第60話 揺るぎない想いとあたたかい手⑨

「じゃあ、あとちょこっとだけ、ちゅーとぎゅーさせて」


 いつもの匠刀だ。

 あからさまに気を遣われるより、こっちの方が何倍もいい。


 胸に押さえつけていた手を解放してあげると、彼の両腕に優しく抱きすくめられた。

 静かに目を閉じて、彼の存在を全身で感じる。

 匠刀のことを大好きなこの瞬間をちゃんと心に刻みたいから。


 4カ月前までは、自分に『彼氏』ができるだなんて思いもしなかった。

 私には、夢のまた夢で。

 こういうことは、私の世界には存在しないと思ってたのに。


 匠刀といると、それらが夢でなくなってくる。

 いつだって私の願いを叶えてくれるのは、匠刀で。

 私に知らない世界をたくさん教えてくれる。

 

 トクトクトクトクと物凄い速さで心臓が動いてるけど、自分自身で納得してるからなのかな。

 破れるような、激しい痛みはないよ。

 この5日間ずっと悶々と考えていたことが、拍動に乗せて伝わるんじゃないかと気が気じゃない。

 いつも私の考えなんてお見通しだから。


「ちょっと、たんま」

「ん?」

「これ以上煽んな」


 抱きつき返したからかな?

 匠刀がちょっと焦ってる。


「フフッ」

「あ、笑ったな?」

「だって、余裕のない匠刀見るの、楽しいもん」

「なっ……くっそ」

「紳士的な仮面取ったげる♪その気にな~れ、その気にな~れぇ♪」

「お前知らねーぞ。ちゅーとぎゅーだけじゃ足りなくて、見せろって言うぞ」

「こんなぺったんこの胸でも見たくなんのッ?!」

「そりゃあなるだろ。好きな子なんだから」

「ぺったんこは否定しないんだ」

「あ……」


 ぺったんこな胸のことは自覚してるから、傷ついたりしないよ。

 そんな事よりも、『好きな子』これ以上、嬉しい言葉はないよね。


 匠刀が冗談で言ってるのは分かる。

 私の気が済むように、今必死に宥めようとしてるのも。


 だけどね、匠刀。

 匠刀だからこんな気持ちになったんだよ。

 こうでもしなきゃ、気持ちに踏ん切りがつけられそうになかったから。

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