気をつけて、よいお年を」

「匠刀くんも、……良いお年を」


 車に乗ろうとする桃子たちを見届けていると、桃子が振り返って、俺の元へと歩いて来た。


「匠刀っ」

「……どうした?忘れ物か?」

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